この連載では、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の日本法人でカントリーマネジャーを務める秋元陸さんに、同社のグローバルレポートに基づき、企業の広報・マーケティング担当者が知っておくべきトレンド情報を解説していただきます。
第9回のテーマは、Z世代を中心にした若者のカルチャーについて。彼らが好むファッションや音楽などのコンテンツ、ライフスタイルには、大きく分けて4つのトレンドがあります。
まず、1960年代から90年代を経て2000年代前後くらいのカルチャーをリバイバルさせたような「ニューウェイブ・リバイバル」。ファッション性が高くてアクティブウェアのようなスポーツアパレルをトレンド化した「オープンソース・スポーツ」。それから、服やライフスタイルに実用性や実利性を求める「ナチュラル・プラグマティスト」。ここにはラグジュアリーやサステナブルの考え方も含まれています。そして、「アメリカーナ・ゴシック」ですが、まだ日本では具体的なイメージがわかりにくい状況にあると思われるため、今回はこのカテゴリーをピックアップしました。
「アメリカーナ・ゴシック」は、ファッションのトンマナとしては1990年代から2000年代にかけての、アメリカのちょっと力強くて男らしい感じのものがとても目立ちます。ハーレー・ダビッドソンに象徴されるようなイメージですね。また、今は解散してしまいましたが、2000年前後にアメリカで大ブームとなった「Joan of Arc」(ジャンヌダルクの英語名から命名)というイギリスのバンドがあり、彼らが醸し出していた排他的で少しダークな感じのトンマナも人気を集めています。
とても男性的な印象があるのですが、一方で女性のファッションでは、超フェミニンなフリルやレース付きのアイテムもよく見かけますね。そして、ダークファンタジーの要素もあるため、かわいいけれど若干ホラーの要素が入っていたり。実は、近年だとホラー自体が人気のコンテンツになっていたりするので影響を受けたり、またそれと対になるカルチャーとしても注目されているように思います。
ライフスタイルの面では、ある種の刹那的で退廃的でもある、どこか危なっかしい印象を感じさせるようなものや、狭くて深いコミュニティなどがよく出てきます。
たとえば、ユーロクラッシュというヨーロッパでよく開催されているイベントでは、クラブナイトなどにアンダーグラウンドなラッパーやDJを招いて紹介するようなことも行われています。メジャーなアーティストよりも、独自の世界観を持っていたり、奇抜なプロモーションをしている彼らを積極的に起用して、会場も大きなところではなく、入口もすぐにはわからないような入り組んだ場所が好まれたりしているのです。イギリスのロックバンド・ジェネシスのような、ちょっと隠れた場所で行うレイブパーティのようなものも増えていますし、そういう少し危険な香りがするような雰囲気が好まれている印象です。
こうした世界観が好きな子たちの間でバイブル的な存在の映画とは何かを考えると、さらに見えてくるものがあります。たとえば、1995年の映画『Kids』は、2024年の今、ゴシック系のカルチャーが好きな子たちの間で名作として挙げられる作品です。30代後半の私(秋元)の世代は、高校や大学時代に『トレインスポッティング』などの映画を観て、少し退廃的なロンドンの青春ドラマみたいなものに惹かれたりしましたが、今の若い世代にとっての、ちょっとレトロで切ない気持ちになる青春映画が、この『Kids』だったりするわけです。
また、2019年から続いている『EUPHORIA』というアメリカのテレビドラマシリーズも、今のそういったカルチャーの世代の子たちにバイブル的に取り上げられる作品になっています。これはスパイダーマンのヒロインを演じたこともあるゼンデイヤが主人公で、ドラッグや恋愛、階級の差など、今の時代特有の社会課題をまぶしつつ、少し刹那的な青春を描くコンテンツとして結構話題になっていますね。
というように、このカテゴリーの子たちの共感を得ている映像コンテンツとしては、全体的にレトロで、世の中に対してダークな印象を持っているものが多いと言えるでしょう。刹那的な美しさが共感を得ている背景には、アメリカ自体の経済成長の鈍化やインフレ、世界情勢の不安定化など、若い世代の子たちに閉塞感が蔓延していることも要因の1つにあるように思えます。
ただ、「アメリカーナ・ゴシック」以外ではアクティブな「オープンソース・スポーツ」や、サブカルに傾倒している「ニューウェイブ・リバイバル」などもあるので、全体としてはみんなが暗かったコロナ禍前の若者よりは、だいぶオープンなカルチャーになってきている感じですね。
彼らが好むコミュニティというのは本当に狭くて、交友関係にある友だちが、それこそ3人とか5人なのですが、逆に、そこでは何でもさらけ出すようなコミュニケーションが主流になってきています。
