vol.6
鳥の巣が教えてくれる住まいの原点
ある場所に「住む」とはどういうことか。住む場所をつくるうえで、何がいちばん大切なのか。住環境が多様化する現代だからこそ、改めて考えるべき問題なのではないでしょうか。世界を渡り歩く、鳥の巣研究者・鈴木まもるさんと、自然と人が共生する住まいを実現する、建築家・中村拓志さん。おふたりが考える「住まいの原点」とは何か。2017年12月5日に開催されたトークイベントの様子をレポートします。
佐々木孝行(「Nature & Science」主幹/以下、佐々木):環境問題が世界的な課題になって数十年が経過しました。国を挙げて、企業を挙げて、あるいは私たち一人ひとりが環境に関してますます配慮が必要だと言われています。今日は鳥の巣をキーワードにして、これからの人間の住環境について考えていきます。
どうやって周囲の環境と折り合いをつけて、自然と共生していけるのか。自然から学ぶことで、生活をもっと豊かにできるんじゃないか。そのヒントを、国内における鳥の巣研究の第一人者・鈴木まもるさんと、人と自然が寄り添うことのできる住環境の設計を手がけていらっしゃる、建築家の中村拓志さんにお話を伺っていきたいと思います。
鈴木まもる(鳥の巣研究家、絵本作家、画家/以下、鈴木):こんにちは、鈴木まもるです。先ほど鳥の巣研究の第一人者とご紹介いただきましたが、鳥の巣研究をやっているのがそもそも僕ひとりしかいませんから、そんな大した第一人者じゃないんですよ(笑)。
僕は鳥の巣研究者でもあり、子どもの絵本を描く人間なんです。絵本を描く人間が、なぜか鳥の巣の第一人者になってしまった。実はここに、鳥の巣のすごい不思議があるんです。鳥の巣の不思議がわかると、絵本作家の僕のこと、住まいのこと、そして皆さん自身のこと、世の中のいろんなことがわかってくると思います。
中村拓志(建築家/以下、中村):鈴木さんはどうして鳥の巣の研究をはじめられたんですか?
鈴木:いまから30年以上前のことですが、伊豆の山の中で暮らすようになりました。そこでいろいろな鳥の巣を見つけました。今日はいくつか鳥の巣の実物を持ってきました。一般的には、枯葉でできたおわんのようなものが鳥の巣だと思っている方が多いですよね。そういうのももちろんありますが、そのバリエーションというのは、実に豊富なんです。
ある日、家の庭で鳥の巣が見つかって、家に持って帰ったんです。それから「こんな鳥の巣があったぞ!」「これはなんだ?」「こんなのもあった!」っていう感じでどんどん持ち帰るようになって、家の中に増えていったんです。それが現在まで続く研究のきっかけですね。
鳥の巣というと鳥の家だと思っている方が多いのですが、そうではないんです。厳密には「卵を産む場所」「子育ての場所」。だから、ひなが巣立つともう使わず、子育てをするたびに新しくつくるんです。なので、僕が鳥の巣を集めていると「鳥さんが困ってるんじゃないか」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、使わなくなったものをいただいているだけですのでご安心ください(笑)。
最初は単に「おもしろいかたちの鳥の巣」ということで集めていたのですが、いざ「これは何の鳥の巣だろう?」と思うと、それが全然わからない。それで図書館に行ったんです。図書館に行けば、鳥の巣の本があるかと。ところが鳥の図鑑や写真集、飼い方の本はあるけれども、鳥の巣のことは出ていないんですよ。いまはこの、『Birds’ Nests of the World』なんていう英語の本があります。世界中の鳥と卵と巣が紹介されていてすごくいい本なんです。で、誰が書いたのかっていうと……「Mamoru Suzuki」って。あ、僕だ(笑)。
話を戻しますが、鳥の巣を紹介する本って、その当時は本当になかったんですよ。でもね、「馬のたてがみに付くダニの本」とかはあるんですよ。そんな「誰が読むんだ?」と思うようなマニアックな本があるのに、世界中の人が知っている鳥の巣の本がないというのは、僕にとってすごく不思議なことでした。それで、さらに熱心に鳥の巣について調べるようになっていったということなんです。
調べていってわかったことは、世界中に鳥の学者はいるんですが、彼らは鳥本体の研究が主で、鳥の巣のかたちにはあまり関心がないんです。せいぜい卵がいくつ生まれたかとか、テリトリーに巣がいくつあるかとか、10年前に比べて巣の数はどうだとか、国勢調査的なことが主で、それはそれで大切なのですが、僕が知りたかったのは、何でこういうかたちなんだろうとか、どうやってこれをつくるのかとか、鳥の巣の造形的な側面だったんですよね。それでいろいろ調べるようになっていって、鳥の巣の本をつくるようになりました。
