現代アートの中でも特に写真から学ぶことは多いと、編集者の太田睦子さんは言います。企業とアートのかかわり方も注目され始めている今、メディアが果たす役割とは--。
さまざまなアプローチで日常的にアートフォトと親しむ提案をするIMAプロジェクトにおいて、ブランドの象徴であるメディアとしての雑誌『IMA』のエディトリアルディレクターを務める太田睦子に、2017年11月にオープンしたIMA galleryで話を聞きました。
ビジュアルシフト編集部(以下、編集部):アートフォト雑誌『IMA』の創刊から6年が経ちました。アートを提案していく環境は変わりましたか。
太田睦子(以下、太田。敬称略):アート写真の雑誌メディアとしてスタートし、ウェブとイベントは想定内ではありましたが、あっという間に発展して、コンセプトストア、ワークショップ、企業とのコラボレーションなど、多角的にアート写真のマーケットに関わることになりました。
IMAプロジェクトの大きなミッションは、「LIVING WITH PHOTOGRAPHY」。写真ファンを増やし、日本の写真家が国内外で活躍できる場を増やすことなので、展覧会の開催は必然ではあったのですが、数珠繋ぎのように活動がみるみる発展していったという感じですね。いまは自分たちのやるべきことが整理され、第2ステージに入ったところです。
編集部:そのタイミングで新しいIMA galleryがオープンしましたね。
太田:2014年に六本木にオープンしたギャラリーの延長線上ではあるのですが、天王洲がアートエリアとして発展し、情報の発信地となっていることから、ギャラリーをこちらに移しました。
編集部:アートフォトに親しむ人は増えてきているのでしょうか。
太田:日本では、アート自体に興味のある方は多いのですが、美術館やギャラリーには「あの有名な作品はこれか」と確認しに行くことも多いように思います。フェルメールや若冲の展覧会に3時間待ちの行列ができるのも、その証拠ではないでしょうか。でも、欧米では真逆の反応で、私たちが日本人若手写真家の展覧会をすると、無名の作家にもかかわらず「面白そう」だと言って、たくさんの方が来場し、反応してくださるんですね。すでに評価の定まったものより、まだ見たことがない新しい表現を見てみたいという欲求を持っている人がとても多いと感じます。
先日も、IMAギャラリーの所属作家である石橋英之さんが通う学校の展覧会のために、ル・フレノワというベルギー国境近くのフランスの田舎町にあるアートスクールに行って来たのですが、学生の展示に、近所の老夫婦とか赤ちゃん連れのママが来ているんですよ。日本でも少しずつでではありますが現代アートが身近になってきてますし、そうなってほしいと思います。
編集部:現代アートと、どう付き合えばいいのかわからないという人も多そうですが。
太田:現代アートは、世界を覗き見せてくれるスコープのようなものだと思うんです。特に写真には被写体があります。同時代の作家は、私たちと同じものを見ているわけで、作家がその時代を生きながらリアルに考えていることや経験、問題意識や感情が表現されています。彼らの表現を通じて感じることは、新聞を読んだり、テレビを見たり、小説を読んだりするのと同じように私たちを取り巻く世界を知ること。歴史を窺い知ることができたり、自らの無知と向かい合えたり、新しい考え方や価値観を取り入れたりすることができます。まだ見えぬ未来を見せてくれることもある。アート写真はとてつもなく面白いので、もっと触れていただきたいんです。
絵画でも音楽でも、アーティストという人たちはさまざまなテーマを扱いますが、写真家は写真というメディアの特性を最大限に生かして、彼らのアイデアを表現しているんです。ノンバーバル(非言語)のメディアだから、言語の壁を越えて誰でもが理解できる点は大きなアドバンテージですよね。
編集部:アートフォトを世の中に打ち出していく際、編集者はどのような役割を担いますか。
太田:編集者のすることはほとんどありません。アーティストが自分達で完成させたものを世に紹介する役割にすぎませんから。しいていえば、2次元のキュレーター。その意味では、『IMA』は毎号テーマを決めて発信しているので、1つのグループ展を作っているようなものかもしれません。
アート写真の世界は敷居が高く、閉じられた感じがしますか? でも社会のあらゆる事柄と繋がっています。たとえば、歴史、政治、経済、文化や社会問題と密接な関係性があり、ファッションや映画、音楽とも親しい関係にあります。『IMA』では、写真単体を語らず、他の領域から切り離されない見方をすることをいちばん大事にしています。
