vol.151
ウェルビーイングやSDGsといったワードが世界的にトレンドとなる今、モビリティ分野にも新たな価値が生まれつつあります。モビリティ×エコというとまずEVがイメージされますが、エコの追求は車そのものの技術だけに依存しません。「自家用車を持たない」価値観が若者を中心に広がりはじめるなど、モビリティを取り巻く環境が変化しています。
今回のウェビナーではSTYLUSの秋元陸氏が登壇し、EVの普及とそれに伴う充電設備充実に向けた行政や民間事業者の動き、交通手段に対する人々の考え方の変化をさまざまなデータから分析。都市交通やライフスタイルの将来像を予測しました。
EVの普及や進化は今、過渡期に差し掛かっています。世界の自動車販売台数のうち、2023年は12%がEV車であり、2024年には16.2%に達すると推測されています。
一方で、自家用車の利用は減少していくという調査データもあります。マッキンゼーの調査によると、複数の交通手段に締める移動距離(マイル)のうち自家用車が締める割合が2022年は45%と大半を占めているのに対して、2035年には約16ポイント減少し、29%まで縮小すると推測されています。
要因のひとつは電動キックボードや電動自転車、一人乗り自動車といった、いわゆる「マイクロモビリティ」の増加です。長距離移動は飛行機や船、電車、中距離移動が自動車、近距離移動がマイクロモビリティと役割分担が進んでいくことが予想されます。
EV購入者に調査したところ、購入理由は「燃料の節約」「環境への配慮」「パフォーマンス」という3点が多く挙がりました。一方で、購入をためらっている人たちの理由は「販売価格」「移動距離」「充電環境」で、初期投資の高さ以外にも、快適に使えるのかという運用面での不安が大きいことがわかります。
「移動距離」「充電環境」は社会的課題ともいえます。自動車メーカーだけでなく、多くの企業や自治体が、長期的にEVに適したまちづくりやコミュニティづくりに取り組めば「人々がより快適に、幸せに暮らしてもらうことができるのでは」と秋元氏は示唆しました。
EVの購入意向は、調査対象を年齢や社会的・政治的思想によってカテゴリー分けすると割合に変化が見られます。保守的な考えを持つ人たちの中では購入意向は低く、若い世代ほど関心を持っています。秋元氏はこうした傾向を「誰が興味を持っていて、誰にとってチャレンジングな領域なのかが色濃く出ている」と分析。
EVに消極的な人たちは、快適に運用できる環境が整っているガソリン車に比べて、不安要素が多いEVに多額の投資はできません。一方、EVに積極的な人たちは新しいものに興味を持ち、アーリーアダプターとなって環境を整えていく側であるといえます。
EVの「走行距離」の課題を解決するのは、「燃費向上」と「充電スタンドの整備」です。「燃費向上」はメーカー側の課題ですが、「充電スタンドの整備」は、街のインフラとして進めていかなければなりません。EVの購入を検討する人の44%が、充電スタンドの普及状況を心配しています。現状、EVのフル充電には平均4~5時間かかる上に、ガソリンスタンドのように出先の道中に必ず充電スタンドがあるような状況ではありません。これは、EVの普及を妨げる大きな要因です。
例えばアメリカでは、EV充電設備の70%が裕福な上位5郡に設置されています。EV所有率が高いところに充電設備が集中することで、地域格差が生まれていると考えられます。
日本でも、東京や大阪に充電設備がかたよっていて「埼玉や神奈川、茨城など関東近郊の人たちがEVを買った時に、充電設備というのが公平に分布されていないというのが大きな問題」と秋元氏は指摘します。
EVはガソリン車に比べてCO2排出量が少ないため、ヨーロッパではEV普及が環境負荷低減という国策の一環になりつつあります。EUは、高速道路沿いに60キロ間隔で誰でも利用できる充電ステーションを設置する計画を立てており、2025年までに100万箇所、2030年までに300万箇所の設置を目指しています。
例えば、フランスは集合住宅やトラックなど商業者向けの設備を増やそうと、街中での充電設備整備に2億ユーロを投資。アメリカは20州で4,000機の充電設備修理費に1.5億ドルを投じ、6億ドルの補助金を出して都市部以外の郊外や農村部への公共充電設備の設置を進めています。
ヨーロッパでは政府がEV推進に力を入れている一方、民間事業者も充電設備の普及にビジネスチャンスを感じ、動き出す事例が増えてきました。
デンマークのスタートアップ企業「elby(エルビー)」は、アパートや不動産商業施設のビルオーナーと協力してEV充電ステーションの設置をサポートしています。不動産所有者は飲料の自動販売機を設置するように有料の充電設備を設置し、充電器が利用されれば収益の60%を受け取ることができます。
企業が充電器を有料でレンタルするためのプラットフォームも登場しています。交通量が多いところでは価格を高くするなど、充電器設置者が利用料やマージンを決定できます。
ヨーロッパでは、市場環境に応じて充電設備を提供し、設置者が対価をコントロールできるようなEVインフラ整備がBtoBtoCという領域まで進んできています。
EV充電器は、以下のように3つのレベルに分かれます。
・レベル1:家庭用コンセントで充電できる。フル充電に膨大な時間を要する
・レベル2:EVの走行距離を確保するのに十分な電力を補給できる。フル充電には4〜5時間かかる
・レベル3:高出力の急速充電器。フル充電には約30分かかる
EVの充電時間を、ビジネスにつなげる動きも出てきました。充電設備と隣接する小売店やサービス提供者が、充電中のユーザーに何らかのサービスを提供するというものです。
