アマナには、食の撮影を専門とするフードフォトグラファーが結集した「hue(ヒュー)」というチームがあります。フォトグラファーと広告クリエイターのための専門誌『コマーシャル・フォト』(玄光社)の料理写真特集でも、テーマの監修や撮影テクニックの紹介などをつとめました。
読者からの反響が高かったというシズル写真特集ですが、今という時代において食にはどのような表現が求められているのでしょうか。『コマーシャル・フォト』編集長の長田京太郎さん、ヒューのフォトグラファー・大手仁志と鈴木孝彰に、シズル撮影の“現在地”について語りました。
――『コマーシャル・フォト(以下、コマ・フォト)』の3月号の料理写真特集「もっと! おいしい瞬間」は、ヒューが持つシズル撮影のノウハウを余すところなく公開していますね。2022年の特集に続き、ヒューにオファーした理由を教えてください。
長田京太郎さん(以下、長田): ヒューのフォトグラファーはシズル撮影に関して確かな技術を持っていて、表現の幅も広いんですよね。スタンダードな写真も撮れるし、トレンドを抑えた撮り方もできる。だからこそ『コマ・フォト』での定期連載もお願いしていました(2024年4月号で終了)。
大手仁志(以下、大手):前回の特集で情報をかなり公開したつもりでしたが、まだまだネタがありましたね。表現に関して我々は常に試行錯誤しブラッシュアップしているので、新しいノウハウも日々ストックされています。今回も出し切りましたよ。
――「表現の幅が広い」のは、ヒューがチームで活動していることも大きいのでしょうか?
大手:そうかもしれませんね。我々が扱うのは「食」という、ある意味、狭いカテゴリーですが、その中でクリエイターたちが各々のトーンやカラーを生かした幅のある表現をしています。チームなので、それを結集することもできるし、広がりとして見せることもできる。団体戦も個人演技もできることがヒューの強みだと思います。また、ライティングを含めすべての撮影情報を共有するデータベースを持っているので、撮影当日に万が一、担当のフォトグラファーが体調不良になっても代わりを立てることができます。
――特集の表紙はラーメンでしたね。まさに「おいしい瞬間」という感じです。
長田:実は『コマ・フォト』では初めてのラーメンでの表紙だったんです。表紙を撮ってくださった鈴木さんには、油の量や箸の位置、麺の分量、背景まで、フードスタイリストさん、プロップスタイリストさんと一緒にトータルでご提案していただきました。
鈴木孝彰(以下、鈴木):今回、いちばん意識したのは、書店に並んだ時に表紙の印象が埋もれないようにすることでした。シズル感がありながらも、ちょっとアクの強い、主張が強めの写真。背景を水玉にしたのもそんな理由です。ただ真っ黒ではつまらないな、と。
大手:書店ではいい意味で浮いていたと思います。カメラや機材、アート関連の本が並ぶコーナーでは異質で目を引きました。見た人が空腹感を感じたら勝ちだと思っていましたが、狙い通りの表紙になりましたね。
――人の心を動かす「おいしい」写真というのは、どんなものだと思いますか?
鈴木:僕が心がけているのは、温かいものは温かく、カリッとしたものはカリッと見えるように、その食べ物の自然な姿をきちんと撮ることです。麺を持ち上げて動きを出したり、しずくを垂らしたりするのはあくまで装飾的なことで、それがあるから「おいしそう」ではないと思うんです。何を主軸にして、どう表現するか。そこが重要なんですけど、正解はない気がします。撮る側と見る側、双方の経験値や好き嫌いによるところが大きくて、万人受けする「おいしい」写真というのも、厳密には難しいですよね。
大手:広告写真における我々のミッションは、企業が打ち出したい商品の魅力を正確に伝えて、消費者を購買につなげることです。だから、おいしそうに撮る技術はもちろん重要ですが、「おいしい」ポイントはどこなのか、商品に対する理解や知識が絶対的に必要だと思っています。
それから、伝える先を考慮した表現が重要ですね。例えば薬味のネギの場合、地域によって種類が違ったり、うどんの汁の色も関東と関西では好みが異なったりします。できるだけターゲットを絞って、伝える相手に「おいしい」と感じてもらえる表現を探っていきます。
――以前と比べて、企業や消費者から求められるシズル写真に変化はありますか?