もう1つ、作家がどういうコンセプトで、何を写しているのかをわかりやすい言葉で伝えることが、写真を知っていただくための私たちの役割だと思っています。それを美術の評論家や写真の専門家だけでなく、映画監督、小説家、心理学者など、ジャンルの異なる人達の言葉を通して語っていただくことで、よりわかりやすい視点が与えられ、写真を身近に感じられたら、見る人と無関係な世界の話にならないのでは、と。他のジャンルと掛け合わせていくことが大切だと思っています。
編集部:課題として感じていることはありますか。
太田:日本人はアートには並々ならぬ関心はあると思うのですが、まだ日常生活に現代アートがうまくブリッジできていないだけなのではと感じています。現代アートは難解だとか、身近に置きたいと思われないのは、ギャラリーや私たちメディアがまだまだ魅力を伝えられていない、送り出す側の問題もあると感じています。
AI時代に人間のすべきことが変わっていくと言われている中で、アートの重要性はますます大きくなっていくということは、誰もが実感として感じているのではないでしょうか。著作家でコンサルタントでもある山口周さん(※)は、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』という著書の中で、ビジネスのシーンではサイエンス(理性や数値)だけでなく、アート(感性や美)がますます重要になるとおっしゃっています。美意識を鍛えることは判断力を持つことと同義だというのです。都市生活をするようになってから、人間にはアートが必要になった。なぜなら人が自然の中で暮らしていたときには、さまざまに予測不可能な刺激があったけれど、都市はそれを排除していく場所だから、という話を聞いたこともあります。日常の中でアートのある生活はますます求められるようになると思います。
※11月24日(金)開催「AI時代を生き抜くアート的思考」セミナーに登壇。
編集部:企業とのコラボレーションが増えてきているということですが、どういった背景で関心が高まっているのでしょうか。
太田:『IMA』をスタートした6年前には、アートとのコラボレーションに慣れている欧米のブランドは理解がありましたが、多くの企業では、アートの話をしても「うちには関係ない」とか「やりたくても売り上げと結びつかないので」と、なかなかとりあってもらえませんでした。
しかし、売り上げとは関係のないところで、いま、企業には社会的責任としてさまざまなミッションが課せられています。CSR先進国では、安全性や環境への配慮だけではなく、市民が文化的に豊かな生活が送れる環境を作ることも企業のミッションの1つに掲げている企業が数多くあります。経済的に豊かで安全が保障されていることと同じぐらい、人間の生活に芸術文化は欠かせないものだと考えられているのです。
生活者からも企業の姿勢が問われていて、どういう企業から物を買うかという理由が、商品が安ければいい、早く届くからいいといったことではなく、もっと価値観がシビアになっていくはずです。文化的な活動に取り組んでいることが、環境問題にどう取り組んでいるかと同じように、企業にとって重要なファクターになっていくのではないでしょうか。
編集部:広告やマーケティングにも活用されるようになりましたね。
太田:企業が自ら伝えたいことをメッセージしても、手前味噌になってしまいますが、それを他者の表現を借りて、伝えることで説得力を増すこともあるでしょう。しかも、それがビジュアルならインパクトも強い。お客様に対するラブレターの書き方として、自社のイメージやフィロソフィーにフィットするアーティストと一緒に表現することは、非常にスマートだと思います。コマーシャルにタレントを起用して消費者とのブリッジを作るのと同じように、企業の気持ちをアートに託して代弁してもらうことをすでに上手に発信している会社もあります。
編集部:現場の担当者が企業活動にアートフォトを活かしていくにはどうしたらいいでしょうか。『IMA』編集部がディレクションした事例から指南していただけますか。
太田:昨年、MIKIMOTOのハイジュエリーのカタログを作らせていただきましたが、3人の写真家の表現の中にジュエリーを忍びこませました。「私って、こんなに素敵な人なんです」と自分で言うよりも、「誰々さんて、すごく魅力的な人なのよ」と他人に言ってもらうほうが説得力があるように、アーティストに魅力を引き出してもらうというプロセスを踏むことで、ジュエリーの価値を伝えることができました。