たとえば、ニューヨークの企業Gravityは、大きな駐車場を借り充電インフラを整備し、高速充電特化型のハイパワーチャージポイントを設置。充電費用は割高なものの、走行距離200マイル(約322キロ)ほどの電力を5分で充電できます。
このビジネスチャンスには、自動車メーカーも目をつけています。一部の高級自動車メーカーは、自社ブランドの充電ステーションを開設。充電ステーションでは軽食や飲み物を楽しめるほか、Wi-Fiも備えたラウンジを併設しているなど、充電中の待機時間を快適に過ごせます。
自社の自動車を所有するオーナーに対しては価格割り引きや事前予約、専用ラウンジなど特別待遇を用意するケースもあります。このように自社の顧客を優先するだけでなく、充電設備を公開することで、他社ブランドのオーナーにも自ブランドの宣伝機会を得られるという考えです。
モビリティ×エコの影響は、EVの普及だけではありません。EV普及と合わせるように「車の所有の概念が変化している」と秋元氏は説きます。世界的な調査によると、46%の人たちが、今後10年間で自家用車からライドシェアやマイクロモビリティへの移行を前向きに検討しているといいます。
自家用車を持たなくなる大きな理由のひとつは、ガソリン代をはじめ、保険料や駐車場代など、自動車に関係するさまざまな費用の値上がりです。
若い世代の免許保有率も世界的に低下している点も見逃せません。交通の便が良い都市部で育った若者は車がなくても不自由なく生活でき、親世代も車を所有していないことから、車を所有しないことを当たり前だと感じているのです。
また、30歳未満の人は移動手段の組み合わせにも寛容で、シェアモビリティやカーリースにも関心が高いといいます。「車はあった方が便利だけど、買わなくてはいけないかというと、そこは慎重に考える。車の所有と利用のバランスを考える人が増えている」と秋元氏は分析します。
車を所有するという考えの変化によって、レンタカーやライドシェアに加えてサブスクリプションモデルが増えてきました。リースに比べて短期間の契約が可能で、月額利用料には保険や車体のメンテナンス、ロードサービスなども含まれます。
例えば、アメリカの新興企業オートノミーは自家用車を購入、所有することに伴う煩わしさを取り除くためにマーケット調査を徹底し、サブスクリプションモデルのメリットをアピールし注目を集めています。
自動車産業でサービス提供していた企業が、今後、カーシェアやサブスクリプションに進出していくことが予想されます。サブスクリプションサービスで新車を利用してもらうことで、新たな見込み顧客創出や自ブランドの認知拡大などが期待できるというメリットがあるのです。
EVのターゲットはガソリン車の所有者だけではありません。マイクロモビリティやシェアサイクルなどを利用している人たちに向けて、カーシェアリングやサブスクリプションによる小型EVの開発が進みます。自動車メーカーは、高度なドライビングテクニックを必要とせず気軽に乗れる経験を通して、車の利便性の訴求を図っています。
自家用車の所有率が低くなっている背景のひとつに、「アンチカーセントリックカルチャー(反車中心文化)」があります。アンチカーセントリックカルチャーを提唱する人々は、自動車が社会にもたらすネガティブな側面を考え、環境負荷や生活面から考えて自動車中心の生活が本当に正しいのかと疑問を示しています。現在は多数派の考えではありませんが、こうした考えは自動車メーカーやまちづくりに取り組む人たちにも少しずつ影響を与えています。
例えばアメリカでは、高齢者などハンディキャップを抱える人をサポートするアクティビストが「運転しない1週間」というキャンペーンを実施。車を使わない生活を体験することで、車を所有できない低所得者や車を運転できない人にとって、都市がいかに暮らしづらくなっているかを実証しました。
地下鉄やマイクロモビリティなどの多様な交通手段が生まれたことで、車中心の街ではなく、歩行者や街の住人、街を行き交う人たち向けに都市を設計していく方がよいのではないかという考え方が広まっています。秋元氏は「都市部で車の流通量、自家用車とカーシェアとマクロモビリティがどれくらいのバランスで必要なのかを調整していくのが、世の中のトレンドになってきている」と論じました。
秋元氏は、新しいモビリティの形や、これからの車の在り方について以下の4点をまとめました。
これからの自動車について考えるには、従来の自動車中心社会という概念から抜けだし、「地域コミュニティに根ざしたエコモビリティ」を定義していく必要があります。アメリカの成功事例をそのまま日本に当てはめることはできません。その都市、その土地に住んでいる人々固有の課題や期待に合わせた「車の在り方」を設計していくことが重要です。
環境というのはCO2排出量をはじめとする自然環境への負荷だけではありません。子供やお年寄り、ハンディキャップを抱えた人など自動車に乗らない人、乗ることができない人たちにも優しい世界であり続けるような社会環境の整備を指します。
EVの充電設備にさまざま価値を付け加えた充電ステーションのように、インフラ整備に新たなビジネスチャンスを見出すような実験的な試みは、EVの普及環境を構築する上で重要な取り組みです。EVの開発や、行政の都市計画に民間事業者が参加していくことで、モビリティの可能性が広がります。
車を所有する人、所有せずにサブスクなどで利用する人、マイクロモビリティ利用者、子供や老人など車を運転しない人など多種多様な人たちの生活が、どうすれば快適になるのか。優先順位を設けながら利便性を追求していくことが、モビリティの未来の創出につながります。
STYLUS
STYLUS
ロンドンを拠点に活動するSTYLUSは、様々な業界のトレンドを分析し、未来の変化を予測するイノベーションアドバイザリーサービスです。
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