社会に情報や物が溢れる現代では、広告に頼るマーケティングに陰りが見え始める。人口減少や高齢化といった社会問題から顧客の母数が減り、市場も縮小する中、企業やブランドは業績を上げるためにも自社を支持する熱狂的なファンを増やしていく必要がある。
「コミュニティ」というワードがビジネスの世界でも注目を浴びる昨今。コミュニティマーケティングを支援するアマナでは、多様な角度からコミュニティについて考えるイベントを開催している。今回のテーマは、「ファンベースに学ぶ、熱狂するファンの作り方」。企業がどのようにコミュニティや熱狂的なファンを生み出すのかを探求する回となった。
イベントの前半では、株式会社ファンベースカンパニーの代表を務める“さとなお”さんこと佐藤尚之氏をゲストにお招きし、現代に「ファンベース」が必要とされる理由と、それを実践する上で重要なポイントについてお話いただいた。
後半では、佐藤氏に加えて、合同会社Obu代表の小父内信也氏、株式会社ヤッホーブルーイング のでんみちこ氏を迎え、「熱狂するファンの作り方」についてのパネルディスカッションを行った。
“ファンづくり”や“顧客のコミュニティ化”の必要性が叫ばれる一方、「どのようにコミュニティを作っていけばいいのか?」といった疑問の声も上がる。パネルディスカッションの冒頭、議論のスポットは「コミュニティの立ち上げ」に当てられた。
最初にマイクを握ったのは、合同会社Obu 代表の小父内氏。同氏は、名刺管理システムのSansan株式会社で250万人以上が利用する名刺アプリ「Eight」のコミュニティを創設し、コミュニティマネージャーとして従事。独立した現在も、その運営を引き継いでいる。
正式にコミュニティが発足したのは、1年半前のこと。しかし、小父内氏はそれ以前から少しずつ“タネを蒔いていた”と話す。
小父内氏「もともとカスタマーサポートのリーダーとして、お客様の声を毎日聞く環境にいました。改善のご要望やクレームなどもいただくことが多くありましたが、彼らの意見に耳を傾けるうちに『これだけ多くの意見をもらうなんて、Eightはとても愛されてるな』と感じたんです。さらに、オウンドメディアでヘビーユーザーさんのインタビューを読んだときに『こんなにも熱量の高いファンがいるのか!』と驚き、ファンの方々と実際にお会いしたいと思うようになりました。その日から、私は毎日ファンの一人ひとりに『お会いしませんか?』『ご飯を食べにいきましょう』といったメッセージのやりとりを開始。それがコミュニティの始まりでした」
地元の小田原市から都内への電車通勤で往復4時間をかけていた小父内氏は、その時間をファンとのメッセージのやり取りに当てるようになった。これを3ヶ月ほど続けるうちに、コミュニティの火種が生まれたという。
小父内氏「とにかくファンのみなさんと会って話がしたい。当時はそれだけを原動力に行動に移していました。前半にさとなおさんが話されていたように『ファンを知る』ところから始めていたんです。そのうち、『ファン同士で集まる機会があれば面白いんじゃないか?』と思って、20人ほどのファンを集めて最初のミートアップを開催しました」
三越やOisixなどを経てヤッホーブルーイング(以下、ヤッホー)に入社したでん氏は、社員になる前からヤッホー社の大ファンだったと話す。同社は「ビールに味を!人生に幸せを!」のミッションを掲げ、日本のビール市場に新たなバラエティを増やす一方、ビールファンにささやかな幸せを届けることを目指し、コミュニティ活動も積極的に行っている。
でん氏いわく、ヤッホーのコミュニティの始まりも「テキストコミュニケーション」からだったそうだ。
でん氏「初めはメルマガでのコミュニケーションでした。そこから『よなよなピースな宴』というオフラインの交流会を開催するようになり、どんどん規模も大きくなっていきました。ただ、イベントもただの交流会ではなく、一緒にビールをつくったり、軽井沢のキャンプ場で自然を楽しみながらビールを楽しんだり、様々な形式でファンと一緒に楽しむ企画を繰り返してきました」
Eightもヤッホーも、テキストコミュニケーションからコミュニティの活動を始め、オフラインのイベント開催へとつなげていった。佐藤氏はこれを受けて、ファンコミュニティを形成における“リアルな場”の重要性を指摘する。
佐藤氏「ネットのコミュニケーションはつながりが薄いので、直接会うことが大切だと思います。中にはファンの方に会うのを怖がる企業もいますが、実際に会ってみたらお互いの印象は変わってくると思います。『これをみんな“仲間”と呼んでるんだ』と実感しますよ」