大手:デジタルの媒体が増えたことで、印刷ではなく透過光で見られることが増えましたよね。そして、大量に流れてくる中の1枚として瞬間的にキャッチされることが多くなりました。そういった中で伝えられるシズル感というのは、以前とは全く違うものになってきていると思います。
何よりこの10年で一般の方たちが写真を見る機会がすごく増えました。昔は雑誌や新聞、電車の中吊りや街中の広告くらいだったけど、今は一日中、SNSで膨大な数の写真を見ています。しかも圧倒的に素人が撮った写真が多い。自然な感じで、作り込んでいなくて、アングルが自分の目線であったり、ちょっとブレていたり……。いわゆる“隙のある”写真に親しんでいるわけです。すると、プロが撮った“いかにも”な写真に違和感を覚えるようになる。SNSの合間に入ってくる広告をスルーしてしまうのも仕方がないですよね。
それで企業側も、ナチュラルな表現にこだわり始めていると思います。たとえばテーブルの上のパンくずを以前はキレイに掃除していたのが、今はあえてそのままにした方が自然でいいと判断するようになってきました。スマホでアングルハンティングした時の角度が絶妙によかったりすることもありますね。
鈴木:自然な感じに見えるようにしたいという要望は確かに増えましたね。企業や消費者の嗜好がかなり変わってきているのを感じます。
大手:難しいですよね、一見スマホで撮っているかのようなラフな雰囲気の中に、広告写真として表現すべきことを組み込まないといけない。企業側が意図したことが、見た人にちゃんと伝わらなければ意味がないので。
長田:ちょっと変な例えですけど……俳優さんの写真集を作っていて、朝のシーンを撮影するとき、メイクさんに「見た人がすっぴんだと感じるメイクにしてください」ってオーダーすることがあるんですよ。超自然に見えるけど、実は作り込んでいるメイクをお願いする。そういう感じですかね。
大手:そうかもですね。ビシッとメイクするのは意外と楽だけど、そう見えないところを狙っていくのが難しい。でもそこがクリエイターとしての腕の見せ所でもあります。素人にも撮れそうだけど、絶対撮れない写真を撮る、という。広告写真としての絶対的なミッションは常に変わらないのですが、その手法や考え方はどんどん更新されていきますね。
――日本と海外では、シズル写真にどんな違いがありますか?
大手:アジア系は彩度が全然違います。街中でも強い色味を多用しているので、しばらく現地に滞在して日本に帰ってくると、全体的に景色が暗く見えたりします。だからアジア向けの案件だと、現地でもちゃんと目立つよう、強めのトーンに調整します。
鈴木:生活習慣や文化の違いもある気がします。Instagramでヨーロッパの料理写真を見ていると、構図といった写真としての完成度をいちばんに重視している感じがします。片やアジア圏はインパクトや迫力重視で、デフォルメのような表現も多い。ラーメンがとぐろを巻いて舞い上がる、みたいな。日本はそのどちらでもなくて、自然にありのままに写すことを目指していますよね。日本料理は素材を生かす料理だと言われますし、そういった精神性も影響しているんじゃないでしょうか。明らかに手を加えていることが見え見えの写真には嫌悪感を覚えるのかもしれません。
大手:アジアは、おいしそうかということよりも、目に留まることを重視しているのかもしれませんね。その先の「おいしそう」な感じを求める時は、料理中のライブ感を見せたり、もう少しリアルな表現をしていく。
日本の企業も海外を意識するようになって、同じカップスープでも韓国向けと台湾向けでちょっと表現を変えていたりしています。食文化の違いは大きいので、グローバルなマーケットを考えると、国によって撮り方はずいぶん違ってくると思います。
――お二人は今後、撮ってみたいシズルはありますか?
大手:これからますますいろいろな手法が出てくると思うので、新しい表現に早めに取り組んでいきたいですね。AIも自分の表現としてどれだけ使えるか試してみたいと思っています。
鈴木:僕はスタジオで撮影用に作った料理を撮る機会が多いのですが、料理人が作ったものをその場ですっと、ありのままの状態で撮るのもいいなと思いますね。修業を重ねた料理人が作る、その人の生き様を感じるような料理を撮ってみたい。
長田:『コマ・フォト』の次の料理写真特集では、日本料理を取り上げたいと思っているんです。日本料理って、実は食欲をそそる写真を撮るのが難しいですよね。
大手:ラーメンはほとんどの日本人が日常的に食べているけど、高級和食やフランス料理になると、そのおいしさを体験した人が少なくなるから、どうしても伝わりづらくなりますよね。僕たちはスーパーのお惣菜の天ぷらを撮ることもあれば、コースで3~5万円の天ぷらを撮ることもあって、その両方を経験しておくことが大切だと思っています。おいしさを知っているかどうかで表現は変わるはずなので。
長田:では、まずは我々がおいしいものを食べにいかないといけませんね(笑)。
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文:北京子
編集:大橋智子
撮影(人物):カクユウシ(アマナ)
AD:中村圭佑
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