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「Super Bowl」の広告から読み解く コミュニケーションの切り口
毎年2月にアメリカで開催される国民的イベント「Super Bowl」。そのハーフタイムショーが話題になりますが、日本では莫大なマーケティング費用をかけて生み出すテレビCMの中身が語られることは多くありません。しかし、広告の重要性が時代と共に変化する中で、時代を理解することがコミュニケーションの切り口を見つける糸口になるはずです。
最近のSuper Bowlでは、企業がどのような題材やテーマを扱い、生活者に向けたコミュニケーションのトレンドをどのように反映させているかが注目されています。そのような視点から、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の秋元陸氏が、本イベントでゲストスピーカーとして登壇し、解説を行いました。
2024年2月11日(日本時間12日)、アメリカ最大のスポーツイベントであるSuper Bowlがネバダ州ラスベガスのアレジアント・スタジアムで開催されました。この一大イベントは、視聴者数が1億人を超える規模であり、テレビCMやハーフタイムショーを通じて世の中のトレンドが見えるとして、マーケティングの観点からも分析されています。
Super Bowlでの30秒のテレビCM放映には約10億円の費用がかかりますが、その効果は計り知れません。実際、BMWはブランドとしての好感度が17ポイント上昇し、Booking.comはYouTubeでの再生回数が1億回を超えるなど、非常に大きな広告効果が得られたことが明らかになっています。
テレビCMと同様に話題になるのがハーフタイムショー。2024年はR&Bシンガーのアッシャーが出演し、中盤からアリシア・キーズも参加して、豪華なショーになりました。事前にアッシャーが登場するSNSでのティザー広告が活用されたことで、開催前から話題を集めていました。
アメリカの国民的イベントであるSuper Bowlは、広告効果は非常に大きく、多くのブランドが宣伝や広告を積極的に展開しています。2024年も、数多くのテレビCMが放映されましたが、特に注目されたのは以下の2つの傾向です。
・シュールなパロディ
・昔懐かしい顔
アメリカの視聴者がクスッと笑えるような、シュールなパロディが多く見られました。そのうち3つのテレビCMを紹介します。
①CeraVe Skincare
スキンケアブランド「CeraVe」のCMでは、俳優のマイケル・セラが出演。自分の名前とブランドの名前が似ていることから「僕を題材にしたテレビCMを作ってみませんか?」と企業にプレゼンテーションしている、というストーリー。アメリカのスキンケアブランドにありがちな「あるあるネタ」を演出に取り入れたパロディCMです。
②Doritos Dinamita
「ディナ」と「ミタ」という名前の高齢女性が迫力のアクションでドリトスを奪い合う、というドタバタ展開のCM。このCMは、商品名の「ダイナマイト」をスペイン語で「Dinamita(ディナミータ)」と発音することから商品名を連呼するプロモーションとして展開されました。
注目すべきはラテン調の音楽やラテン系の人物が積極的に起用されていることです。共演しているジェナ・オルテガさんはラテン系の方々から人気がある女優。アメリカの人口構成では非白人系が比率を伸ばしており、特にラテン系の占める割合が高く、25歳以下の20〜25%がラテン系のルーツを持つとされています。このような人口構成を踏まえると、ラテン系の視聴者にアピールするためには、彼らが親しんでいる音楽やタレントを活用するのが効果的です。そのため、Super Bowlのような大規模なイベントでも、ラテン系のテレビCMが大きな話題になりました。
③Duolingo
たった5秒間のテレビCMが、TikTok上で600万回再生されるなど、大きな反響を呼びました。このCMは、Duolingoという語学アプリのプロモーションで、1億人が視聴する国民的イベント内で、スペイン語やフランス語などの語学を学ぶためのプラットフォームの宣伝をすることは、アメリカの人口構成が多様性に富んでいることがわかります。
もう1つの傾向は「昔懐かしい顔ぶれ」。前述した通り、ハーフタイムショーに出演したアッシャーは1978年生まれの45歳(2024年現在)。彼を起用した背景に40代以上をターゲットにしている印象を受けました。
10年以上前に流行したコンテンツの主演女優であるティナ・フェイが出演するBooking.comのテレビCMには当時の共演者も出演しています。
②BMW
ブランドの好感度を上昇させたBMWのテレビCMにはクリストファー・ウォーケンが出演。CMでは、訪れる先々で出会う人が、彼の特徴的な話し方を真似る様がヒットしました。
③State Farm Insurance
