ケイズデザインラボ「Atom to Bit, Bit to Atom」#1(前編)
今、3D技術が、製造業だけでなく幅広い領域で注目を集めています。その最新情報を、企業の製品開発プロジェクトからエンターテインメントまで、分野を横断して3Dデジタルを軸にしたものづくりを提案するケイズデザインラボが発信します。
まず2回にわたって代表の原雄司が親交の深いITジャーナリストの林信行さんを迎え、3Dデジタル分野の動向やお互いの注目している対象について語り合います。
原「本日は久しぶりのnobiさん(林信行さん)との対談ということで、よろしくお願いします。あまり硬すぎず、ざっくばらんに最近の3Dデジタル周辺の話題やお互いの関心ごとについてお話できれば」
林「そうですね、イベントや仕事含めいろんな場でお会いしていますが、対談は書籍(※1)発行以来ですね。さっそくですが、原さんは “3Dプリンターブーム”についてはどのように捉えていますか?」
※1 『不可能を可能にする 3Dプリンター×3Dスキャナーの新時代』(日経BP社)
原「実は、ブームは何度も経験していて。具体的には2000年頃、2007年頃にあり、今回は3度目でしょうか。結局いろんな振興は実のところハイプ・サイクル(※2)ほど単純ではなくて、ブームが何度かやって来て積み上がっていくものなのだと思います」
※2 ガートナー社による、2,000を超えるテクノロジーを119の分野にグループ化し、その成熟度、企業にもたらすメリット、今後の方向性に関する分析情報。
林「IoTブームだって、何度目かわからないですもんね。この前、MITメディアラボの伊藤穰一さんと25年くらい前のVRブームの当時、一緒に登壇した話をして懐かしかったです」
原「面白いのが、あるところで環境が整うと、ブレイクする瞬間があるんですよね。今回のブームは、それに近かった面もあります。主にインターネットに繋がってデータの共有ができたことと、3Dプリントの造形方式のひとつ、FDM方式(※3)の特許が切れ、パーソナル向けの機種の価格が下がったことが大きかったと思います」
※3 熱溶解積層法。高温で溶ける樹脂をヒーターで溶かし、可動ノズルから断面形状を絞り出して造形する。
林「波が何度か押し寄せて、ついに穴が開きはじめ、壁が決壊するとドッと進むんでしょうね。面白い。ところで、ケイズデザインラボは何年目になるんですか?」
原「11期目に入りました。ケイズデザインラボとして3Dデジタルの仕事をして、10年間ですね。でも拍子抜けするくらい、やっていることはまったく変わらないです。技術力の強化、経験値によって少しずつハイエンド志向に到達してきてはいますが、ブームに左右されずスタンスはまったく変わっていないと思います」
林「改めてお聞きしますが、ケイズデザインラボが掲げる『Atom to Bit, Bit to Atom-アナログからデジタルへ、デジタルからアナログへ-』というテーマの起源はどういうところなんでしょう?」
原「もともと私は設計現場で就職して、完全にアナログで仕事をする人間だったんです。プログラマーになって突然デジタル一辺倒になったのが、20年ほど前。そのとき、どちらかに偏ることに疑問を持って葛藤したことが、ケイズデザインラボ設立に繋がっています。デジタルとアナログを自由に行き来できることは、どんな分野でも強いんじゃないかと」
林「話を聞いた僕がAtom to Bit, Bit to Atom =『ABBA』と訳して使ってもらっていましたが、今のケイズの仕事を見ているとAtomからBitへ変換して、そこにクリエイティビティが加わっていますよね。「C」が加えられたBitが、またAtomに変換される『AB C BA』なのかも」
原「『AB C BA』か。そうかもしれません」
林「何のためにBit(デジタル)化するのか、というところにクリエイティビティが入ってくるんですよね。逆に、その目的のないBit化はテクノロジーに引き摺られていることになる。
テクノロジーって、僕はふたつ役目があると思っています。一つ目は、大衆化してくれること。一部の限られた人しか手に入れられなかったことを、テクノロジーによって皆に行き渡らせてくれる。良い面もあるんだけれど、供給するためにはチープにならざるをえなくなりますよね。例えば、皆がコンビニのおにぎりでよくなっちゃうと、日本の食文化は廃れる方に向かってしまいかねない。二つ目の役目として、テクノロジーを使って”先に進める”ということも同時に誰かがやっていないといけないんです」
原「そうですね。便利なツールやテクノロジーによって、ものづくりが民主化している時代だと思います。『マインクラフト』をはじめとして、うちの子どもたちでも使える3Dのソフトもいろいろ出てきている。それはいいことですが、おっしゃるようにハイエンドの要求というのは常にあって、そこに断絶があるような気がしています。今、誰でもできることではない、少し長期的な目で見た研究開発をしていくということも必要なのでは」
