「共感」をうむブランドコミュニケーション戦略

vol.123

「共感」をうむブランドコミュニケーション戦略

Text by Mitsuhiro Wakayama
Photo by Yushi Kaku

企業のあらゆるコミュニケーション課題に向き合い、その解決方法を探る、アマナ主催のイベント「amana Brand Communication Day 2023 Autumn」が2023年10月18日に開催されました。4つのテーマを切り口に、先進企業の方々をゲストに迎えたトークセッションやワークショップ、マーケットの今と未来をとらえたセミナーを実施。今回は、パルコより手塚千尋氏、ユーザベースより菅原弘暁氏が登壇した『「共感」をうむブランドコミュニケーション戦略』の回を紹介します。ファシリテーターはアマナの佐藤勇太が務めました。


佐藤勇太(アマナ/以下、佐藤):昨今、パーパスの策定/再策定にはじまり、ブランドコミュニケーションとはどうあるべきかという議論が盛んに行われています。今回はパルコならびにユーザベースの取り組みを事例に、あらためてそのあり方について考えていきたいと思います。まずは、パルコの取り組みについて手塚さんよりお話をいただきます。

Yuta Sato talking

アマナの佐藤勇太。

手塚千尋(パルコ/以下、手塚):パルコは「感性で世界を切りさく」というビジョンを掲げています。このビジョンに基づき、パーパスは「刺激・デザイン・クリエイト」としました。これが設定されたのは2021年ですが、ここに至る経緯を説明するにはパルコの歴史をお話しなければいけません。

パルコは1969年に創業して以来、一貫してファッション、演劇、映画、文学、音楽、アートといったさまざまなカルチャーを通じて、生きることの美しさ、自由であることの素晴らしさを表現してきました。そうしたテーマのもと、単なる商業施設の運営にとどまらず、地域共生の街づくりであったり、新しいファッションブランドやアーティストのインキュベーションにも力を入れてきました。

during talk

(左から)ユーザベースの菅原弘暁さん、パルコの手塚千尋さん、アマナの佐藤勇太。

手塚:2019年、渋谷パルコが50年ぶりに大型リニューアルしたことは、ご存知の方もいらっしゃると思います。新生渋谷パルコがテーマに掲げたのがファッション・アート・フード・エンターテイメント・テクノロジーという5つの柱でした。また、ターゲットはあえて「設定しない」という方針をとっています。パルコに共感してくれる感度の高い人すべてに楽しんでほしいという意味で、ジェンダーレス・エイジレス・コスモポリタンなつくりになっているのが渋谷パルコの特徴です。実際に足を運んでいただいた方はわかったかもしれませんが、渋谷パルコは各フロアがジェンダー別に分かれていません。メンズ/レディースにフロア分けされた一般的な百貨店とは全く違う構造になっています。

また、パルコの企業理念として、あらゆる文化を等しく肯定するというポリシーがありますので、ファッション好きな人だけを見据えてはいません。例えば、6階にはNintendo TOKYO・ポケモンセンターが入っています。幅広い年齢層、性別、国籍の方に楽しまれていますし、実際、国内外から人を呼べる最も集客力のあるコンテンツになっています。

感性を刺激するパルコのビジュアルコミュニケーション

佐藤:渋谷パルコというブランドをどのように発信しているんでしょうか?

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渋谷パルコのWEBサイトはこちら

手塚:パルコ各店舗はそれぞれWEBサイトを持っているんですが、私たちが考えるメッセージをお客様に伝えるために、渋谷パルコだけ特別なデザインにリニューアルしました。ビジュアルが映えるUIになり、たくさんの芸能人やインフルエンサーの方々に登場してくださっています。

