なぜ人は「物語」に共感するのか?ブランド価値を生むナラティブの力

ナラティブデザイン
本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。

企業やブランドが人の共感を生み出すとき、そこには必ず「物語」が存在します。単なる情報や事実の羅列ではなく、「なぜそれをするのか」という意味づけが人の心を動かすからです。本書『ナラティブモデル』は、この“物語(ナラティブ)”の力に着目し、組織やブランドが価値を生み出し共有していくプロセスを体系的に整理した一冊です。第1回では、そもそもナラティブとは何か、そしてなぜ今この視点が求められているのかを紹介します。


〜本コンテンツは、書籍『ナラティブモデル』(酒井博基著・武蔵野美術大学出版局刊)から一部を抜粋・編集したものです(この記事は第1回/全4回)。

No.2:事業が「ロジック集め」になっていないか?成功を左右する〝確信〟という土台(4月2日公開予定

No.3:アイデアは消えても「イシュー」は残る。変化に強いビジネスのつくり方(4月3日公開予定)

No.4:KPI達成がゴールになっていないか?本来の目的を見失わない方法(4月6日公開予定)


ナラティブとは何か

本書のタイトルにも含まれている「ナラティブ」という言葉は、あまり聞いたことがない、または聞いたことはあるけれど、その意味をよく理解していないという読者の方も多いかもしれません。本書で扱う「ナラティブ」は、単なる出来事の羅列ではなく、当事者の内面に根差した「意味づけされた体験」を指します。

例えば、単に「大学を卒業した」などという事実を時系列に並べるだけではストーリーにすぎません。しかし「大学時代、なぜ自分はあえてデザインを学び、その学びが今の価値観にどう影響しているのか」を語るとき、そこには〝物語り〟──ナラティブの核となる動機や感情、因果が含まれます。ナラティブとは、経験の背後にある「なぜ」を紡ぎ出す作業なのです。

経営学者・野中郁次郎氏は自身の共著『二項動態経営』の中で、ストーリー(物語)とナラティブ(物語り)を次のように定義しています。ストーリーは、複数の出来事を時系列に記述する。一方、ナラティブはプロット(筋書き)にしたがって、出来事と理由・因果を説明する。

つまり、ストーリーは「何が起こったか」を時系列に記述することに留まるのに対し、ナラティブは「なぜそれが起こったのか」「その出来事が持つ意味は何か」を説明するための編集行為なのです。ナラティブは経験を編集し、主観を通じて出来事を再構成するプロセスを含み、語る行為そのものに価値があります。

このようにナラティブは、単なる情報伝達を超えた「経験の再解釈」を可能にします。出来事に意味づけをすることで、語り手自身の価値観や動機が鮮明になり、聞き手にも「なぜその選択をしたのか」が伝わりやすくなるのです。したがってナラティブは、論理やデータだけでは到達できない深い納得感を生み出す基盤となります。

ナラティブモデルが注目するのは、この「意味づける力」です。個人の原体験や価値観に基づくナラティブは、機械的な分析や市場調査では浮かび上がらない独自の視点をもたらす可能性を秘めています。自分自身にとって本当に大切な問い――例えば「なぜこの違和感を解消したいのか」「なぜこの領域に心が動くのか」をナラティブから見つけ出すことで、内発的に動機づけるだけでなく、誰にも似ていないイシュー(価値創出の核となる本質的課題)が鮮明になり、他者に共感を呼び起こす強度を持つビジネスやプロジェクトの種が芽吹きます。

また、ナラティブは「固定されたもの」ではありません。他者との対話や環境の変化を通じて言語化と再解釈を繰り返すことで、自分の物語は更新され、より深い次元へと成長します。この動的なプロセスに着目するのがナラティブモデルのもう一つの特徴です。ナラティブを掘り下げるたびに新たな発見が生まれ、行動や選択の基盤が洗練されていくからです。

まとめると、ナラティブとは「当事者の主観を丁寧に編み、『なぜ』を紡ぎ出す意味づけのプロセス」であり、ナラティブモデルではその性質に着目して「内発的動機を明らかにし、唯一無二のイシューを発見する羅針盤」として活用します。物語が地図だとすれば、ナラティブは自らの価値観と行動を導く北極星となるのです。

