アーティストの作品から広告まで幅広いジャンルのプリントを請け負う「FLAT LABO」。今回、FALT LABOで作品をプリントをしたことがある写真家・川島小鳥さんと、プリンティングディレクター・小須田翔が対談。写真に欠かせないプリンティングディレクターの役割や必要性を探ります。
小須田翔(以下、小須田。敬称略):小鳥さんとは2015年に開催された「第40回木村伊兵衛写真賞 受賞作品展」の展示で、相談を受けたのが最初でしたね。
川島小鳥さん(以下、小鳥。敬称略):そうですね。あのときは展示の相談だったかな。
小須田:そうそう。小鳥さんから、ギャラリーの壁以外にも存在感のある展示をしたいと言われて、大きな長方形のパネルを作って6方向から見られるように展示したんですよね。
小鳥:懐かしい。それ以来、インクジェットプリントをするときは、ほぼ小須田さんにお願いしていますね。僕は普段フィルムで撮ることが多いから、プリントは銀塩プリント(※1)なんです。だから、インクジェットなら小須田さん、銀塩なら別のラボという風に使い分けています。
小須田:技術的な話ですけど、銀塩とインクジェットではプリントの見え方が全然違うから、使い分けるのはいいですね。ちなみに小鳥さん、プリンティングディレクターって知ってます? 一応、僕の肩書きなんですが……。
小鳥:特に意識したことなかったなぁ。あ、でも最初にお願いしたときに、僕の作品だったらこういう感じとか、色の調子や紙ならこんな素材が合うとか言ってくれたけど、そういうことですか?
小須田:まさにそう。普段、L版サイズやPCモニターなど小さな画面で見ている写真を大きな作品として展示をすると、色が浅くみえたり、作品のイメージも変わってくる。なので、撮った人の世界観が表現できるよう、プリントする素材やフレーム、色の調子を考えて、作品と作家のイメージに近づけて表現していく。それがプリンティングディレクターなんです。
小鳥:そういえば、ニューヨークの写真家でソール・ライター(※3)という人がいて、彼のドキュメンタリー映画をちょっと前に見たんです。その映画に、長年ソール・ライターのプリントを担当しているディレクターがいて、その人がソール・ライターの思いや作品の世界観、プリント方法など、すべてを理解してプリントを完璧に仕上げてくれるというエピソードがあったんです。そんな存在がプリンティングディレクターってことですよね。
小須田:ですね。作品の世界観や撮った人の意向を汲み取り、表現するにはどうするべきかを考えて作り上げているので、同じ立ち位置だと思います。
小鳥:プリントする人と感性が合うのって大切ですね。僕の写真って“川島小鳥っぽい”というイメージがある。だから、自分では少し違うことをしたくても、元々の“僕のイメージ”に引き戻されちゃうことがあるんですよね。でも、小須田さんと一緒に作ると、そこに心を砕かなくても感覚で分かってくれるところがあるかな。多分、センスなんだと思うのですが。
小須田:そう言っていただけると嬉しいですね。以前、小鳥さんから“ネガフィルムの残念な感じを残してほしい”というリクエストがあり、どう仕上げていくか模索したことがありました。そういう過去の経験ややり取りも、その作家の作品を作り上げていくヒントになっていますね。
※1 もともとはフィルムカメラで撮影したネガフィルムを現像するために生まれた方式。暗室もしくは写真店などで、写真プリント用の印画紙に光を当て、薬品に反応させて印画紙そのものを発色させるプリント方法。
※2 デジタルカメラで撮影した画像や、フィルムを画像データに処理したものをプリンター出力。インクを印刷紙などに吹き付ける方式。FLAT LABOはこのプリント方式で行なっている。
※3 ニューヨークを拠点に活躍した写真家。1940年代から絵画のように豊かな表現力でニューヨークを撮影した、カラー写真の先駆者。映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』はソール・ライターの晩年に密着したドキュメンタリー。
小須田:今日は写真データを持ってきてくれたんですよね? 実際にプリントしてみましょうか。
小鳥:はい、持ってきました。フィルムとデジタルで撮ったのを1枚ずつ。
小須田:フィルムの方は柔らかな陽射しが印象的。この写真は透け感が出せる素材が作品の世界観にマッチするかな。クリアなアクリルにプリントしてみましょうか。
小須田:アクリルにプリントする時は、裏面にカラーでプリントした後、さらに白インクをのせます。写真に透け感を出すなら、白はのせずにカラーの濃度を上げてプリントするんだけど、今日は色味を鮮明に出したいので、白いインクを使いますね。
小鳥:へ〜。背景に白が入ると、髪の毛のニュアンスとか細かい部分もプリントで繊細に表現されていて綺麗ですね。
小須田:次は、デジタルで撮った写真を鏡にプリントしましょう。コントラストが強いからカッコイイ雰囲気になると思いますよ。小鳥さん、写真の背景の黒い部分は鏡っぽさが出にくいから、全面よりも縁を入れた方がいいと思うんだけど。
小鳥:そうだなぁ。鏡に対して写真をちょっとズラすとか……。
小須田:それいいですね。少しズラしてみましょう。黒が多い写真だから、その印象を変えてみるために透明インクを入れたものと入れないものを作ってみます。
小鳥:いろいろ提案してくれるんですね。
小須田:鏡にそのままプリントすると黒が少し浅くなり、写真の白い網の部分から鏡が少し透けて立体的になりますね。もう1つは、先に白を引いてから写真をプリントします。鏡の質感は消えますが、写真がはっきり見えます。こちらはクリアインクを乗せてグロスっぽいツヤを出しましょう。
小鳥:本当、ツヤツヤ。さっきと雰囲気が全然違って面白い。
小鳥:普段、プリントするときには立ち会わないんだけど、その場でできあがっていくのを見ることができるのは楽しかった。どれも想像以上の仕上がりでした。
小須田:よかったです。今回プリントした3パターンの中でお気に入りはありますか?
小鳥:クリアでコーティングしてない鏡かな(写真真ん中)。写真の雰囲気とすごく合ってる。
小須田:雰囲気があって、立体的でいいですよね。ちなみに、今日使ったアクリルはクリアなタイプですが、アクリルといっても色んな種類があるんですよ。
小鳥:うわすごい。これ、テンション上がる。
小須田:カラーバリエ、すごいでしょ。アクリルはプリントする素材としてだけでなく、額に使うこともできるんですよ。
小鳥:へ〜、面白い。FLAT LABOではほかにはどんな素材にプリントできますか?
小須田:木や鉄板、真鍮板、布など、いろいろできます。
小鳥:実は7月に『飛びます』の巡回展をまた東京で開催するので、考えながら今日は話を聞いていました。
小須田:そうなんですね。何か展示のヒントになれば嬉しいです。またいつでも遊びに来てください。
写真家の作品への思いは、撮ったものを展示や写真集といった人が見られる形にして初めて伝わります。そこで大切になるのが、アーティストの作品を理解し、世界観を具現化してくれるアウトプットの専門家。それは、アーティストの作品に限りません。多くの人に企業の“思い”や“世界観”をプリントという手法を通して伝えるなら、小鳥さんが言っていたように、感覚や感性が合うプリンティングディレクターを探して、作り上げていくのがよいのかもしれません。
川島小鳥さん写真展情報
テキスト:木林奈緒子
撮影:猪飼ひより(アマナフォトグラフィ)