“心”を動かす顧客体験デザインの未来

vol.122

“心”を動かす顧客体験デザインの未来

Text by Mitsuhiro Wakayama
Photo by Yushi Kaku

企業のあらゆるコミュニケーション課題に向き合い、その解決方法を探る、アマナ主催のイベント「amana Brand Communication Day 2023 Autumn」が2023年10月18日に開催されました。4つのテーマを切り口に、先進企業の方々をゲストに迎えたトークセッションやワークショップ、マーケットの今と未来をとらえたセミナーを実施。今回は、「“心”を動かす顧客体験デザインの未来」の回を紹介します。


岡本崇志(アマナ/以下、岡本):今回のテーマは「AIとの共創」です。みなさんご存知の通り、昨年11月にOpenAI社の「Chat GPT」が公開されて以来、生成AIの活用やリスクをめぐる議論が活発化しています。

Takashi Okamoto talking

アマナの岡本崇志。

岡本:生成AIは一過性のブームではなく、今後の社会を短期的かつ劇的に変えていく、まさに「カンブリア爆発」に相当する大変革とも言われています。そんな過渡期にあって、私たちのクリエイティビティはどこに向かうべきなのでしょうか。AIとの共創の可能性、人間のクリエイティビティの未来について、脳科学者の茂木健一郎さんをお迎えしてディスカッションしていきたいと思います。

そして本日は、ディスカッション内容を「可視化」していきたいと思います。アマナのビジュアルレコーディング技術を使って、最後にディスカッションのまとめとなるビジュアルをお目にかけたいと思います。

誰でも作れる時代、差別化のポイントはどこ?

岡本:生成AIの進化と普及によって、遅かれ早かれ、誰でも作れる時代がやってきます。そんな中で、どうやって他社のクリエイティブとの差別化を図っていくのか。あるいは、人間のクリエイティブとAIのそれを差別化するものとは何なのか。まずは茂木さんにお話を伺いたいと思います。

Kenichiro Mogi talking

脳科学者の茂木健一郎さん。

茂木健一郎(脳科学者/以下、茂木):クリエイティブの本質はずっと変わらないんですよ。つまり、脳で言うと前頭葉を中心とした高次の機能を司る部分によるコンセプトメイクです。クリエイティブを構成する各要素をどのように編集するか。自分で絵を描いたり音を奏でたりしなくても、コンセプトやディレクションが素晴らしければ、それは優れたクリエイティブになります。生成AI以降のこれからは、みんなが“優れたディレクター”の位置に行ける可能性を持つわけです。

新村“Jimmy”卓宏(アマナ/以下、Jimmy):おっしゃる通りですね。試されるのはディレクション力だと思います。AIを使うのは、クリエイターを指揮するのに似ています。入力の確度が出力の差異になって現れてくる。

茂木:今までって「手を動かす」ってことが価値でもあり、ある種の言い訳にもなってましたよね。これだけの工数をかけてやっている、だからそれなりの仕事だと。でも、その点はこれからAIにある程度任せてしまえるわけです。要するにクリエイティブの価値はプロセスではなく、本来の仕上がりに近い部分のディレクションの質になるということです。

AIはまだクリエイティブディレクションができません。人間にとっての価値を判断することができない。さらに厄介なことに、人間の脳は常にフレッシュさを求めます。欲望は常に更新されていく。その変化を念頭にディレクションしていくというのは、非常に大変だし難しいことですよ。現場の感覚としてはどうですか?

Nimura Jimmy talking

アマナの新村“Jimmy”卓宏。

Jimmy:自分とAIの関係は、基本は入力/出力なんですが、同時に自分がAIに感化されながらインタラクティブに作っている感じもありますね。最終的なアウトプットは自分が決めているんだけど、AIが出力したものを見ながら軌道修正もしている。

茂木:そういうサイクルいいですよね。MITのメディアラボの人が言ってました。「AIで壁打ちしてるんだ」って。

岡本:なるほど。差別化の一つのキーポイントはAIの使い方にあると。そして最終的なアウトプットの質を判断する力が、クリエイティブの質に直結するということですね。

茂木:聖徳太子は1400年前に日本を「日出づる国」とブランディングしましたよね。しかも、このブランディングは今でも有効なんですよ。これは本当にすごいこと。こんなアイデアはAIからは生まれません。大切なのはみなさん一人ひとりがどう考え、どんなアイデアを生み出すかです。

岡本:そして、そのためにAIをどう使っていくか、ということですね。

AI時代に必要な「脳力」とは?

岡本:これからの時代、茂木さんはどんな考え方や思考が必要になると思われますか?

茂木:私たちの業界に「クォンタムスプレマシー(量子超越性)」という考え方があります。量子コンピュータは普通のコンピューターにできないことができるのですが、それを説明する仮説ですね。僕は人間にも意識による超越性、コンシャススプレマシーがあるのではないかと思っています。つまり、意識をうまく働かせないとできない活動がある。これはクリエイティブの究極のテーマかもしれないんですよ。

イーロン・マスクはプログラミングをほとんどしていないと思います。テスラやX(エックス)を率いる彼ですが、スーパープログラマーではありません。では、彼の卓越性はどこにあるのか。それはずばり「選択・判断・決断」です。それを誤らないということが、彼の卓越性の秘密なんですよ。

例えば、藤井聡太さんは通っていた高校を3年生の2月の時点で中退しています。普通だったら「あと少しで卒業なんだからやめる必要ないじゃん」と思うでしょう。しかし、周囲から見れば奇異に見える彼のその判断は、おそらく彼の将棋における卓越性と関係している。グレタ・トゥーンベリさんが「金曜は学校に行くのをやめて、座り込みをしよう」と決めたことも同じです。その判断に現れる世界観のようなものに人々が共感し、彼女は今や環境問題のアイコンになった。要するに、AI時代に求められるのは、日々の生活の中でなんらかの判断・決断を下すということなんですよ。

