光明寺・松本紹圭さんに聞く、未来に資するクリエイションの在り方

浄土真宗本願寺派光明寺の僧侶・松本紹圭さん。誰でも自由に集えるインターネット寺「彼岸寺」を設立したり、MBAの知識を活かした住職のための経営塾「未来の住職塾」を開講するなど、現代に活きる仏教を追求する創造的な試みが、ビジネスパーソンから注目を集めています。

正解のない時代、企業は、そして個人はどのように歩みを進めていけるのか? 未来に資するクリエイションの在り方とは? 企業のクリエイティブ人材育成に携わる、アマナの山根尭が話を聞きました。

主体性が大事、と言われるけれど

山根:先行き見えづらい、正解がない時代と言われる中で、これまで以上に個人の主体性や創造力がものを言うようになっていくと思っています。私は最近、企業の人材育成に携わる機会が多いのですが、人の主体性を引き出すことは案外難しいですよね。講座やウェビナーへ積極的に参加しても、次の行動につながらないと意味がない。相手の気づきや変化を促していくうえで、松本さんはどのように工夫されていますか?

松本:仏教の世界でも、「いい話を聞けた」で終わってしまいがちなので、いかに日常の実践に落とし込んでいけるかが大事です。

主体性は宗教の信仰心と似ているんですよね。これまで布教は「いかに信仰心を育てるか」だと言われてきましたが、それでは心の持ちようの話になってしまう。全国のお坊さんと一緒にこれからのお寺の在り方を考える「未来の住職塾」という経営塾をやっていますが、そこでは「『信仰がどうあらわれているか』を見ていきましょう」と話しています。この「あらわれ」とは習慣のことで、習慣が身につくということは、行動が無意識に日常へ入り込んで、心と身体がつながっている状態。行動が心にも影響を及ぼしていくんです。

松本紹圭 | Shoukei Matsumoto 僧侶。未来の住職塾塾長。武蔵野大学客員准教授。1979年、北海道生まれ。東京大学文学部哲学科卒。インド商科大学院(ISB)でMBA取得。2013年、世界経済フォーラムのYoung Global Leaderに選出。著書に、『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァートゥエンティワン)ほか多数。初の邦訳書『グッド・アンセスター 私たちは「よき祖先」になれるか』(あすなろ書房)が2021年9月に発売。podcast「テンプルモーニングラジオ」を平日毎朝配信中。

松本:哲学者・國分功一郎さんの著書『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)によると、言語には「する」という能動態と、「される」という受動態だけでなく、そのあいだの中動態というものがあるそうです。

実は私の出身の北海道の方言にも、中動態を表す言葉があるんですよ。例えば私と山根さんがエレベーターの中でふざけ合っていて、何かのはずみで肘がボタンに触れて、目的じゃない階で扉が開いてしまったとします。私がボタンを「押す」でもなく、山根さんに「押される」でもなく、あたかもボタンが勝手に押されたような意味で「押ささった」と言うんです。

他にも謝罪が例に挙げられていますが、「謝る」という行為は一人では完結せず、本当に申し訳なかったという気持ちが催されて、相手に受け入れてもらって初めて成立しますよね。主体性やクリエイティビティも、やろうとしてやれるものではなくて、催されるものなんじゃないでしょうか。だから私は、その催される感覚を大事にするような場づくりや関係づくりをやっているのだと思います。

山根:最近よく言われる、心理的安全性にもつながる話ですね。

松本:催されるためには、目的的思考から離れることも大事だと思います。

企業では組織の枠組みがあり、職務や目標がきっちり設定されていることがほとんどですよね。目的なくお喋りをすることもなかなかない場合も多いでしょう。だから、あえて枠から離れるような時間を持てないかと思い、ある企業でお坊さんと喋りたい人を募ってオンラインの1 on 1をやったことがあります。

