“伝わる”クリエイティブはどこから生まれるのか──写真と空間から学ぶKYOTOGRAPHIE

KYOTOGRAPHIE

クリエイティブの質を左右する“インプットの量と深度”
──KYOTOGRAPHIEが教えてくれること

生成AIを活用することで、専門知識がなくてもテキストや画像をアウトプットできる時代が現実となりつつあります。利便性は高まるかもしれませんが、広告や広報、ブランディング、顧客コミュニケーションに携わる担当者なら誰もが一度は考える「いいクリエイティブとは何か?」「伝わるビジュアル表現とは何か?」という本質的な問いにAIは解答を与えてはくれません。

つまり、クリエイティブの質は担当者の判断力に左右されることが、変わることはありません。アウトプットの質を上げるには、やはり担当者自身のインプットの量と深度がキーになるでしょう。

今回は、アマナのクリエイティブディレクター/プランナーの鈴木陸がナビゲーターとなり、2025年4月12日から5月11日まで京都を舞台に展開されたKYOTOGRAPHIE(京都国際写真祭)で感じた「量・深度を圧倒的な強度でアップデートしてくれる場」の魅力をレポートします。


レティシア・キー「LOVE&JUSTICE」会場:ASPHODEL

レティシア・キー「LOVE&JUSTICE」会場:ASPHODEL

写真を「見る」のではなく「読む」
──レティシア・キーが編み込んだ問いかけ

KYOTOGRAPHIE 2025で強烈な余韻を残したのが、コートジボワール出身のアーティスト、レティシア・キーの作品です。彼女は自身の髪を素材にした、ユニークかつ示唆に富むセルフポートレートが特徴です。ピンクや青といった鮮やかな色彩の中で、伝統的な傘や壺、抽象的な造形に編み上げた髪とともに撮影された写真。一見ユーモラスですが、その裏には「身体的コンプレックス」や「フェミニズム」といった「社会の偏見への鋭い問い」が複雑に編み込まれています。

展示空間の構成もよく練られていました。1階と2階で世界観が大きく異なるのですが、1階はカラフルで明るく、親しみやすいビジュアル、写る家族や友人の姿は「可愛いらしさ」「面白さ」といった印象を受けます。

レティシア・キー1Fの展示風景。

1Fの展示風景。

レティシア・キー2階展示風景。

2階展示風景。照明は一変し、暗めの空間が広がります。

でもキャプションを読むうちに、その髪の使い方が西洋的な“美”の強制や失敗体験などから来ていることに気づかされます。

2階に上がると照明は一変し、暗めの空間へと切り替わります。展示されているギリシャ神話「メデューサ」をモチーフにした作品は、女性が社会的に受けてきた暴力に目を向けさせます。メデューサと言えば「目が合った者を石に変える」というイメージを持つ人が多いかもしれません。実際はその美しさゆえにポセイドン(ゼウス説もあり)を惹きつけ、女神アテナの神殿でレイプされてしまう、という悲しい背景が。さらにそれがアテナの怒りを買い嫉妬され、呪いをかけられたことで蛇の髪の毛を持つ怪物となったのです。

レティシア・キー「Medusa」

レティシア・キー「Medusa」

現代でもレイプ被害者がなぜか傷つけられるアフリカ社会の構造や、日本にも共通する性に対する視線・価値観の歪さにもつながる作品のテーマが印象に残りました。このように1階と2階におけるゾーニングの切り替えや、来場者の導線により印象を変える構成は「伝わるメッセージ設計」の非言語的なロールモデルと言えるでしょう。

レティシア・キー「Feminist!」

レティシア・キー「Feminist!」

鏡の仕掛けに映る“自己受容の旅”