LIXILは、アートフォトではありませんが、ビジュアルの力で外国の方に日本文化をわかりやすく伝えられた好例かと思います。マーケットが拡大している欧米で、同社を紹介するブランドブックを制作するうえで、部門のトップからコーヒーテーブルブックのようにビジュアルで理解してもらえるものにと要望がありました。そこで、資料写真を駆使しながら日本の風土や文化、環境、生活の歴史に、いかにLIXILのプロダクトが貢献してきたかが一目で理解できる一冊のビジュアルブックに仕上げました。さらに、企業活動が視覚だけでなく五感を通して伝わるように、私達がこれまで写真集を作ってきたノウハウを生かして、同社の主力ビジネスの1つでもあるタイルをプリントした表紙に、リアルな手触りが感じられるような凹凸の型押しを施した装丁にしました。
アートの重要性に気が付いている企業のトップも多いですし、現場の若い人達は柔軟な感覚でアートに興味を持ってくださるのですが、現場でいわゆる決定権を持つ方が、なかなか勇気が出ないケースが多いように思います。なぜなら、アートによる効果を数値化できないからだろうと思います。でも、まもなく数値化できることは人がやらなくてもいい時代になるし、もっと違う尺度でものごとを判断できないと、みんなが同じアウトプットになってしまう。企業にとっての価値は、必ずしも売上だけが指標ではなく、美しさや驚きなど、有形無形さまざまな基準があってしかるべきだと思います。企業イメージの向上やブランディング、コミュニケーション、CSR(社会的責任)としても、アートと関わることは欠かせなくなるのではないでしょうか。
編集部:アートフォトの普及に向けて、今後どのように情報発信をしていくのですか。
太田:海外では日本のアート写真は高く評価されているのに、それがきちんと伝わっていないのは私達、メディアの責任でもあります。海外に対する発信も足りていません。その意味でも、パナソニックとの「LUMIX MEETS BEYOND2020」のような取り組みは、私達にとってすごく大きな意義のある活動で、毎年、パリとアムステルダム、そして東京の3都市で若手の日本人写真家6人による展覧会をすることができています。そういう地道な活動をしながら、アカデミックな世界でも日本人の写真が理解され、価値が高まるような発信をしていけるプラットフォームづくりが必要だと考えていて、2018年はそれに着手したいと思っています。
日本でアート写真を取り巻く環境がよくなれば、創作活動だけで食べていける写真家も増え、活躍する人ももっと増えます。2017年に藤原聡志さんという、ベルリン在住でIMA galleryに所属している作家がプラダ財団の運営するミラノの「Osservatorio」というアート施設で個展を開催したのですが、そこまで繋がったのは『IMA』が写真集を発行してくれたことが大きかった、と言ってくれました。メディアとしては常に国内外に発信していくことが原点なので、まだまだやらなきゃいけないことが山積みです。
IMA gallery |cafeにて
プロフィール
株式会社アマナ IMA Div エディトリアルディレクター
早稲田大学第一文学部卒業後、91年サントリーに入社。雑誌『マリ・クレール』編集部を経て、『エスクァイア』『GQ』などで特集を中心に、旅、食、文学、アート、写真などのジャンルを担当。その後、フリーランスの編集者となり、さまざまな雑誌やアートプロジェクト、単行本、美術館のカタログ制作などに携わる。2012年よりアート写真雑誌『IMA』のエディトリアルディレクターを務め、現在、IMA galleryの運営や、IMA photobooksのレーベルで写真集を刊行している。
amana EDITORIAL
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アマナでは、“写真をゆっくり読む雑誌”をコンセプトとした季刊誌「IMA」を刊行。さらに、オンラインメディアとして、家族(Family)のあたらしい明日(Asu)をつくっていく「Fasu」、自然科学分野に特化した「NATURE & SCIENCE」を保有し、それぞれに専門性を持ったエディトリアルの制作チームが、編集制作に携わっています。