コロナ禍、そして急速に進むデジタルトランスフォーメーションにおいて、企業の広報活動もさまざまな変革が求められています。ハウス食品グループ本社でも社内外でのコミュニケーションにおける課題にどう取り組むかが大きな課題となっていました。情報伝達の改革に向けて動き出したハウス食品グループ本社の取り組みについて、コーポレート・コミュニケーション本部 広報・IR部の中田和毅さんに伺いました。
抱えていた課題
・社内外への情報発信において、Web上に掲載する情報としてより適切な内容にしていく意識の不足
・社員のデザイン、編集、撮影、配信に関する基礎知識と技術の不足
取り組みのポイント
・テーマごとに社員が基礎知識を学び、ワークショップを通して技術として身に付ける
成果
・決算説明会資料やニュースリリースなどの作成に反映されはじめた
・メディア用・社内報用の写真撮影技術の向上や、オンラインによる新製品説明会の実施につながった
ビジネスシーンで急速に進行していたデジタル改革。それは世界的なパンデミックで人々の動きが止まり、テレワーク・リモートワークが日常化した中で一層加速しました。
ハウス食品グループ内でもさまざまな場面でデジタルを活用した業務改善が進んでいましたが、何を目的にデジタルを活用していくのかという“意図”と、そのために必要なスキルが整っていない部分があったといいます。
今回お話を伺った中田さんが所属する広報・IR 部では“デジタル社会で社内・ 社外とのコミュニケーションをどう図るべきか”ということが常に課題になっていました。
「私の業務にメディアとのコミュニケーションがあります。例えばニュースリリースは、 かつては主に印刷した用紙をメディアにお配りしていましたが、現在ではサイトへのアップやWeb配信ツールの活用などにより、オンラインでご覧いただく機会が増えています。その端末もPCだけではなくスマートフォンへも広がっています。その中で、我々は伝えたいことをわかりやすい形で相手に発信できているのか、ということを考えていました」(中田さん)
オンラインでの情報発信が拡大する中で、忙しい記者やライターに記事にしてもらうために情報をどう効果的に整理するか、メディアへの最適な画像提供やオンライン配信によるコミュニケーションなど、十分にできていない部分をどう改善していくか。それらを考えていたとき、中田さんはアマナのクリエイティブチームとの取り組みが頭に浮かんだと言います。
「弊社の大阪本社には、社内外の方に会社の歴史を知っていただくための展示ギャラリーがありました。歴史だけではなく、ハウス食品グループの“今とこれから”をお伝えするため、アナログな展示方法から、タイムリーに情報を更新できるデジタルシステムを活用した展示方法に変更するプロジェクトがありました」(中田さん)
広報・IRの業務をデジタル時代に対応したものに変革していくためには、社外の技術や発想を取り入れていく必要がある。アマナのクリエイティブチームと共に、次なるプロジェクトに取り組みました。
ハウス食品グループの課題を整理し、「DX時代におけるコミュニケーションスキルアップ」と題した4部構成の研修プログラム(Creative Camp)をアマナが実施しました。第1回はデジタルコンテンツのアップデートを目的とした“良い資料を作るためのデザインルール”。
広報・IR部が発信するニュースリリースや決算説明会資料は、社会にハウス食品グループの情報を伝える大切なツールです。情報に目を留めてもらうためには、情報をデザインする必要がある。そのために必要なことをワークショップで考えていきます。
情報のデザインとは、情報を“的確に取捨選択”し、伝えたい内容を“正確に見た目に反映”すること。これにより情報を正確に伝えることができるとともに、受け手に関心を持ってもらいやすくなります。そのために必要なのはセンスではなくルールであることをCreative Campに参加したメンバーは実例をもとに学んでいきました。
「実際のニュースリリースとIR資料をもとに、デザインルールを取り入れる前と後での印象の違いを実例で見られたことで、チームの意識は大きく変わったと思います。特にIRの担当者はフォントの選び方や配色など、ここで学んだことをさっそく業務に取り入れています」(中田さん)
ハウス食品グループでは東京本社、大阪本社、千葉研究センターのロビーに設置されたデジタルサイネージ(※上に掲載した写真、大阪本社展示ギャラリーにあるモニター)にリリースなどの情報を流しています。お客様がこのサイネージに目を留める時間はごくわずか。そこでいかに的確に情報を伝えることができるか。それを考える上でも学んだことが役立つと中田さんは話します。
第2回のテーマは“オンラインコミュニケーション”。コロナ禍によりリアルイベントの実施が困難になったことで、多くの企業が新たな情報発信の手段としてオンラインイベントを開催しています。
広報・IR部でもその必要性を感じていましたが、一方でそれを阻む大きな壁がありました。
「例えば新製品の説明会を開催する際、我々は必ず試食をお出ししています。試食を行うのは、言葉やビジュアルで説明するよりも、実際に召し上がっていただくことで製品のエモーショナルな部分が伝わると考えているからです。試食ができないオンラインイベントでは、価値が半分以下になってしまうのではないかということが大きな懸念点として上がっていました」(中田さん)
そこで第2回では、さまざまな企業がオンラインイベントをどのように捉え、どのような手法で行っているかを紹介。とくにオンライン上での体験をどのように設計すべきかに時間を割き、Q&A形式でディスカッションを行ないました。