さらに3階にあがると、開放的な明るいイメージの作品が展示されています。

2階の重い雰囲気から一気に開放され、ポジティブな世界へと導かれたようで、どこか気持ちのいい印象が残りました。

レティシア・キー「free」

レティシア・キー「free」

1、2階の写真はほぼ縦構図のもので構成されているが、本作は横にワイドな写真であり、タイトルをより象徴的に強調している。

レティシア・キー3階の展示風景。

3階の展示風景。身体的コンプレックスをテーマに感じさせる作品群が向かい合うように配置されている。

3階の会場の一部には、鑑賞者の顔が映る「鏡」の仕掛けもありました。造形された髪の作品に自分の姿が重なることで、「自分自身を肯定的に認める」という直接的なインタラクションが生まれます。来場者自らが“作品の中”に入るUX、社会的弱者の視点にも自ら立ってみるギミックもユニークでした。

この展示会場で私は1時間弱を費やしましたが、それだけの作品数と、一点一点の物語性・メッセージの重みがあります。流行的なビジュアルと、空間の「流れ」を用いた体験設計──クリエイティブやコミュニケーション設計にも応用できる多くのヒントが詰まっていました。

見る者を巻き込む体験設計──空間とビジュアルの連動

もうひとつ、コミュニケーション設計に“軸ずらし”をもたらす刺激に満ちていたのが、リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプによる展示です。

ここでは、1950~60年代アメリカのロードトリップ写真や家族写真のアーカイブに、作家が自ら写り込んで「新たな歴史」を創ります。巨大な壁一面のプリントは圧巻で、最初は単なるドキュメントかと思いきや、よく見ると存在し得なかった現代人、しかも“自分自身を登場させている”事実を発見する仕掛けです。

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

「The Anonymous Project presents Being Ther」会場:嶋臺(しまだい)ギャラリー

第二次世界大戦後のアメリカには経済復興の明るい側面がある一方で、人種差別問題やそれらに対する社会運動の時代でもありました。当時の写真には、黒人(ここでは作家のオマー・ヴィクター・ディオプ)が写ることはなかったのです。当時の写真に写り込み、あり得ないシーンを生むことで、現代でも世界のどこかで起きている社会問題を思い起こさせます。

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

「Being There」シリーズ

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

「Being There」シリーズ

精巧に演出された写真は、当時の写真と言われてもまったく違和感がない。

歴史を書き換え、視点を上書きすることに加えて、見る人に「フレーミング」を意識させることも考えさせられました。現代では、それこそCGやAIを活用することであり得ないビジュアルを創ることができますし、撮影した写真から背景を除去することもできます。

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

「Being There」シリーズ

1枚のビジュアルでも、無意識に全体を俯瞰して見る視点と、一部にフォーカスする視点がある。 原寸大に近い壁面プリントを前に「あなたはどう切り取るか?」と問われているように感じられた。

クリエイティブ作成は「誰(何)を浮かび上がらせ、誰(何)を消すのか」といった選択でもあります。日常的に私たちが目にするビジュアルには、見る人が無意識に注視するもの、存在するけど見えていないものがあります。

リー・シュルマン&オマー・ヴィクター・ディオプ

展示風景。1950~60年代の雰囲気に身を置く。

展示空間には当時を再現した家具などを並べ、観客が作品の一部に入り込む仕掛けがありました。受動的な鑑賞者が、自分が何を見るのか、何を省いているのかを意識させる空間設計と感じられました。

「フレーミングを自覚せよ」という問いかけは、目まぐるしく消費される現代の表現設計にこそ不可欠な気づきではないでしょうか。

展示設計はUX設計──「体験」を作る力

KYOTOGRAPHIEの特徴のひとつは、「京都の歴史的建築×現代アート」というランドスケープ自体が“伝達手段”になっている点です。酒蔵や町家、古民家、モダニズム建築のような、場所が持つストーリーが展示テーマと共振し、作品の力を何倍にも高めていました。

会場選び、順路、会場同士のアクセスといった回遊性もUX設計の一環です。歩き、迷い、時に休み、展示ごとに空間の質感(歴史、建材、湿度、音、香り、光源……)に身体ごと浸ることで、“場”の影響力のリアリティを実感させられます。

