説得力のあるクリエイティブを作るために。「価値観クリエイティブコンソーシアム」が始動

消費者のニーズやライフスタイルがますます多様化する昨今、ターゲットに合わせたクリエイティブが作りづらくなっていると感じるクリエイターは多いのではないでしょうか。求められる層を想定して作ったつもりが、実際はあまり反応がなく、がっくりと肩を落とす——クリエイターがそんな苦い経験をするケースも増えてきているかもしれません。

そうした事態を解消するべく、2017年6月に誕生したのが「価値観クリエイティブコンソーシアム」(現在は「価値観・HIコンソーシアム」に名称変更)です。同コンソーシアムで用いるのは“価値観”という指標。“価値観”を軸に日本人を12のタイプに分類し、それを共通の基準としてそれぞれの価値観に合致するクリエイティブ制作を目指していくといいます。参画企業のうち3社の代表者に、同コンソーシアムの目的や目指す未来についてお話を伺いました。

価値観を軸にすれば、クリエイティブの可能性が広がる

ビジュアルシフト編集部(以下、編集部):「価値観クリエイティブコンソーシアム(以下、コンソーシアム)」は、どのような組織なのでしょうか。

田代正雄さん(以下、田代。敬称略): AOI TYO Holdings、アマナ、シナジーマーケティング、DIC(旧社名:大日本インキ化学工業)の4社が、各社の持てる技術やノウハウ、クリエイティブリソースなどを蓄積・共有しながら、価値観を根拠としたクリエイティブの在り様を探る組織として誕生しました。現在、各社が連携して、価値観とクリエイティブの関係を明らかにしようとしています。

編集部:シナジーマーケティングでは、もともと価値観に関する研究をされていたんですよね。

田代: はい。2008年に価値観を定量化するモデルの研究開発を開始し、2011年からサービスとしてお客様に提供しています。さまざまなビッグデータを統計解析し研究を重ねた結果、日本人の行動要因を12の「価値観パターン」に分類した独自の枠組みを「Societas(ソシエタス)」と名付け、体系化しています。

編集部:「Societas」は、どのようなところで用いられているのでしょうか?

田代:元来、当社ではCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)に関わるシステムをクラウドで提供しており、現在3,000以上のお客様に利用していただいています。「Societas」は当社のお客様である企業と消費者の関係性強化のために活用してきました。

編集部:なぜ価値観とクリエイティブを結び付けることになったのでしょうか?

田代:当社ではシステムの提供だけでなく、企業と消費者のコミュニケーションを総合的にご支援することもあるのですが、ターゲットによって響く画像やCMのストーリー、色合いなどがまったく異なっており、クリエイティブの難しさを痛感しています。企業と消費者の間のコミュニケーションをより最適なものにするには、価値観を把握するだけでは十分ではなく、懸け橋となるクリエイティブが非常に重要な役割を担っているのは明らかです。そこで、価値観に合わせたクリエイティブを作るべく、自社以外の企業の力も借りて、コンソーシアムとしてともに情報を共有していくことにしました。「Societas」はコンソーシアムの中核技術に位置付けています。

編集部:ちなみに「Societas」では人の価値観をどのように測るのでしょうか?

田代: 8つの質問項目からなるアンケートを通して12のタイプを判定しています。基本的にはWebで回答してもらうのですが、全員が回答してくれるわけではありません。そこで「Societas」では、回答者の行動データを基に未回答者のタイプを推定できるようになっています。

クリエイティブ系の企業が賛同したワケ

編集部:CMストーリーテリングノウハウを提供するAOI TYO Holdingsはコンソーシアムの主要参画企業の一つです。その中で岸本さんは新しい広告手法を模索する役割を担っているそうですね。

岸本高由さん(以下、岸本。敬称略):広告とはいわば企業・ブランドのメッセージを人に伝える仕事です。どうやって人に伝えるかを生み出していくのは、マーケティングなどのデータはあるにしても、最終的にはクリエイターの経験や感性といった“暗黙知”に頼っているところがあります。私はAOI TYO Holdingsの中でも研究開発部門に所属しており、この暗黙知の可視化や体系化に取り組むことで、いっそう人に届くコンテンツを作る方法を考えてきました。

編集部:たとえば、どのようなものを作られたのですか? 