アーノルド・アロイス・シュワルツェネッガーは、ステートファーム保険のテレビCMに出演しました。保険会社のキャッチコピー「Like a Good neighbor(優しい隣人のようにステートファームがいます)」の「neighbor」を「Neighba」と発音してしまうシュワルツェネッガーさん。どうしても発音が直らなかったので、最終的には映画『ツインズ』で共演したダニー・デヴィートさんにセリフを代わってもらうことに。2人の再タッグが話題になり、YouTubeで3,500万回再生されています。
BMWやState Farm Insuranceから見られるように、往年のスーパースターを起用してテレビCMやブランドコミュニケーションを打つのが、近年のSuper Bowlに見られる特徴だと言えます。そして、Super Bowlへの10億円もの投資を通じて、広告主はターゲット層を細かく考慮していていることがわかります。
往年のスーパースターの影響力を最大限発揮できるのは40〜60代のX世代と言われる人たち。多くのブランドが国民的イベントを通じてマスコミュニケーションで訴求しているのはX世代であることが、際立ったポイントです。
YouTubeでもASMR(※)の中でX世代向けのコンテンツが配信されています。たとえば、ポラロイドカメラのフラッシュや写真が出てくる音を当時のマイクで収録したりしています。レゴは、バンダイナムコエンターテインメントのアーケードゲーム「パックマン」をリバイバルするなど、ノスタルジーに訴求するコミュニケーションが増えています。
※ASMR(autonomous sensory meridian response)は、人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地よい、脳がゾワゾワするといった反応・感覚。
理由は、X世代の可処分所得が比較的旺盛だということと、マスコミュニケーションが効きやすいことが挙げられます。
X世代の1つ下のミレニアル世代(30〜40代前半)はどのような価値観なのでしょうか。こちらの図をご覧ください。
自分たちの親が29歳だったとき、自分が29歳という社会的風刺を表しています。左右で2つの例が描かれており、左の例では親が29歳のときは「子供を授かりましょう」と言っているのに対し、自分が29歳のときは子供を持つことはあまり現実的ではない様子。右の例では、親が29歳のときは「1万ドルで家を建てましょう」と話をしているのに対し、自分が29歳のときは「賃貸物件の部屋に絵を飾りたい。壁に穴を開けていいですか」と大家さんにお伺いを立てています。このように、自分の親が自分の年齢だったときと現在は異なることがよくわかります。
グローバルで調査をした際、ミレニアル世代の47%が家庭を持つことを難しいと感じています。背景には生活費の高騰により家庭を持つことが難しくなっている、という現状も。
数年前から、子供を持たない共働き夫婦をDINKs(Double Income No Kids)と呼んでいますが、現在は少し変化してDouble Income No Kids With Dog、ペットが加わりました。共働きで、子供を持たずにペットと3人で暮らす。今の30代が取り入れているライフスタイルです。
では、Z世代(10〜20代)はどうでしょうか。グローバルで調査をしたところ、46%の人が大半の時間にストレスを感じていることがわかりました。購買意欲を仰ぐ、というより心理的安全性が重要であることが言えます。
10〜20年前は勉強していい大学に行き、安定した企業に就職して高収入を得て、家庭を築くことが幸せな人生の定説として言われてきました。そのため親は教育に投資していたのですが、コロナ禍で大手企業から解雇されてしまったり、そもそも新卒採用が取り消されてしまったり、これまで考えられなかったことが実際に起こっています。いかに努力をしても社会の変化で覆ってしまうような定説に自分の人生を賭けるよりも、自らキャリアや人生を考えて、どうあることが自分にとっての幸せなのか突き詰める必要がある。この考え方はZ世代の中で少しずつ育まれています。
Z世代の働き方に関しても、さまざまなコミュニケーションが強まっています。Z世代の女性が発信する「レイジー・ガール・ジョブ(Lazy Girl Job)」は「怠け者女子の仕事」という意味。「残業して、自分の人生を仕事に捧げて、それが何になるの?」と掲げてSNSに投稿しています。世間的に見栄えがよく、給与も高く、定時には必ず終業できる“ラクして稼げる仕事”が話題に上がっています。
Super Bowlで実施されたコンテンツから、ターゲットがX世代に移行していることがわかりました。昔懐かしいノスタルジックにひたり「あのタレント、久々に見た!」と話題になりやすい、つまりマスコミュニケーションしやすい層をターゲットにしています。
なぜ若い世代がターゲットではないのでしょうか。30〜40代前半は購買層としては有力で可処分所得もあるように見えますが、彼らはインフレの影響に直撃しています。そのため今は生活を切り詰める思考が強いので、彼らに新しい購買意欲を促すよりも比較的余裕のあるX世代に訴求する方がいいと考えられます。
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