石川真生「アカバナ」

石川真生「アカバナ」

会場:田屋源兵衛 竹院の間

例えば石川真生の戦後の沖縄を舞台にしたモノクロの写真群は、沖縄返還や当時の米軍基地問題などの背景がある時代に生きた現地の日本人、アメリカ人(白人、黒人)、彼らの子孫のリアルな姿が、伝統的な日本の色でもある赤と黒の会場と交わることで歴史・土地・記憶の強度が何倍にも膨らむような印象を与えます。その空気感、説得力は代替しにくい「文脈」の厚みでした。

石川真生「アカバナ」会場:田屋源兵衛 竹院の間

石川真生「アカバナ」会場:田屋源兵衛 竹院の間

石川真生「アカバナ」会場:田屋源兵衛 竹院の間

石川真生の展示会場となった田屋源兵衛は帯の製造販売、卸を営む老舗。時の重なりを肌で感じられる静謐な空間だ。

吉田多麻希の和紙を用いた写真やインスタレーションは、素材が身体感覚にまで作用する体験でした。和紙にプリントされた鹿や鳥の写真は、写真なのか絵なのか、CGなのかと違和感を与えますが、近づくと鮮明な写真だということがわかります。

吉田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」 会場:TIME’S

吉田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」 会場:TIME’S

吉田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」 会場:TIME’S

吉田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」

会場:TIME’S

また、写真が過去のその時を固定したものなのか、時間を経ることで意味が変わり、未来へと響くものなのかといった作家が感じたテーマを、写真を土中に埋め込むという行為によって表現していました。

吉田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」 会場:TIME’S

吉田多麻希「土を継ぐ—Echoes from the Soil」 会場:TIME’S

暗い展示空間に土や石灰岩、土に埋められた写真が並ぶ。もはや写真を見ているという感覚はない。

視覚と触覚を行き来するように刺激される感覚をもたらし、写真というメディアはもちろんですが、どのように表現し意図を伝えるのかという物理性や素材性もまた、デジタル時代の表現者が向き合うべき重要な要素だと感じました。

メディアの物性、インスタレーションの動線、受け取りの“余白”──。すべてがアウトプットの質、つまり「説得力」につながり、クリエイティブやコミュニケーションの現場に通じる示唆を与えてくれます。

効率を求める時代において「感度」を磨く大切さ

今回紹介したKYOTOGRAPHIEは体験密度の高い場に身を置くことで、答えやノウハウよりも「問い」をもらい“価値観の棚卸し”を促してくれました。見るだけでなく、空間で体感し、自分の身体と心で受け取る──それこそが人間に求められる、デジタルに変換できないクリエイティブの源泉なのだとあらためて認識させられるイベントでした。

AI+デジタル時代では、「効率」を追い求めながらも「感度」(=場の空気を読む力、身体ごと問い直す経験値)の積み上げを放棄すれば、アウトプットはたやすく平板化します。AIに素材やアイデアを量産させることはできますが、「そもそも何を、どう伝えるのか?」という本質的な問いが私たちに突き付けられる時代とも言えるでしょう。

こうした体験空間の演出によるブランド価値創造、イベントや展示会を検討されている方は、ぜひ私たちにご相談ください。インプットを常に心がけているアマナのクリエイティブチームが、貴社のコミュニケーション設計のお手伝いをさせていただきます。お気軽にお問い合わせください。

取材・撮影:鈴木陸(アマナ)
編集:桑原勲

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PROFILE

鈴木陸

株式会社アマナ
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鈴木 陸

プランナー・ディレクター。BtoB / BtoC企業の社内コミュニケーション施策から、ブランドコンセプト開発、企画・制作ディレクションまで手がける。どんなモノ・コトにも背景には必ず人の想いがある。そうした本質を見いだして、ストーリーを紡ぐことを大切にしている。

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