中村:偶然の出会いからはじまって、好奇心を広げていった結果、この本があるわけですね。
鈴木:なぜ鳥の巣というものがあるのか。素朴な疑問ですが、調べてみるといろんなことがわかったんです。これに答えるにはまず、鳥がどこから来たかというところから調べなければいけませんでした。言い換えると「鳥とは何か」。
いまから1億6千万年前。このときまだ鳥はいませんでした。そのかわり、ティラノサウルスのような恐竜がたくさんいた時代で、大きい恐竜は小さい恐竜を捕食します。しかし小さい恐竜たちのなかに、体の表面のうろこがだんだん伸びて羽になって、ピョンピョン飛んだり、高いところから飛び降りたりして、食べられずにすむようになった種が出てきました。「これはいいぞ」ということで、さらに体中のうろこが羽になり、口がくちばしになり、空を自由に飛べるようになり鳥となっていったわけなんです。そして並行して鳥の巣が生まれたというわけです。
恐竜は卵を産みます。羽の生えた恐竜も卵を産みました。人間のようにおなかの中で子どもを育てられたらいいんですが、体重が増えて、とても空なんか飛べない。というわけで、鳥はおなかの中で子育てをしないで、いままで通り卵を産むことになったんです。でも空を飛ぶためには体を軽くしなければいけません。そこで1日に1個づつしか卵をつくれないし、産んだ卵を安全においておける空間が必要になったのです。
産んだ卵は、栄養が豊かなので、当然外敵に見つかると食べられてしまいます。だから、見つからないような高い木の上とかに卵を産むようになったんです。いまでもそうなのですが、世界中の鳥は、空を飛ぶために体を軽くしなければならないので、一日一個しか卵を産めません。何個も産むには何日もかかるので、食べられないように見つからない場所につくったり、熱い寒いといった厳しい環境から、か弱いひなを守る巣をつくるようになっていったのです。
鈴木:たとえば、こういうおわん型の鳥の巣はどうやってつくっているか知っていますか。皆さん人間は、おわんをつくるときろくろで粘土を回しながらかたちづくっていきますが、鳥は逆で、鳥自身が回っておわんをつくるんです。
鳥が地面に卵を産むとします。卵は丸いので、低い方にコロコロ転がっていってしまいますよね。だから、そばに石を持ってきます。そうすると「こっち側」は安心。ところが反対側はガラ空きですから、ヘビが来るんじゃないかっていう心配があります。食べられては困るので、今度は「そっち側」にも石を置きます。そうやって全方位から来る危険に備えて石を置く。するとどうですか、鳥は巣を中心にクルクル回っていますよね? こうして、お皿型の巣ができ上がるわけです。ひよこみたいに羽毛が生えた状態で卵からかえるひなの巣はこういうお皿型です。
でも鳥のなかには、羽毛なしのツルツルで目も開いていない状態でかえるひなもいます。羽が生えて飛べるようになるまでは、2週間くらいかかっちゃう。そういうひなの親は心配症ですから、寒くないようにと材料をもっと集めておわん型の巣をつくります。さらに、ウグイスみたいに「上から攻められるんじゃないか」と思った鳥は、屋根もつけて巣を球体にしていく。エナガのように寒い時期に巣をつくろうとすると、羽根を使った巣になります。卵を産む環境、鳥の生態などにより安心感がそれぞれ違うので、集める材料や量が違ってくるのです。
中村:安心する要因の違いが材料や構造の違いになり、結果的にいろんな巣ができ上がるというわけなんですね。ただひとつだけ変わらないことがあるとすれば、「その真ん中でひなの命を守りたい」という想いでしょうかね。
鈴木:今日は、会場にいろいろな鳥の巣を展示しています。鳥が住む環境によって、形状や素材も違ってきます。例えば砂漠地帯は日中気温が高いのですが、夜はマイナス10度以下とすごく過酷な環境。この巣をつくった鳥たちは枯れ草をうんと詰め込んで形を維持しています。枯れ草でびっちりにしてしまうと、中はもっと暑くなりそうですけど、実は違うんです。こうすると外気温が40度以上でも、巣の中は26度に保たれます。夜になって外がマイナス10度になっても、巣の中は26度。つまり、巣の中の温度はいつも一定なんですね。
