この連載では、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の日本法人でカントリーマネジャーを務める秋元陸さんに、同社のグローバルレポートに基づき、企業の広報・マーケティング担当者が知っておくべきトレンド情報を解説していただきます。
第12回では、従来の「所有する」消費から、リセール(再販)やリペア(修理)を通じて資産を長く活用する「アセットライフ」の時代へ移行しつつある昨今、小売業界でどんな買い方や消費の仕方が主流になっているかをひもときます。
今回は、小売業界のトレンドについてお話します。STYLUSでは、小売業界のさまざまな市場変化を定期的に追跡してきました。この業界では、どのような商品が売れるのか、どのような購入方法が主流になるのかが、常に大きなテーマとなっています。
まず1つ目のトレンドとして「アセットライフ」があります。人々が物を購入する際の決定要因として、「アセットカルチャー」という価値観が重視されてきました。これはまだ明確に言語化されていませんが、日本でも主要な価値観になると考えています。
グローバルな視点で見ると、物価の上昇も相まって、世界の消費者の74%が中古品を購入しています。また、消費者の3分の1は、自分が使用したものを売る「リセール」を行っているのです。さらに、この循環型経済は2026年までに2023年の2倍以上に成長し、市場規模は約7,000億ドルに達すると予測されています。
たとえば、人々が物を購入する際の購買決定要因やステータスとして、新しいものや所有欲は、それほど強くなくなってきていると言われていますが、これは、国連環境計画(UNEP)のサステナブルファッション分野の一員であるレイチェル・アーサー氏が述べていることです。また、「アフターケア」への注目が高まっており、フランスでは「修理する権利」という法案が可決されました。このため、企業が物を販売する際には、必ず修理可能であることを保証した状態で提供しなければなりません。人々が購入した製品を長く使い続けられるように、企業が配慮する必要があるということです。
一方で、消費者が物を購入し消費するライフサイクルはますます複雑化しており、環境問題に自分たちで取り組む、あるいは経済合理性を担保できるような仕組みが必要とされています。これまでも環境への配慮からリセールが注目されてきましたが、近年では物を購入する際にその資産価値、つまり「今買ったものが後に再販できるか」といったことを考える傾向が強まっています。
たとえばネットオークションサービスのeBayはニューヨークにポップアップストアを開設し、AIを搭載した認証システムを導入しました。リセールを行う際にコピー品を知らずに購入してしまう問題を防ぐために、商品が本物であることを示すことは非常に重要です。この認証システムにより、持ち込まれた商品が本物かどうかをAIが診断し、お墨付きを与えてくれます。そして、この認証を受けた商品は、eBayなどのフリマアプリのようなプラットフォームで安心して販売でき、その収益で新たな商品を購入することも可能。これはブランドとして、顧客に提供できる優良なサービスの一例と言えるでしょう。
また、デンマークのファッションブランド「SAMSØE SAMSØE」 の取り組みも注目に値します。販売する洋服に「リセールタグ」と呼ばれるQRコードを付けており、それを読み込むと商品をリセールする際に使える写真や情報がすべて表示されるのです。通常、フリマアプリで服を売る場合、自分で写真を撮り、素材などの情報を入力しますが、このリセールタグを使えばその手間が不要。ブランド側がリセールを前提に情報を提供しているのです。
さらに、アメリカで話題のフィンテック企業のアプリ「Croissant APP」も革新的なサービスを提供しています。たとえば、提携ブランドのGAPのWebサイトで買い物をしていると、「Croissant」によるGoogleのアドオンツールが右側にポップアップを表示し、「カートに入れた商品を、いつまでならいくらで買い戻します」という情報を提示してくれるのです。これにより、「今年の新作だけど、来年この金額で売れるなら実質いくらで使える」という考え方ができ、 これが購買意欲を高めることになります。
汚れや破損など、品質が保たれていない場合は約束した金額での買い戻しは行われません。しかし、このように買い戻しの金額と期間が明確になっていると、「アセットカルチャー」の考え方において、購入したものが消費だけでなく資産としての価値を持つことが非常に理解しやすくなるのです。
もう1つのトレンドとして、アフターケアが注目されています。主にファッション系のブランドが取り組んでいるものですが、その背景には、新しい物を購入するよりも自分のお気に入りの物を長く使い続けることが、本当にエコであるという考え方の広がりがあります。
こうした考え方はもっともであり、自分たちが持っている資産や製品を長く良い状態で保つことが重重視されています。特にヨーロッパでは、長く使い続けることで生まれる風合いや味わいをヴィンテージとして評価する文化や価値観があるので、ブランドとしては顧客に長く使い続けてもらうことや、リペアサービスを通じて別の収益を得ることが可能なのです。
また、修理を行い良い状態を維持し続けることで、将来的なリセール(再販)にもつながることに。それも、このような長期的な視点を持ったサービスが登場してきた理由の1つです。