岸本:過去の広告映像を700本くらい見て、ストーリーやテーマごとに「挑戦」「理解」といったタグを付けていくことで、どういう内容のCMが、どういう“読後感”を作り出していくかを調べる「クリエイティブ・ゲノム」プロジェクトなどを進めています。

編集部:コンソーシアムに参画したのはなぜですか?

岸本:広告を作る場合、「20代女性」といったような形でターゲットを分けていきますが、価値観によって分けていけば、以前の属性を超えた反応を浮き彫りにできると考えました。クリエイター側の暗黙知を可視化しようとしている私たちと、ユーザー側を可視化しようとしている田代さんたちが協力関係を結べば、大きなメリットがあるはずです。

編集部:アマナはなぜ参画したのでしょうか?

新居祐介(以下、新居):私は現在、ストックフォトでは日本最大手に位置付けられるアマナイメージズの代表を兼任しています。2500万点以上の画像を提供しているのですが、利用してくれているクリエイターたちは、基本的には自身の主観や感性で画像を選んでいます。その選択の裏付けをすることで、プロ以外の人たちにも画像を選びやすくするサービスを作りたいと考えていたことから、価値観という切り口に着目しました。

編集部:ストックフォトといえば主にプロのクリエイターが利用するサービスだと思っていました。今はプロ以外の利用も増えているんですか?

新居:近年、企業に所属する人たちが自分でオウンドメディアのWebサイトを更新したり、SNSで発信したりという形でクリエイティブに直接携わるケースが増えています。メディアに合った写真を選んでと言われても、写真やデザインに関する知見がないと、何を選んだらいいのかがわからなくなってしまうという問題を解消したいと思っていました。

編集部:既存の検索ツールなどでは対応できないのでしょうか?

新居:画像をチョイスする際の支援をするべく、感性を軸にビジュアルを選ぶツールを用意しています。ただ、ある程度クリエイティブに精通している人ならば使いこなせるものの、そうではない一般の方には難しいところがあるんです。価値観を軸にすれば、より精度の高い選択ができるのではないかと考えました。

価値観がクリエイティブに新たな刺激を与える

編集部:コンソーシアム内での具体的な取り組みはこれからスタートしますが、シナジーマーケティングが行っている「Societas」での事例が参考になりそうですね。

田代:そうですね。たとえば、あるメーカーのメール会員施策では、「Societas」を活用し価値観に合わせて文面を変えたメルマガを送るという取り組みを行っています。先日はアマナイメージズさんとの連携で、価値観によって画像を変えるという試みに挑戦。一定の効果を得ることができました。

新居:アマナでは研究用に大量の画像を提供しています。

岸本:インターネット時代では、作り手にとって、受け手の顔がいっそう見えにくくなっている面があります。価値観をもとにすれば、Webなどの向こう側にいるお客様の顔色を浮き彫りにすることが可能。コンソーシアムには、作り手と受け手を近づけるベースとしても期待を寄せています。

編集部:岸本さんは今後、コンソーシアムを通して実証実験を進めていかれるそうですね。

岸本:特に映像コンテンツにおいてですが、“人が感動する”という部分を掘り下げていくと、その理由はものすごく深いんです。同じCMを見た後であっても、遠くの両親に連絡を取りたいとか、夕日を見てみたいとか、人によって読後感は変わってくる。そうした人によって異なる読後感は、どういうストーリーで構成されていて、どういう価値観がもとにあるのか。ストーリーと価値観の相関関係を浮き彫りにしていきたいと思っています。

編集部:アマナではどのようなことをコンソーシアムで実現したいとお考えですか?