林「そうですね。ピクサーとウォルト・ディズニーのアートディレクターであるジョン・ラセター氏は『アートがテクノロジーに挑戦し、テクノロジーはアートにインスピレーションを与える』と座右の銘を挙げていますが、世の中としても一番良い関係だと思うんですよね。アートがテクノロジーに挑戦状を投げかけ、テクノロジストが実装して、それによってアートがインスピレーションを受けてまたさらに先に進んでいく。人類ってそうやって進化して、先に進んできましたよね。日本はバブル崩壊以降、どうしても企業としては効率が先にたってしまうけれど」
原「現段階で、デジタル化の“メリット”として、企業だとどうしても効率化のみになってしまいますね。スケールが変えられる、デジタルでの保存がラクである、など。いつも例に出してしまいますが、アーテイストの名和晃平さんは、実体とデジタルを行き来しながらクリエイティビティを発揮されていますよね。ビジネスや他の分野でも、効率化と両輪でそれ以外の価値も探求できれば面白いと思います」
原「話が変わるんですが、そういえばnobiさんって、ファッションに興味を持たれたのはいつからでしょうか?」
林「ハイブランドであるシャネルが2011年にiPhoneの公式アプリを出すなどで、気にはなっていました。元々テクノロジーとファッションって相性がいいと思うのですが、状況を見ていると近年さらに加速していくのが見えて。2015年が本当に爆発的でしたね。1月にFashionsnap.comというメディアで、今年はデジタルとファッションが熱いかも?なんて予言をしてみたのですが、そのあと原さんと一緒にCES(※4)に行ったら、3D Systems(※5)をはじめとして、まさにその流れがきていました」
※4 コンシューマー・エレクトロニクス・ショー。スベガスで開催される世界最大級の家電製品中心の見本市。
※5 米国にある3Dプリンターの2大メーカーのうちの1社。日本法人は3D Systems Japan。
原「クラウドやIoTはどうでしょうか。僕はnobiさんはてっきりあのようなソフト面の新しい展開なども興味を持たれているかと思っていたのですが、意外に違うのですね」
林「IT業界はITの専門の方に進めてもらえればと。いわゆる流行のバズものは同じベクトルの方向に向かうじゃないですか。そっちはどんどん進めてもらいつつ、僕は“ITジャーナリスト”といいながらも、通訳者としてはアナログの側に軸を置いて双方へ伝えていくことをしないと、という想いです」
原「うちもずっと『アナログとデジタルの融合』と言っています。結局、3Dプリンターにしても、道具としては素材の研究や材料の開発というのがキーファクターになっていて、それをおざなりにしていては先に進まない。ファッション業界を見渡しても繊維や材料、質感・触感への追求がスゴいですよね。それは、デジタルでは簡単に処理できない部分の感性だと思います」
今回は、ケイズデザインラボの自己紹介として「Atom to Bit, Bit to Atom」について改めて振り返り、実体のモノとデータの関係性、テクノロジーの役割についてnobiさんとお話しました。デジタルデータが可能性を拡げるからこそ、実体として具現化させる際の、素材の重要性が際立ちます。意外にもふたりとも出発点はアナログに軸を置いていました。次回は、そんなふたりの、今注目するプロジェクトやクリエイターをご紹介します。
プロフィール
株式会社ケイズデザインラボ 代表取締役/慶應義塾大学SFC訪問研究員
大手通信機メーカーの試作現場に就職後、格闘家を続けながら3次元CAD/CAMメーカーに転職し、開発責任者、子会社社長などを経て、2006年にケイズデザインラボを設立。切削RPやデジタルシボD3テクスチャー®などを考案。企業プロジェクト、アート、医療、エンターテインメントまで、分野を横断して3Dデジタルものづくりを提案しています。
プロフィール
21世紀のテクノロジー(スマートフォン、ソーシャル、3Dプリンティング)で変わる医療、ファッション、製造、教育や22世紀に残すべき伝統を取材し、マスメディアと自らのtwitter( @nobi )を通して伝えるジャーナリスト。大手通信会社や家電メーカーとこれからの時代にふさわしいモノづくりを企業と一緒に考えたり、ベンチャー企業のアドバイザーや取締役として海外展開やメディア戦略を指南したりもしています。Adobe AppBox Award、James Dyson AwardやGマークなどの審査員、ifs未来研所員/JDPデザインアンバサダー