次に、AIを活用したトレンドを紹介します。1つ目は、AIがリテールにもたらす変化について。AI関連の用語で「コパイロット」というものがあります。直訳すると「副操縦士」という意味で、リテールの場合ではAIが皆さんの買い物をサポートすることを指します。
具体例をあげると、マイクロソフトとウォルマートが提携し、AIを買い物体験に導入しました。これにより、ユーザーの要望が抽象的であっても、適切な買い物リストを作成できるようになっています。
たとえば、「3月にヨセミテ国立公園へ行くが、これまでキャンプの経験がないので、必要なものをリストアップしてほしい」という要望があったとします。現在のECサイトの検索では、このような具体的なニーズに的確に応えることは難しいでしょう。しかし、AIコパイロットなら、行き先、時期、初心者という3つの情報を元に、適したアイテムをイチからすべてそろえられる買い物リストを作成できます。これがマイクロソフトとウォルマートが目指す世界観であり、よりパーソナライズされた注文に対して、的確な商品をレコメンドできるようになるのです。
また園芸では、ガーデニングそのものよりも、アプローチに注目した事例があります。英国王立園芸協会の「Grow」では、Chatbotを用いて観葉植物の悩み相談に応じていて、画像検索を用いてさまざまなサポートを受けることが可能。観葉植物の葉の色が変だ、元気がないと感じた時には、その植物の写真を撮ってChatbotに送信すると、どう対処すればいいか答えてくれます。
さらに、画像検索の活用については、Victoria’s Secret というランジェリーメーカーの事例があります。これまでは、色や形、サイズなどの検索条件を自分で考えて、ブランドのサイトでキーワードを入力して検索する必要がありました。それが今では、自分の下着の画像を使い、「この部分をピックアップしてほしい」といった要望に応じて、「この形」「この色」「この素材」といった情報を元に商品を検索できるようになっているのです。
続いて、AIが変えるリテールの未来として「クリスタルボールコマース」について話しましょう。クリスタルボールは水晶のことで、占いや未来予測の象徴。この場合は、AIやテクノロジーの力で消費者の購買ニーズを先回りして予測し、商品をレコメンドしてくれる仕組みのことです。
具体的には、ウォルマートが現在取り組んでいるプロジェクトがあり、近々、何らかの新しいツールがリリースされると言われています。このツールは、これまでの注文履歴や購入した商品の消費ペースを分析して、たとえば、ウォルマートのアプリで毎月1回、水を購入している場合、ある月に注文がなければ「水は足りていますか?」とリマインドしてくれるのです。これにより、必要な商品を半ば自動的に補充することが可能になります。
さらに、このアルゴリズムは再調整が可能で、実際の利用状況などの変数を加えることで、消費者が自分で頻繁に注文しなくても、効率的に品切れや不足を防ぐことが可能です。ウォルマートは、こうしたAIツールによって消費者の生活をサポートし、より快適な購買体験を提供しようとしています。
また、エストニアのAIビューティー系スタートアップ「Haut.AI」の取り組みがあります。ChatGPTをもじって付けられた「SkinGPT」というサービスを提供しており、これはスキンケアの結果を未来予測するサービスで、ユーザーはアプリ内のスマートカメラで自分の写真を撮影するか、動画で顔をスキャンして、環境やライフスタイルに関する質問にも答えます。たとえば、居住地域が高温多湿なのか乾燥しているのか、仕事の時間帯が昼間なのか夜間なのかといった情報です。
「SkinGPT」は、これらの独自の変数に基づいて、最大20年後までの肌の状態を予測します。さらに、いくつかのスキンケア製品がデータとして組み込まれているため、現在の生活を続けた場合の20年後の肌や、特定の商品を使用した場合の未来の肌を画像で示すことができるのです。
このように、AIの力でビフォーアフターや「もしも」の未来を画像合成し、ユーザーに見せることが可能な時代になりました。スキンケアは1日や2日使用しただけでは変化を感じにくいものですが、継続して使用することでどのような変化が現れるのかを視覚的に示すことができる点が注目を集めています。
最後に、イケアの「IKEA Kreativ」というモバイルアプリについてご紹介しましょう。AIを活用して「自分の部屋にイケアの家具を置いたらどんなインテリアになるか」を画面上で見られるもので、日本でも2024年2月から使用できるようになりました。
バージョン1では、撮影した自分の部屋は従来の家具が置いてある状態のままで、そこにイケアの家具を追加するようなアプローチでした。しかし、進化したバージョン2では、AI技術により部屋にすでにある家具を消去することも可能になったのです。
これにより、まっさらな自分の部屋にイケアの家具を自由に配置し、どのような見え方になるかをシミュレーションできます。しかもアプリ内では、画面を左右にスワイプすることで、現在の部屋とイケアの家具を配置した部屋を瞬時に比較できるため、家具の配置やデザインを直感的に確認できるようになりました。
このように、リセールやリペアといった「アセットライフ」のトレンドから、AIを活用した個別化された購買体験まで、今、小売業界は大きな変革期を迎えています。これらの動きをしっかりと捉え、今後のビジネス戦略に活かしていきましょう。
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編集:大橋智子
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