新居:画像を探すときに誰もが使えるツールを作るというのを一つの方向性として掲げています。既にアマナイメージズ内では人物や季節といった名詞的キーワードで画像をタグ付けしているのですが、価値観をベースにしていけば、人によって意見が分かれる「美しい」「穏やか」「ほっこり」といった形容詞的キーワードを通して検索することもできるようになるのではないでしょうか。きっとコンセプトに合わせた画像などが見つけやすくなるはずです。

岸本:画像という切り口だといろいろと可能性が広がりそうですね。全く今まで想像もつかなったところに相関関係が見つかるかもしれない。たとえば、「家族を大事にする人は、何故かトンボの写真が好き」だとしたら、クリエイター側もトンボという切り口から刺激を受けて、新しい観点のクリエイティブを作っていくことができることでしょう。

ビジュアルと価値観を結ぶ基盤を作り上げていく

編集部:ビジュアルという観点だと、コンソーシアムではどのようなことが実現できそうですか?

新居:今、インターネットでの動画広告や長編映像が当たり前に発信されるようになり、ビジュアルでのコミュニケーションが急速に発展しています。アマナのような制作会社の力がますます必要になる場面もあるでしょうが、一方で企業側が自分たちで運用しなくてはならない場面も増えていくはずです。ビジュアルに関するクリエイティブの裏付けやノウハウはますます重要となるでしょうから、コンソーシアムでの成果には期待しています。

岸本:自分たちが100%だと思って作った映像が、実は人によっては70%以下だというのは、広告制作においてはよくあること。しかし、価値観を基準にあらかじめ計画していけば、70%を80〜90%にアベレージアップできるかもしれません。そのためのノウハウをビジュアルランゲージとして価値観を具体的に落とし込んでいくのは僕らの仕事。価値観とクリエイティブのルールを網羅した“辞書”のようなものを作っていかねばならないと思っています。

田代:企業や商品ごとに顧客ゾーンは全く異なりますが、価値観を切り口にその違いを可視化していけば、ビジュアルをはじめとするクリエイティブが作りやすくなるのは明らか。クリエイターではない人が、顧客の心をつかむレベルまではいかなくとも、“嫌われない”ビジュアルを作り上げられるようにはなっていくでしょうね。この流れの中で、いずれは価値観をもとにしたクリエイティブの半自動化のような領域を目指していくつもりです。

編集部:参画企業も増えていってほしいですね。

田代:Web制作会社やクリエイター集団とは、もっと密に連携したいと思っています。

岸本:いろいろな種類のクリエイターが必要になってくるのは間違いありません。一方でビッグデータを扱っている以上、データアナリティクスの専門家の協力を仰いで、いっそう科学的に価値観を体系化していく作業も大切になるでしょう。

新居:ビジュアルをおすすめするシステムを作るなら、たとえばどういうインターフェースがいいのかはシステム会社でないとわかりません。もう少し技術に寄った企業も参加してほしいですね。

田代:オープンな集まりですから、遠慮は無用。コンソーシアムに興味を持った方は、ぜひ問い合わせていただきたいです。

 

Profile

プロフィール

田代 正雄

シナジーマーケティング 代表取締役社長

2001年にシナジーマーケティングの前身となるインデックスデジタル株式会社に入社、2004年より取締役営業部長を務める。2005年シナジーマーケティング設立と同時に取締役兼COOに就任。2010年の米セールスフォース・ドットコムとの資本業務提携、2014年のYahoo! JAPANグループ入り(100%子会社)を推進。2017年2月より現職

Profile

プロフィール

岸本 高由

ティー・ワイ・オー 取締役 AOI TYO Holdings Pathfinder室 室長

1994年にTYO入社。CMディレクターと並行してインタラクティブ広告の企画演出に携わる。2006年に渡英、デジタルクリエイティブスタジオUNIT9でクリエイティブ・ディレクターを務める。その後、シンガポールを経て、2016年に帰国後、TYOに復帰、新規事業企画・海外戦略を担当する。2017年7月AOI TYO Holdingsにて事業研究開発部門Pathfinder室を新設し、現職に。

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