「このワークショップを通じて、リアルとオンラインを融合したハイブリッドなイベントの可能性を感じました。例えばリアルで試食会を開催できなくても、参加者の手元に事前に製品を届けることで、オンラインイベントに参加しながら実際にご試食いただくことができるのではないかなど、さまざまなアイデアが生まれました」(中田さん)
広報・IR部では初の試みとしてオンラインでの新製品説明会を開催することになりました。説明会前に参加者の手元に商品を送付。実際の製品を見ながらオンラインでメディアが必要とする情報を確実に伝え、説明会の後に調理、試食していただく。オンラインでありながら五感で感じてもらえるようにする試みです。
「コロナ禍の影響により人々の意識が変わったことで、収束後もオンラインイベントの活用は続くと思います。我々もリアルとオンライン、それぞれのメリットを活かしながら、イベントの間口を広げていけたらと考えています」(中田さん)
第1回のテーマになった情報デザイン。そのために必要な情報の取捨選択。これを行う上で重要になるのが“エディトリアル(編集)思考”です。第3回は、ワークショップで広報・IR部のメンバーがハウス食品グループという企業をどう発信するかを4つのチームに分かれてディスカッションしました。
しかし、ただ会社のことを話すだけではエディトリアル思考になりません。出したお題は“ハウス食品の人格とは?”です。
「これまで会社を擬人化して考えたことがなかったので、とても刺激的なワークショップでした。広報・IR部ではさまざまな情報を発信していますが、どうやって発信すればより多くの人の記憶に残るのか。その着眼点が得られたと感じています」(中田さん)
ところで、今回のワークショップではなぜ会社を擬人化したのでしょう。その目的は発信する情報にストーリーをつくることにあります。インターネットの普及により情報が洪水のように溢れる現代社会において、人々の注目を集めるためには、“この情報は必要である”という理由や差別化が必要です。
ストーリーを持った情報を発信することで、それに触れた人には“共感”や“感動”などが生まれやすくなります。擬人化はストーリーを組み立てる上でのひとつの手段になるのです。
「エディトリアル思考のためのヒントをいただいたことで、社内報やニュースリリースをまとめる際のワードチョイスや文章のまとめ方などに変化が見えています。ワークショップがメンバーの思考のボトムアップになったのだと思います」(中田さん)
全4回におよぶ研修プログラム(Creative Camp)の最終テーマは“伝わるビジュアルコミュニケーションの思考とスキルを学ぶ”。
ビジュアルが伝える情報量は膨大で、ある研究によると人は文章よりイラストのほうが15倍早く理解できるという結果も出ているほど。しかしビジュアルで伝えるためには、発信側の意図が必要になります。
「広報・IR部では日常業務として撮影する機会が多くあります。社内報担当はカメラを持って取材に行きますし、メディア担当の私はコロナ禍の影響でオンラインでの取材が増え、メディアの方からイベントの風景画像や登壇者のポートレートを依頼されることが増えました。それに伴い、『どうすればもっと写真を通して私たちの想いを伝えられるか』がメンバー共通の課題となっていたのです」(中田さん)
情報はもちろん、伝え手の想いや受け手に感じてほしい世界観などをどのように表現すればコミュニケーションが円滑になるのか。そのためにはどんなテクニックを身につければいいか。ポートレート、建物撮影、製品撮影などの具体的な例から学びました。
ビジュアル表現のスタートとなるのは、コンセプト設計。何を目的にどういうテーマで写真を撮るか、そのビジュアルはどんな人が目にするのかを曖昧にしてしまうと、この写真はなんのために配置されているかが受け手に伝わりづらくなります。
「このワークショップで、多くのメンバーが抱えていた悩みが解決できたと思います。社内報担当は拠点の方に撮影を依頼することも多いのですが、その際にどうディレクションすればいいのか。それを考える上でも参考になっています」(中田さん)
今回のプログラムを通して、広報・IR部としての今後の課題が見えてきたと中田さんは話します。
「個々のメンバーが経験したこと、インプットした知識や技術を業務の場でどういう形でアウトプットするか。我々はそれを考えるフェーズにあると強く感じました。自分の業務に取り組むのはもちろん、意識やスキルを共有することで、組織として“DX時代のコミュニケーション力”を底上げできるのではないかと思います」(中田さん)
デザイン、オンラインコミュニケーション、エディトリアル思考、撮影…。これらはすべて相手の心を掴むアウトプットを考えるワークショップでした。
「デザイン、ビジュアル、コミュニケーションなど、自分の中でやっていきたいこと、変えていきたいと考えていたことがいくつかありました。そのためのエビデンスを獲得できたと感じています」(中田さん)
広報・IR部として社外の人たちに情報を発信することはもちろん、オンラインでのやり取りが増えた社内コミュニケーションでも、この経験が活用できる。ワークショップでの経験を社内に広げていくことに向け、動き出しているようです。
※この記事は、2021年12月1日にVISUAL SHIFTに掲載された記事を再掲載したものです。
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文:高橋 満(ブリッジマン)
撮影[top]:Westend61(EyeEm / amanaimages)
AD[top]:片柳 満(amana)
編集:桑原 勲(amana)
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