SXSW 2019で世界中に衝撃を与えた「SUSHI SINGULARITY」。“寿司をデータ化して転送する”という突飛なアイデアの実現に欠かせないのは、ビジュアルの力だと言います。発起人である電通のアートディレクター・榊良祐さんに伺いました。
「SUSHI SINGULARITY(寿司シンギュラリティ)」とは、あらゆる食をデジタル化し、世界中にシェアできる“食のオープンプラットフォーム”を目指す「OPEN MEALS」プロジェクトの第6弾として発表されたもの。寿司がデジタル化されインターネットにつながることで、オンライン上で製作・編集・共有され、バイタルや遺伝子などのデータを元にハイパー・パーソナライズが可能になります。
SXSW2019で発表された「SUSHI SINGULARITY」は、いまや世界を巻き込むプロジェクトに発展。発起人である電通のアートディレクター・榊さんの素朴な思いつきから端を発しました。
――「寿司をデータ化して転送する」とは、かなり大胆なアイデアですが、どのようにして生まれたのでしょうか。
榊良祐さん(以下、榊。敬称略):私はアートディレクターなので、普段はIllustratorやPhotoshopなどを使ってCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4成分によって色を表す表現法)でグラフィックデザインをしています。作ったデザインは、入稿データにしてメールで送れば世界中の印刷所でプリントできるのですが、あるとき、ふと気づいたんです。「このインクを他のものに代替することができるんじゃないか」って。
――他のもの、ですか。
榊:そこで、CMYKに替わる「SSSB(ソルティ・スイート・サワー・ビター)」という“食の四原色”という概念を思いついたんです。試しに、自前で購入したフードプリンターのカートリッジに醤油などの調味料を入れて、大豆やコーンスターチの紙にプリントしてみました。すると、ちゃんと印刷できるし味がついている。これはいけるぞ、と思って、同じように料理をデータ化している研究者はいないか、と調べるようになりました。
似たような研究をしている教授に会ったり、さまざまな分野の研究者に話を聞いていくうちに、「印刷した紙を重ねていけば、立体的な料理ができるのではないか」と思い立ち、3Dプリンターの可能性を感じ始めました。その頃、3Dプリンターで出力するやわらかいジェルの研究をしている山形大学の古川英光教授を知り、会いに行って。先生はとても面白がってくれて、ぜひ一緒にやろう、ということで手を組みました。
――そこから、「OPEN MEALS」第1弾の「DIGITAL ODEN」の大根につながっていくんですね。
榊:そうですね。あれはデータ転送というよりは、既存の食品をどれだけジェル素材で再現できるか、という点での試作ですが、味、形状、食感や栄養素などを計測してデータ化し、3Dプリンターで作った型に流し込んで成形しました。実際に作ったデジタル大根は、本物にかなり近いところまで味や食感を再現できたと思います。
――おでんの次は、なぜ寿司だったのでしょう?
榊:それはもう、SXSW2018に出展しようと思っていたからに他なりません。世界進出するには、キャッチーさが必要。おでんだと、海外の人に向けて料理の説明からしないといけませんが、今や世界言語となった寿司であれば、言葉で説明せずともそれが何であるかわかります。
――確かに寿司の方がポップですね。でも、おでんに比べて実現性の難易度がぐっと上がりそうです。
榊:誤解を恐れずに言うと、実現性は一旦無視しているんです。というのも、SXSWの出展の最大の目的は仲間集め。プロジェクトの知名度を上げ、技術面で不足している部分を補ってくれる企業や人を集める、それがミッションと考えました。そのためにもインパクトを重視して寿司を選んだんです。
榊:「OPEN MEALS」というプロジェクトがやろうとしているのは、ビジュアライズによって前例のない未来を作ることです。今までなかったような新しい未来を作り出すとき、従来は企業が一社だけで秘密裏に研究開発を繰り返し、少しずつ精度を高めてローンチする、というのが一般的なやり方でした。ですが、我々が考えているのは、そういった工程を一度すっ飛ばし、アイデアを飛躍的に発展させ、未来構想を考えることです。それをビジョン・オリエンテッドメソッドと呼んでいます。
――実現性を一旦無視しているからこそ、今までの発想とはかけ離れたアイデアが生まれる、と。では、そのアイデアからどのようにして実現に向けて動くのでしょうか。
榊:そこで生かされるのがビジュアルです。私は、“ビジュアライズは世界最強の言語で羅針盤である”、と常々考えています。ビジュアルは非言語のコミュニケーションを実現できる。国と国の壁だけではなく、産業のもつ独自の言語の壁も取り除きます。
榊:たとえば、料理人や材料の研究者、3Dプリンターのエンジニア、システムエンジニアなどさまざまな分野の人たちと打ち合わせをするとき、普段使っている専門用語などが異なるので、ただ言葉だけで話していても深く理解するのは難しい。
そこで、まず私がラフを作り、なるべくリアリティを重視したビジュアライズを心がけます。すると、たとえばエンジニアが「プリンターのここは、この構造だと成型できないよ」とハード面から指摘をくれたり、料理人や研究者が「原材料の保存の観点からはこうした方がいいんじゃないか」と意見をくれて、議論が盛り上がる。その土台になるのがビジュアルです。
――まさに百聞は一見にしかずですね。
榊:ビジュアライズすることで議論が進むだけではなく、その工程の中で自分たちが考えないといけないことが浮き彫りになり、深い思考をすることができます。フォトビジュアルに再現しようとすると、妥協の余地がなくなるんですよね。
――「OPEN MEALS」はまさにビジュアライズのもつ力を最大限に使って新たな未来を創造しようとしているんですね。
榊:そうですね。そもそも「データ食産業」なんていう存在しない産業を作り出そうとしているわけですから、ビジュアルの力はより肝要だと思っています。今までにない市場を、ただひとりで作ろうとしても難しい。違う言語をもったさまざまな産業の専門家を巻き込んでこそ、作ることができるのだと思います。
インターネットによってあらゆるものがコネクトされ複雑化した現代、ビジュアライズは、いくつもの産業と共に新たなプロダクトを作り出していくために必要なプロセスなんです。
そして、欲望を可視化することで、情報にあふれて何かほしいものかわからない消費者が「データ食産業」に興味をもつことができます。
――欲望を可視化することは、新たな需要を生み出すうえでも重要なのですね。
榊:人間は、実際に目にしないと、自分の欲望に気づきもしません。「寿司をデータ化して転送する」とだけ言っても理解し難いですが、映像を見て「こんな食感のものが食べられるんだ」、「自分の健康に合わせて栄養素を配合してくれるんだ」とわかると、一気に自分の欲望が刺激され、ほしいと感じる。
――それを広告代理店で実現しようとしている点も面白いです。
榊:そうですね。今の広告業界では、コピーライターやアートディレクター、デジタルクリエイターなどが集まって、新たなブランド体験を生み出すことが世界的なトレンドですが、「OPEN MEALS」では、ビジュアライズすることで欲望を可視化し、集まって来る人たちと新たな未来の産業を作っています。これを私は「クリエイティブ・ディレクション3.0」と呼んでいます。そして、これこそがこれからのクリエイターの仕事であるのかもしれません。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
榊:2020年を目標に、未来体験型レストラン「SUSHI SINGURALITY」の開店を構想していて、さまざまな組織や研究者と連携して企画を進めています。もう少し時間はかかりそうですが、「フランチャイズで出したい」とか、「うちの技術を使ってくれ」とか、まさに世界中から連絡が来ているので、そうやって面白がってくれる人たちと手を組み、新たな産業を共創していきたいですね。
テキスト:園田菜々 撮影:広光(UN)