だが、コミュニティマネージャーの中には「どんなテーマでイベントを開催すればいいか分からない」と悩み、なかなか踏み込めない人もいるだろう。 これに対し、小父内氏は「最初は無目的でも構わない」と主張した。
小父内氏「とりあえず会いましょう、くらいで十分だと思います。必ずしも目的を持って人に会うことがすべてだとは思いませんし、お互いに何も期待しないところから生まれる絆やイノベーションもあるはずです。コミュニティが立ち上がる前に、私がファン一人ひとりにメッセージを送ってお会いしたのは、『偶然から生まれる必然的な出会い』を広げたかったから。無目的で開催するオフラインイベントも一つの価値だと思います」
佐藤氏「ロードマップを引いて、PDCAを回そうと躍起する企業も多いですが、ファンは感情を持った人間です。あまりテクニックに考えず、一人ひとりとちゃんと付き合うほうが健全ですよね」
「一人ひとりとちゃんと付き合う」とは、具体的にどういうことだろうか? でん氏は、答えの一つとして「いかにファンとコミュニケーションを取るか」だと推測する。
でん氏「例えば、オフラインでファンと会った時に『うちの製品のどこが好きですか?』と聞いちゃうのはナンセンスだと思います。企業の前提が組み込まれている質問は、どうも押し付けがましい。それよりも『今日はどうして来てくださったんですか?』と、相手のインサイトを深掘るような質問をするのがいいですよね。抽象的な聞き方でもいいから、相手の本音に耳を傾ける姿勢が大切だと思います」
しかし、ファンとコミュニケーションを取る上でも、気をつけるべきポイントはある。小父内氏とでん氏は、口を揃えて「過度なおもてなしは避けるべき」と注意を促した。
小父内氏「ファンを神様だと思い込んで、豪華な食事を提供したり、アメリカまでオリジナルTシャツを発注したり、お礼の手紙を何十通も手書きしたりしているうちに、すごく違和感を持った経験があって。これはファンとの付き合い方として合っているのだろうかと……。以来、『神様をおもてなしする』から『仲間としてともに未来を創る』という考えに変えて行動するようになりました」
でん氏「すごく共感します。ヤッホーも初期は様々なイベントを開催していましたが、それを続けていくうちに熱狂的なファンは、自らボランティアとしてイベントの準備などに参加してくれるようになりました。きっとファンの方も“お客様”ではなく、“ヤッホーの一員”になりたい気持ちでコミュニティに参加してくださっているんだろうなと。ならば、私たちも彼らを“仲間”として接するべきではないかと思うようになったんです」
中盤に差しかかり、ディスカッションの主題は「コミュニティのKPI」へとシフトする。コミュニティが上手く機能しているか、売上に貢献しているかといったことを、どのような指標に置き換えて見るべきなのだろうか? この質問には、三者三様な意見が飛び出した。
小父内氏「正直、極論から言ってKPIは必要ないと思います。コミュニティが売上や業績に直接的に貢献してるかどうかは明確に判断できませんから。正解の見えないKPIの分析に何時間使うくらいなら、一人でも多くのファンの方と話したいです。仮にKPIを設けるのであれば、まず最初は分かりやすくオフラインのミートアップの開催回数でしょうか。短期集中で『3ヶ月で3回のミートアップを開催、毎回50人の集客を目指す』でもいい。そこに参加してくださったファンの方からの”満足度”を設定するのも取り組みやすいと思います」
でん氏「毎回のイベントでNPSを取っています。イベント終了後にアンケートを取って、その結果によって推奨度と熱狂度を測り、LTVと掛け合わせて見ています。もちろん会社全体としては目標の売上や集客人数もありますが、ヤッホーではとにかく楽しく仕事をすることを大切にしています。私たちが楽しんでいる姿を見せることで、ファンに伝えたいことが一番伝わるんです。なので、コミュニティ運営において厳しく数字で縛ることはありません」
佐藤氏「ファンがどこの段階にいるかは見る必要があると思います。また、恋愛と同じでファンにも火がつきやすい一目惚れタイプや、火はつきにくいが一途なタイプがあるんです。多くの企業では短期的に前者ばかりを追いかける傾向にあるのですが、本当に大切にすべきは後者なんですよね。KPIは短期ではなく、中長期で見る必要があると思います。でないと、後者タイプのファンを見失ってしまう可能性がありますからね」
より良いコミュニティを目指すという文脈では、理想の状態として「自走化」が挙げられることも多い。運営が大きく関与せずとも、ファンだけでコミュニティが動く状態を生み出すためには、どんなアクションを取っていけばいいのだろうか?