また、SNSのリブランディングにも力を入れました。SNSは無料で利用できる広報メディアですから、さほど戦略を練ることもなく、若いスタッフに全部任せてしまいがちです。しかし、渋谷パルコでは、リニューアルを機にデザイン系のコンサルチームに運営制作を委託しました。人数も拡充し、チームによる制作体制を強化して、ブランディングされた情報を発信するようにしています。

advertisement of Parco

Coorporate advertisement

手塚:私は宣伝部所属なのですが、そのメインの仕事はシーズン広告になります。シーズン広告はパルコが最も力を入れている企画で、毎回海外のクリエイターと組んで制作しています。また、他にはコーポレート広告「SPECIAL IN YOU」を作っています。タワーレコードの「NO MUSIC, NO LIFE」を手掛けた箭内道彦さん、そして若いアーティストやクリエイターたちと一緒に制作をしていまして、制作プロセスは動画コンテンツとしてパルコやWEBを通じて公開しています。

佐藤:最近ではインバウンド需要も高まってきているそうですね。

手塚:はい、渋谷や心斎橋のパルコでは30%くらいが海外のお客様です。広告ということでいうと、そこに障壁を感じることも多いですね。国内に対するブランド広告は50年の歴史がありますが、訪日観光客にパルコの魅力やコンセプトを伝えるのはとても難しいことです。

佐藤:国籍が違えば、言語や価値観、宗教観も変わってきますからね。

手塚:渋谷パルコが「唯一無二の百貨店」というコンセプトであることから、海外のお客様も新奇性に惹かれて訪れてくれます。しかし、あくまでそれは今だけの話です。また来たいと思わせるには、別の訴求方法が必要になってきます。そこは目下、考えている最中です。

佐藤:海外のお客様にも共感してもらえるブランドコミュニケーションには何が必要だと思われますか?

Chihiro Tezuka talking

パルコの手塚千尋さん。

手塚:最も重要なのは「軸」だと思います。その企業が社会的にどんな価値があって、どんな歴史を歩んできたのか。その答えが、企業にとってのブレない軸になるはずです。さらに言えば、企業の価値をどのような人に届けたいのか、どのようにすればターゲットに正確に伝えられるのか、考え続けることが重要ですね。

佐藤:軸とは、つまりパーパスと言い換えてもよさそうですね。

手塚:そうですね。私たちが少し特殊なのは、唯一無二のものをつくるというコンセプトから出発しているところです。つまり、最初にターゲットがいて、その人たちに最適化された何かを届けることが目標ではないんですね。ですから、大事にしていることは顧客の反応を常に察知して、それにアジャストしていくことです。売り場でのダイレクトな反響やSNSの反応、売り上げの数字などを見ながら、共感の具合を測ることができますし、それに応じて自分たちの考えや感覚をアップデートしていくことが大切だと思いますね。

ユーザベースがパーパスを策定したワケ

佐藤:続きましてユーザベースさんのブランディングについて、菅原さんからお話を伺いたいと思います。

菅原弘暁(ユーザベース/以下、菅原):弊社は2年前に「経済情報の力で、誰もがビジネスを楽しめる世界をつくる」というパーパスを策定しました。この実現に必要な2つのアプローチとして、「SPEEDA」をはじめとする経営DX化をサポートする企業向けのソフトウェアサービス(以下、SaaS)と「NewsPicks」などの個人向けサービスを提供しています。

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菅原:このパーパスを策定した理由は大きく3つあります。1つ目は「グループシナジーの創出へ向かうため」です。それまで「SPEEDA」をはじめとしたSaaSや「NewsPicks」など各事業が個別最適で成長してきました。しかし、いくつかの事業の成長率に鈍化傾向が見えつつある現在、事業間シナジーを高めていく必要があると意思決定されました。2つ目は「投資家の皆様への説明責任」です。「NewsPicks」は短期間に急成長を遂げたのですが、先ほど述べた成長率の鈍化に伴い、「NewsPicksを売却してSaaSに特化した方がいいのでは?」というステークホルダーの疑義に対して、私たちがなぜNewsPicksを保有し続ける戦略的理由を責任を持って答えていきたいと考えました。3つ目は「CEOの交代」です。「Quartz」事業撤退を受けて前CEOの梅田優祐が引責辞任し、佐久間衡、稲垣裕介の共同CEO体制へと移行しました。会社としての存在意義を、このタイミングであらためて言語化する必要があると感じ、パーパス策定へと至りました。