たとえば、個人でニュースレターを発行できる「Substack」というサービスがあって、それを使って発行されている「Perfectly Imperfect」というニュースレターは8万人近い購読者がいます。実際に記事を書いている人たちはあまり表に出てこないのですが、実際の自分たちのライフスタイルや、その中での悩み、社会に対する不満などが発信されているメディアです。
こうした超プライベートなニュースレターやコミュニティのほうが、大手のブランドやメディアが煽って形成される若者のコミュニティよりも反応がよく、深くて狭いコミュニケーションのあり方を牽引しているところもあります。そういうところにも「アメリカーナ・ゴシック」に属する子たちのカルチャー感が表れていると考えられます。
Instagramに代表されるSNSのあり方は、広く浅くつながっていろいろな人を無制限にフォローできるわけですが、そのように自分のライフスタイルなどを世界中に発信できるツールがある一方で、そのカウンターカルチャー的に、狭くて深い共通の価値観や趣味を持つ人たちだけで密談ができる場所のようなものにも価値が生まれているのかもしれません。
それでは、ファッション面をもう少し見ていきましょう。
もし5年前だったらあまりピンとこない選択肢だったかもしれませんが、先にも触れたように、ちょっと力強くて男性的なアイテムやブランドが支持されています。Chrome HeartsやEd Hardyがそれにあたります。
加えて、パンクやロックのテイストが含まれているものも多くて、Playingというセレクトショップの扱い品目を見るとわかりますが、ポップでかわいいアイテムの中にそういったイメージが組み込まれているものが結構あります。普通、パンクやロックのファッションというと、細身のシルエットにタイトなデニムや丈の短いTシャツのようなテイストがメジャーです。しかし、Playingのコーディネートを見ると、タイトなパンツやTシャツもありますが、ゆったりとしたオーバーサイズのアイテムと組み合わせて着ているので、シルエット的にはメジャーなトレンドとあまり変わらないところに、自分たちのメッセージや色合いのトンマナを重ねていく。そういうスタイルを好む若者が多いと思われます。
大きな流れでは、K-POPのアイドルも参考にしつつ、UggやNew Rockが出しているゴツめのシューズも人気です。昨年や一昨年に流行ったイギリスのDr. Martensの革靴も底が分厚かったですし、その流れを汲みながらもオールブラックの重くてゴシックらしいしっかりしたデザインのイメージが特徴になっています。
ゴシックの中にもポップさを取り入れているのが、私の世代になじみのあったAmerican Apparelが最近になってリブランディングしたLos Angeles Apparelです。これは、かつてのファストファッションの走りのようなブランドだったAmerican Apparelとは違って、テニススカートやフリフリのソックス、あるいは80年代をイメージしたレオタードやジム用の短パンといったアイテムを打ち出しています。つまり、LAのビーチ沿いでスポーツをする若者が着ていそうな服というブランドラインなのですが、こういうレトロでシンプルなものも「アメリカーナ・ゴシック」の子たちに好まれているので、必ずしも暗くて重いトンマナだけでなく、ポップで少しアクティブという路線も受け入れられているということなのです。
日本ではゴシックと聞くとゴスロリ系のフリフリの迷彩服などをイメージしがちですが、実際にはヘビメタやロックの方向性に近づいていくようなトレンドになっていくという印象を持っています。なので、従来的なゴシックとは全然違うものであると認識しておいてください。
最後に、Z世代たちがInstagramでフォローしているのは、どういう人たちなのかを紹介します。
たとえば、アメリカのミュージシャンでモデルのGabriel Jayneは、「アメリカーナ・ゴシック」の代表的な人物としてよく挙げられています。彼自身、ゴツいハーレー・ダビッドソンのバイクにまたがって髪型もモヒカンにしてみたり、やはりゴツいチェーン付きのウォレットや革のバイクジャケットなどを身にまとっているわけですね。
他には、Chloe Cherryなどのかわいらしい女性も支持されていますが、ちょっと儚くて影があり、あまり笑顔ではなく悲しい雰囲気をまとっていて、それも「アメリカーナ・ゴシック」の特徴かなと思います。
総じて、排他的、刹那的、かつもの悲しい雰囲気を体現しているインフルエンサーが、この世代の子たちのアイコンとして憧れの対象になっていて、アーティストやモデル、クリエイターも数多く含まれています。彼らのビジュアル要素や発信するメッセージを見ていくことで、「アメリカーナ・ゴシック」とは何かということを感じ取っていただけるはずです。
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文:大谷和利
編集:大橋智子
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