可視化を通して、思いまでもが「正しく伝わる」コミュニケーションを実現する。プロデューサー・呉敬仁:Creators for Society⑤

Interview with science producer.

アマナには200人を超えるクリエイターが在籍しています。プランナー、フォトグラファー、ビデオグラファー、エディター、CGクリエイターなどさまざまな領域を担い、日々の仕事の中で企業や社会の課題に対してそのクリエイティビティを生かし、解決の道を模索しているのです。この連載では、アマナのクリエイターが1人ずつ登場。社会課題を解決するためにどのように動き、何を発信しようとしているのか、そのプロセスと思いを紹介します。

第5回に登場するのは、プロデューサーの呉敬仁(以下、呉)です。現在、社内ユニット「Hydroid(ハイドロイド)」でプロデューサーを務めています。今回、注目するのは、同ユニットが実現する「可視化」によるコミュニケーション。可視化の必要性や、「見えるようにすること」を通して実現されるコミュケーションのあり方などから、呉の「可視化」に取り組む思いを聞きました。

Interviews with science producers.
呉敬仁|Keijin Go
株式会社アマナ/プロデューサー。出版社、広告代理店を経てアマナに入社し、製薬メーカー、医療機器メーカー、素材メーカーなどサイエンス系の案件を数多く担当。「見えないものを可視化する」クリエーティブユニットhydroid Unitに所属。薬機法やプロモーションコードの作法に気を配りながら、ビジュアル表現の幅を広げてブランドの魅力が引き出す提案を心掛けている。

“可視化”は正確な理解を助ける

──Hydroidはどのようなユニットですか?

呉:専門外の人には理解できない技術や難解なコンセプトなど、いわゆる各企業のコアコンピタンス(強み)や伝えにくい知識を読み解いて、ビジュアルを用いて伝わるように表現をするという制作ユニットです。Hydroidでは「サイエンスで見えないものを可視化する」というテーマを掲げていて、たとえばメーカー系企業など、自社技術に特別な競争力があるけれど、それをわかりやすく伝えるにはどうしたらいいか?と考えている企業様がメインクライアントとなっています。

──難解な技術やコンセプト、伝えにくい知識は、なぜ可視化されないといけないのでしょうか?

呉:たとえばウイルスのようにものすごく小さいミクロの世界で起きているものや逆に宇宙などのマクロの世界の事象、また皮膚の内部の仕組みなど生き物の内部や機械の中で起こっていることなどは、「こういう姿形ですよ」と目で判断ができないと、存在そのものがわからないし理解しづらいですよね。言葉を読み取って想像したとしても、それは本当に正確な姿なのでしょうか? そこで、見えないものを可視化、つまりをビジュアル化して、正しく伝えること、正確に理解してもらえることを助ける必要があると考えています。

Examples of concept visualisation.
コンセプトを可視化した例。化粧品の基礎研究をCGで表現しました。

Visualising what the naked eye cannot see.
肉眼で見えないものを可視化した例。医療機器の繊維部分をアップにした電子顕微鏡画像。

コミュニケーションの手法として可視化を実現する

──可視化という作業の中で、「プロデューサー」はどのような役割を担っているのでしょうか?

呉:Hydroidのプロジェクト内にはの「サイエンスディレクター」という役割があります。彼らは、科学の分野においてクライアントの意図や表現の目的を汲み取って、届ける先の人々が理解できるようにする、いわば「翻訳家」です。企業の研究開発をされている方は、いわゆる「発明家」でもあります。発明家は、自身が実現したいこと、発明の対象について没頭するあまり、対象を説明するのに門外漢の他者に対しても自分が理解している専門分野の用語や表現を使ってしまうことが多々あります。ですが、一般の人にはそれが伝わらない。だから「翻訳」が必要なんですね。そのサイエンスディレクターが力を発揮できるように場を作る、環境を整えるのがプロデューサーである私の役割です。

一方で、最終的なアウトプットに仕上げるフォトグラファーやCGクリエーターは「画家」に相当します。翻訳家がちゃんと機能しないと、画家達は発明家の意図する見せ所や伝え所を理解してどのような表現をすればいいか考えることができません。プロジェクト開始時点では、まだゴールが明確でないことが多いもの。発明家の説明を適切に翻訳し、画家が適切な創造性を発揮できるための翻訳家が存在することで、双方が正しく理解し合えるようなコミュニケーションの場や環境を整えることができ、最終的にクライアントが届けたいものが受け取り手に正しく届くようになります。

Interview with science producer.

──発明家にとって、翻訳は不要だと思っている人はいませんか?