AIは私たちの判断・決断をサポートしてくれます。ものすごいスピードでデータを集め、ビジュアライズし、我々にいくつもの解を提示してくれる。それをうまく使えば、今まで以上に迅速な判断が可能になります。

AIで「無意識にひそむ願望」を探り当てる

茂木:実際、AIが登場してから仕事の内容にどんな変化がありましたか? 専門家であるお二人にお伺いしたいです。

tools to generate AI

代表的な生成 AIツール。

Jimmy:広告の世界では大量のデータが収集可能になって、パーソナライズの流れがいっそう加速していく状況があります。近いうちに、本人が気づかないレベルの癖みたいなものまでデータとして収集できるようになるでしょう。そうなってくると、日常生活のあらゆる場面でパーソナライズされた情報が提供されるようになってきますね。

茂木:生成AIの「*ハルシネーション(幻覚)」が問題になっていますよね。しかし、今後はクリエイティブなハルシネーションというものが現れてくると思います。つまり、ハルシネーションの内に何が見えるのか、という視点が生まれてくる。

*AIが虚偽の情報をもっともらしい形で出力してしまう現象

人間の欲望って難しいですよ。例えば「コカ・コーラの顧客はなぜあんなにコカ・コーラばかりを飲み続けるのか」という問いがあるとする。しかし、その質問を顧客に投げかけてもインサイトは得られませんよね。顧客は自分の消費行動について正確に解答できない。

そこでAIを使うわけです。ビデオリサーチは僕のデジタルツインを作って番組に対するインサイトを得ようとしています。そんな感じで、ハルシネーションを使って人間の深いところにある願望を探り当てる、という事例がこれから出てくると思うんですよね。おそらく、それが最先端のマーケティングになるんじゃないでしょうか。

「自分のいちばん深いところにある願望ってなんだと思いますか?」と問われても回答は難しいと思います。でも、AIにそれを言い当てられて、それにフィットする商品やサービスを提供されたら一撃でやられちゃいますよね。あるいは、AIが個人の願望を叶えるアシストをするっていうことも起こるんじゃないかな。僕は小さい時、世界大会で活躍するスポーツ選手になりたかったんだけど、いつしかそれは無理だと思うようになった。でも、ある時から人生をスポーツに見立てるようにしたんです。そしたら世界大会に相当する目標も見えてきた。自分の深い部分にある願望を諦めずに済んだんですね。そんなふうに人間の願望をAIが変えていけたら、ものすごいトランスフォーメーションが起こると思うんです。

Mogi and Jimmy talking

生成AIを使って何を表現するのか、何を表現したいのか

岡本:人間のクリエイティブプロセスは、AIアルゴリズムとどのように違うのでしょうか?

茂木:Chat GPTはインターネット上の文献をほぼ全部読んでいます。つまり、統計的アンサンブル、データセットの大きさという点では人間を遥かに上回っている。その点では人間は絶対にAIにかないません。しかし、人間のすごいところはデータセットが明らかに少ないのに、なんとかやっているという点です。それが人間とAIの根本的な違いです。

批評の神様と言われた小林秀雄ですが、彼の担当編集者に言わせると「小林秀雄がやろうとしたのは、言葉で表せないものを言葉で表そうとしたこと」だそうです。おそらく、最も偉大なクリエイティブは、言葉で表せないものを言葉で表そうとするときに現れる。デザインだってそうでしょう? ビジュアルで表せないものをビジュアライズしようとしたとき、優れたデザインが現れるわけじゃないですか。

Jimmy:そうですね。空気感とかシズル感とか、時代の雰囲気や情勢をビジュアライズできたら、それは優れたデザインだと思います。言葉にできないものを、大規模言語モデルにどう反映できるのかが、今後AIを考える上でポイントになってきますよね。

Mogi and JImmy talking

茂木:言語のレイヤー、ビジュアルのレイヤーよりも高次に意識のレイヤーがあります。言葉にできないものを表そうとする時、意識をどう働かせるかが問題になってくる。意識の研究をしている専門家として言うと、現状、意識を説明できる理論はありません。まともな科学者であれば、意識の問題を解く鍵がAIにあるとはまず考えないですね。AIに意識はないとされています。そこに私たち人間との最大の差分があるんですよ。意識、僕の言葉で言えばクオリアをいかに出していくかということが、AI時代のクリエイティブにとって最もコアな課題になってくるんじゃないでしょうか。

Jimmy:非常に難しい課題ですが、向き合っていくしかないですね。

茂木:そうですね。いずれにせよ、AIを使わないという手はありません。むしろ使い倒していくという気持ちでやっていかないとダメですね。

岡本:茂木さん、本日はどうもありがとうございました。それでは最後に、冒頭に予告したビジュアルレコーディングをお目にかけたいと思います。我々のトークと同時並行で、AIがディスカッションのまとめをしてくれました。

visual recording work

茂木:おお! すごい! このスピードでこのクオリティのビジュアルをつくるのが、生成AIの為せる技ですよ。そして最後の判断はこうして人間が行うわけですね。このビジュアルレコーディングは、アマナのサービスとして提供されているんですか?

岡本:はい、すでにアマナではAIを活用したビジュアルレコーディング、ビジュアルファシリテーションをご提供しています。ぜひ、さまざまな企業様にご活用いただければと思います。

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