こちらの巣は、日本にはいないのですが、ハタオリドリの巣です。この巣がある地域は、すごく猿が多いところなんです。そこでどうするかというと、猿が近寄れないような細い枝先に巣をつくるんです。しかしそんな場所におわん型の巣はつくれません。だからヤシの葉の繊維を一本一本とってきて、細い枝にぐるぐる巻いて編んでいく。すると、こういう細くて軽い籠のような巣ができるわけです。
ハタオリドリの場合、巣づくりはオスがします。途中までできると、メスが見に来るんです。ハタオリドリのなかには、巣づくりが上手なオスと上手じゃないオスがいるんです。それが途中までつくるとわかる。メスは複数のオスの巣づくりを比べて、どっちが上手か見極めます。当然、頑丈な巣を上手につくった方のオスと仲良くなる。要するに、巣づくりが上手な方がモテるってことですね(笑)。
佐々木:鳥の巣というのは鳥が安心して卵を産むための場所だということ、よくわかりました。私も初めて知ったのですが、巣はひなが巣立つと使わなくなってしまうんですね。
鈴木:はい。何度も使うわけではありません。収集した巣は僕が大事にしているのでかたちを保っていますが、雨風で壊れてしまいます。もう一回使おうと思っても無理でしょうね。それにおそらく、オスとメスが出会って、巣づくりをして、卵を産んで、育てるという一連の流れが鳥の本能に深く刻まれているんだと思います。
佐々木:それと巣づくりのうまさで、モテるモテないを決めるというのはおもしろいですよね。続いて、中村さんよろしくお願いいたします。ここからは建築の世界の話をしていただきたいと思います。
中村:私はこれまで、さまざまな建築を設計してきました。今日はそのなかから鳥の巣、動物の巣に関係するものをご紹介したいと思います。私も鳥や動物は大好きで、今回鈴木さんとお話させていただけることを大変嬉しく、光栄に思っています。
これは恵比寿の集合住宅です。あるとき、高さ15メートルくらいの木々が林になっている場所に、集合住宅を建てたいという相談がありました。このような場合、木々を伐採するのが一般的ですが、僕もクライアントも大量の木を切ることに躊躇していました。そこで木を極力切らずに、最大容積をなるべく確保できるような設計を提案しました。環境保護というと、資本主義と相いれないようなイメージがあります。しかし、そうではないんです。都心であっても窓から木が見えたら入居率や定着率は高まりますから、コストが少し高くなってもやるべきだと。両方に橋を渡すような建築ができないかということでこれを提案しました。
実際の工程についてお話しします。まず、樹木医に木の根がどのように生えているか調べてもらいました。最大容積を確保するため、構造壁をギリギリまで根に寄せて建てる必要があり、発掘現場のように穴を掘って調査しました。切っていい根、切ってはいけない根はどれか相談しながら、どのあたりに構造壁を立てるか決めていきました。
切ってはいけない根を避けるために、構造壁の地中梁を蛇行させながら徹底的に根を生かしていく、「根生かし」をしたんです。建築業界では土工事を「根切り」と言って、建築には「木を殺す」ことを自明とする概念が内在しています。しかし僕がしたことはまったく逆だったんですね。
木の地上部分では直径10センチメートル以上の枝を測量し、台風のときにどのように動くかシミュレーションして、建物とぶつからないところにボリュームをつくっていく。その結果、こういうかたちが生まれました。
鳥は木を切って巣をつくるのではなく、そこにある木に応じて巣をつくる。僕も同様に、そこにある木を生かしたまま、その中に建物を建てていきました。
単に自分が格好いいと思うものをつくるだけなら、それは表層的なデザインになると思います。この建築を建てたことでわかったことは、木々に寄り添う建築を実現すると、すごく綺麗な木漏れ日が室内にたくさん入ってくるということでした。独りよがりなデザインをするよりも、自然の素晴らしさをそのまま取り込み、増幅するような、そういう建築をつくっていきたいと考えています。
鳥たちの住まう環境によって「安心」のかたちは違う。だからこそ、どうやったら安心できるかを試行錯誤していった結果、さまざまなかたちの巣ができ上がったんですね。鳥たちが環境に適応しながら巣をつくるように、人間の建築も自然を生かしながら、自然と共生するあり方が可能だと中村さんは言います。後半はそのさらに具体的な例をお話しいただくとともに、おふたりのクロストークにも注目です。
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