物語が持つ力

ここでは、ストーリー(物語)とナラティブ(物語り)を特に分類せずに、物語が持つ力や機能についても触れておきたいと思います。

物語は、私たちの日常に深く根差し、個人の経験を超えて社会や文化をつなぐ共通言語として機能します。神話や童話、歴史的な出来事は、単に過去を記録するだけでなく、集団の価値観や行動規範を共有し、人々に行動の指針を与えてきました。物語が成立するのは、語り手の体験に意味づけが施されることであり、その意味が聞き手に伝わるとき、個人の枠を超えた「共感の場」を形成することができます。

この共感は、脳科学の観点からも裏付けられています。物語に触れるとき、人はオキシトシンと呼ばれるホルモンを分泌しやすくなり、信頼感や思いやりが醸成されることが知られています。オキシトシンは「幸せホルモン」や「愛情ホルモン」と呼ばれ、母子の絆や親密な対話の場面でも分泌が高まることで、人と人とのつながりを強める働きを持ちます。物語を介したコミュニケーションは、この生理的なメカニズムを活用し、単なる情報伝達を超えた「心と心の交流」を可能にするのです。

さらに、物語は情報よりも記憶に残りやすいという特徴があります。統計やデータだけを並べる場合に比べ、「ある少女が苦境を乗り越えて学びの場を手に入れた」というエピソードは、聞き手の情緒に直接訴えかけ、忘れがたい印象を刻みます。この特性は、ビジネスや教育、社会啓発の場面で強い影響力を発揮し、メッセージを行動に結びつける原動力となります。

社会的な共有性という観点でも、物語は強力です。ある地域やコミュニティに伝わる伝統的な物語は、その集団が大切にする価値観を象徴し、新しい世代にも無意識のうちに継承されます。同様に企業やブランドが発信するストーリーは、顧客や従業員の帰属意識を高め、企業文化を醸成します。物語が社会や組織全体に浸透するとき、個人のナラティブは集合的ナラティブと結びつき、新たな文化やムーブメントを生み出します。

私たちが物語に惹き込まれる理由は、「自分もその場に立っている」「同じ問いを共に考えている」という感覚を得られるからです。この感覚は孤立を解消し、協働や共創へのモチベーションを高めます。物語は、個々人の主観をつなぎ合わせる接着剤のような役割を果たし、「私」から「私たち」へと視点を拡張していくのです。

ナラティブモデルでは、この物語の力を、「イシュー」を捉え共有するための基盤と位置づけます。個人のナラティブが他者に共感されることで、そのイシューは単なる個人的な違和感にとどまらず、多くの人が関心を持つ社会的課題へと昇華します。そして共感の連鎖が、解決に向けた協働を生み出す原動力となるのです。

このように、物語は単に情報を伝える手段ではなく、共感を生み、記憶に残り、行動変容を促す強力なメカニズムです。ナラティブモデルが物語を重視するのは、ここに潜む「心と身体で理解し、他者とつながる力」を活用し、個人の物語から社会を動かすムーブメントを生み出したいと考えているからにほかなりません。


(この記事は第1回/全4回)

No.2:事業が「ロジック集め」になっていないか?成功を左右する〝確信〟という土台(4月2日公開予定

No.3:アイデアは消えても「イシュー」は残る。変化に強いビジネスのつくり方(4月2日公開予定)

No.4:KPI達成がゴールになっていないか?本来の目的を見失わない方法(4月6日公開予定)


▼書籍紹介

地域、大学、自治体の共創プロジェクトを多数手がけてきた著者が、「ナラティブ(物語)」の視点から価値創造のプロセスを体系化した一冊です。戦略やコンセプトを一方向的に伝えるのではなく、人や社会との関係性のなかで意味を共創していくための考え方を、理論と実践の両面から学ぶことができます。

▼書籍情報

書名:ナラティブモデル
著者:酒井博基
出版社:武蔵野美術大学出版局
発売日:2025年10月30日
リンク:https://www.musabi.co.jp/books/b463177/


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