呉:発明家、つまり開発を担当されている方々の説明は正確性を重視するあまりに、その説明に必要なことをすべて盛り込んだ資料、難解で複雑な長文の資料となることが多いのです。もちろんそれはある場面では必要なことなのですが、ではその資料を使っていったい誰に届けたいのですかと考えると、届けられる側との距離が生まれてしまいます。どんなに素晴らしい技術であっても、社内で事業化するにあたって社内プレゼンを行う必要があれば、当然、知識レベルの濃淡がある人々へ同じように理解してもらう必要があります。

研究開発担当の方は、翻訳が不要だとは決して考えてはいません。むしろ、自身の説明でちゃんと理解してもらえるのかな、と心配しているのではないでしょうか。でも、それに代わる説明方法がわからない。だからまずはサイエンスディレクターを聴き手として用意して、翻訳によって届け先とのコミュニケーションがより正確に適切になることをお見せする必要があると考えています。

可視化すること、翻訳することが目的なのではなく、その結果、「届けるべき人が、正しく理解できる」コミュニケーションを実現することが、Hydroidの目指すところですし、クライアントも含めてプロジェクトメンバーが、ちゃんとゴールに向くことができる環境を整えることがプロデューサーの仕事です。

専門家集団だけではコミュニケーション手法に行き詰まる

──場や環境を整えるのにどのような課題があるのでしょうか。

呉:表現としての最適解と、ビジネスとしてのバランスをどう取るか、ですね。可視化による課題解決といっても、どうしてもビジネスの枠組みの中で動くことが前提になりますから。たとえば、最初にクライアントの担当者が具体的なイメージを持っている、もしくはお話を伺った結果、CGクリエイターが今回のテーマを表現するのは3DCGかな、と考えたとする。けれども、イメージをそのまま具現化したり、3DCGですべてを表現しようとすると、スケジュールや予算が足りない、ということがしばしばあります。これが正解だという表現を見つけてしまうと、その発想から抜け出すことがなかなか難しいものですが、メンバーにはその「正解」から抜け出し「最適解」を出すことを求めなくてはいけないことがあります。そのような時は、私からもさまざまなアイデアを出しながらバランスが取れる着地点を見つける必要があります。

また製薬業界や化粧品業界などは、薬機法の制約があり、他社製品との比較や効果の保証など自由勝手な表現ができず、プロモーションコードがとても厳しい。画像1枚ずつ、動画1シーンごとに「裏付けがあるか」を問われるので、そうなると最初から無難な表現を目指してしまいます。そのような時でも、法定の範囲で可能な限り新しい表現を模索することも、場を作るという意味では重要ではないかと考えています。

──具体的にはどのようなことをされるのでしょう。

呉:さまざまなアイデアを提示することに尽きるのですが、そこはHydroidという可視化の専門家集団がアマナという会社の一部であることが非常に助かっていて、一見まったく関係ない事例、たとえば広告やアートなどの表現に触れることからインスピレーションやアイデアを得ることが多いんです。データをそのまま図案化するのだけではなく、「可視化すべきコア」の周辺の表現や演出を提案できるというのは、Hydroidがアマナというビジュアルコミュニケーションの多様な表現を持っている会社の中のユニットであることの大きな強みになっていると思います。また、「可視化」だけに止まらず、アマナのプランナーに全体の演出を相談できる、プランニングできる、それによって、クライアントが「なぜ可視化する必要があるのか」「可視化して伝えたいのか」という思いを汲むことができると考えています。

「正確に伝える」というだけであれば、「正しい可視化」という技術があればよいのかもしれません。ですがそれだけだとどうしても厳しい制約がある時に行き詰まる。届ける側の思いがあり、「受け取り手」にも受け取る環境・背景があります。その点をきちんと意識して届け方を考え提案するには可視化の専門家集団だけでは難しく、専門家以外のクリエイターがいる環境だからこそ可能になっているのではないでしょうか。

Interview with science producer.

──受け取り手側の変化は感じますか?

呉:コロナ禍によって、「直接会ってのコミュニケーション」が難しくなったというのが大きな変化ではないでしょうか。Webで一度に多くの方への説明を行うという形に変わった結果、伝えるためのストーリーが画一化されやすくなったという点はデメリットに感じています。先ほども述べた「受け取る側の思い」と同様に、「伝える側の思い」というのもあって、その2つが組み合わさることでコミュニケーションが成立するはずなのに、「多くの人に伝える」形式になったがために一方通行になりがちだと感じています。コロナ禍が落ち着くことで、フィジカルなコミュニケーションがある程度は復活してきていますが、デジタル上で多くのユーザーに伝える形がなくなるわけではありません。なので、今後は「どのように伝えるか」の手法がますます多様になるのではないでしょうか。

──その中で今後は何を意識していこうと考えていますか。

呉:伝え方が多様化しても、伝えねばならないコアを、伝える側と受け取る側の思いを理解した上で正しく伝える、という本質は変わらないと思います。「企業・担当者の課題を、正しく理解できるようにどう“可視化”していくか」というところはブレることなく、さまざまな表現手法を模索していきたいと考えています。

取材・文:秋山龍(合同会社ありおり)
編集:大橋智子(アマナ)
撮影:西浦乃亜(アマナ)
AD:中村圭佑
撮影協力:海岸スタジオ

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