それまで弊社は、ステークホルダーに対して中長期の成長戦略を示したことがありませんでした。短期の成果の積み上げが中長期につながる、という論理でやってきたわけですね。しかし、2年前に策定したパーパスは2025年、さらにその先を見据えた長期経営戦略と密接に関わるものです。また、これまでのミッション「経済情報で、世界を変える」はグローバルに挑戦したいというマインドに溢れたポジティブなものでしたが、ややエゴイズムに偏った感も否めませんでした。時勢の変化にともない、会社がどのような良い影響を社会に与えるのか説明する責任が生じています。社会の公器として何ができるのか、事業の先にある明確な社会善を打ち出してステークホルダーの皆様の共感を生まなければない。パーパス策定の裏には、そのような考えもありました。

「共感」がブランドの価値をつくる

菅原:「誰もがビジネスを楽しめる」というパーパスを掲げる以上、DEIB(Diversity, Equity, Inclusion, Belonging)への取り組みも非常に重要なアクションになってきます。昨今聞かれる多様性だけでなく、公平性や包括性、帰属性が担保される社会をユーザベースも目指しています。弊社が発行する『DEIBレポート』は、これらに関するさまざまなデータや取り組みを皆さんに知っていただくツールです。レポートを通じてユーザベースの実態をオープンにすることで、他社の取り組みに役立てていただき、日本社会のDEIB浸透の一助になれればと考えています。

DEIB report

DEIB report

DEIBレポートはこちら

菅原:パーパスを策定して2年が経ちましたが、社内外にそれがどの程度浸透したのかは正直まだわかりません。これは個人的な考えですが、パーパス=社会的意義は自社だけで完結するものではありません。メンバーやサービス価値を通じて、人々の共感を生み、行動変容を促すためにパーパスがあると私は考えています。弊社の場合、まだまだ社内メンバー全員が深く共感しているとは言えない状態ですが、社内浸透だけにマインドシェアを割かれるのではなく、顧客や社会との対話を日頃のコーポレートコミュニケーションで意識しています。 

佐藤:パーパスを社内で共有するというのは、言い換えれば、内に向けたブランドコミュニケーションでもありますよね。ユーザベースでは、早くからインナーコミュニケーションを重視していたんですか?

Hiroaki Sugawara talking

ユーザベースの菅原弘暁さん。

菅原:そうですね。ソフトウェアやコンテンツをつくる企業ですので、人の力がサービスの改善サイクルに大きな影響を与えます。一人ひとりのモチベーションを高めてもらう仕組みや、個性や能力を最大限発揮してもらう環境づくりには、創業以来ずっと取り組んでいます。ブランドの魅力というものは、社内から社外へ徐々に染み出していくものだと思うんですよ。

佐藤:ブランドの価値を、社員自身が実感するのはどんな時だと思いますか?

菅原:やや逆説的に聞こえるかもしれませんが、みんなが外を向いている時、最も社内エンゲージメントが上がります。つまり、自分たちの会社が顧客に提供している価値を理解し、社会に与えているインパクトを実感できた時、達成感や手応えを感じることができる。もちろん、ある程度円滑な社内コミュニケーションが取れていることが前提ですが、自社の取り組みの成果をみんなが実感できると、ブランドの価値も社内で自然と共有されるはずです。

佐藤:なるほど。パーパスが対外的なアクションとしてしっかり体現された時が、最もブランドの価値を実感できるということですね。ブランドコミュニケーションは内と外、両方に向かうベクトルのシナジーが大切です。片方でいいというものではなく、社員の実感が社外に発信され、社外の反応が社内のモチベーションアップにつながる。企業がめざす価値に対する「共感」が、そんな好循環を生んでいくんですね。お二人とも今日はありがとうございました。

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