でん氏「ファンの中でも一人で楽しみたいタイプと、複数でワイワイやりたいタイプがいて、全く動きが違うんですよね。初めからファンの横のつながりを提供するのも大切ですが、名前を覚えたり、会うたびに挨拶を欠かさなかったり、一人でも楽しい状況を作ることが必要だなと思います。すると、ギブアンドテイクほど重いものではありませんが、自分を気にかけてくれるコミュニティのために何か力になりたいと自らアクションを取るようになる。私がそうでしたから」
一方、小父内氏は「必ずしもコミュニティの理想形は『自走化』ではない」と前提を見直し、Eightが目指すコミュニティのあり方について語った。
小父内氏「『自走』ではなく『伴走』を目指しています。Eightは商材自体が個人情報を扱う名刺なので、それを利用して私たちのコントロールできない部分でミートアップが勝手に開催されたり、営業行為が起こったりすると、最終的にコミュニティの信頼度を失う危険性もあります。そのあたりはコミュニティマネージャーがケアすべきです。全国各地を回っていますが、集客は必ず僕たちのチームがやるようにしています。それ以外は好きにやってねという感じです。伴走スタイルではありますが、伴走している部分はコミュニティの動きの1~2割くらいです」
理想のコミュニティとして「自走」あるいは「伴走」の形を取るかは、自分たちが扱う商品やサービスの特性を考えた上で決めるのが有効的なのかもしれない。
ここまでの議論から、各登壇者がコミュニティ運営を手段や目的としてではなく、ありのままに楽しんでいる様子が伺えた。約50分間に及んだ白熱のパネルディスカッションは、登壇者から会場にいるコミュニティ運営の担当者に向けたメッセージで締めくくられた。
小父内氏「コミュニティマネージャーの方には、一人じゃないと言いたいです。ファンと会社の板挟みになり、孤独を感じがちですが、そういったときは私に連絡ください。いつでも相談に乗ります。また、コミュニティづくりをやろうか迷ってる方がおられるなら、絶対にやったほうがいいと伝えたい。結局、カスタマーサクセスといった言葉を並べても、実態が伴っていなければ、『この企業は顧客と向き合っていない』とすぐにバレます。まずは御社のファンと向き合うべきです」
でん氏「自分が一番楽しむ気持ちを忘れないでください。会社の製品を愛する気持ちはファンとの共通点にもなります。また、ファンの気持ちを理解するために、自分が熱狂する何かを見つけることも大切です。私は熱狂的な巨人ファンですが、その経験が今の仕事に生きているなと感じることもあります。なので、まずは自分が熱狂できるものを見つけてください」
佐藤氏「今日、みなさんが目撃したことが、本イベントのすべてだと思っています。ここに座っているおふたりは、自分たちの会社や商品がめちゃくちゃ好きですよね。これがファンベースの秘訣なんですよね。運営が冷めていると必ずファンにバレます。マーケティングのテクニックに偏ったコミュニケーションも、そこに熱量がないことはすぐにバレるので、『囲い込む』『刈り取る』といった言葉は禁句にして、自社の商品やサービスが好きだ、ファンが大切だという気持ちを原動力にアクションを取ってみてください」