何の解決も目的にしない、ただのお喋り。向かい合うというよりは、バスやバーカウンターの席に並んで座っているように、“ただそこに居る”という感覚。そういう状態で初めて出てくる話や感情があります。

アインシュタインの言葉にもあるように、「どんな問題も、それをつくり出したときの意識レベルでは解決できない」と思うんですよ。いかに枠組みがないところに連れ出せるか、ただただそこに「あらさる」、そして言葉が「言わさる」という中動態の世界にいざなえるかという試みです。

視点をずらすと、課題の捉え方も変わってくる

山根:企業には、目的に追われている人がとても多い印象です。「上司から言われたから」、「給料を稼ぐために」、とその目的の意味を深く考えられないまま目先の業務に取り組んでいるケースも少なくありません。与えられた目的から目線を上げて、部署単位よりも会社単位や業界単位、ひいては社会全体を見ることが、課題を設定するときにも必要だと思うんです。

山根 尭|Takashi Yamane 株式会社アマナ クリエイティブサイエンティスト。クリエイティブを用いて、企業のビジネス価値を高める取り組みに従事。企業のクリエイティブ人材を育成するプログラム「amana Creative Camp」を開発したほか、ビジュアルやデザインを活用してビジョンの発見・発信を行うなど、クリエイティブのエッセンスをビジネスに取り入れるための取り組みを実施している。BtoB企業を中心に幅広い業種の企業を担当。

松本:そうなんですよね。枠の外側に出るという言い方をしましたけど、「正気を取り戻す」と言い換えることもできると思います。多かれ少なかれ、あらゆる組織はマイルドカルトです。でも完全に離れることも難しくて、むしろ危険なのは、まったく別の世界があるんだというカルトにまた陥ること。

そもそも人間は依存しながら生きていて、完全に自由になれるのはお釈迦様くらいです。でも、いろんなカルトを見てみることも大事なんですよ。私はよく「自立とはたくさんの依存先を持つことである」と話していて、目線を上げるというか、どんどん視点をずらせたらいいと思っています。

山根:視点を少し変えるだけで、見えてくる課題も変わってきますよね。自分の目でとらえた課題に対して自ら動けるようになることが、主体性の発露につながるんじゃないでしょうか。

企業から人材育成の相談を受ける際、流行りの「アート思考」や「デザイン思考」で解決はできないかとお話をいただくケースがあります。耳当たりはいいですがあくまでひとつの手段なので、手段にすがってしまうと根本的には何も変わらないんですよね。

松本:私も、「これからは◯◯だ」と一つに断言するのは辞めたほうがいいと思います。世界はそんなに単純ではない。そもそも人間はスッキリしたい生き物で、だからカルトにハマりやすいんです。スッキリするということは、ほとんど「スッキリしたことにする」ことでしかないんですよ。

私が活動を通して感じてもらいたい仏教の大事なコンセプトの一つに、極端をいかずに真ん中をいくという「中道思考」があります。でも、真ん中をいくことは簡単ではありません。なぜなら真ん中がどこかわからないから。状況は常に移り変わり、真ん中も常に動いていて、いつまでたっても定まらない。「これだ!」とスッキリ言い表せた感覚があったらそれは危険信号です。その瞬間からずれていく。

終わりのないモヤモヤを生き続けることが人生だと思うし、モヤモヤしながら真ん中を探り続けるのが、クリエイティビティだと思うんですよね。

正解を出すことよりむしろ、変化のプロセスや感覚を共有することに価値がある

山根:クリエイティブの世界も、これまでは、有名なクリエイティブディレクターが作ったロゴやVIを、決められた範囲でマニュアル通りに何年も同じ使い方をしていくことが当たり前でした。ですが、今は時代に合わせて作り続け、アップデートしていかないといけない。作って終わりなんてことはないんですよね。

松本:「完成品」という発想を捨てたほうがいいのかもしれないですね。「メンテナンス思考」とも言えそうです。

松本:特に今の日本は、新品が一番だという考え方が強いと思うんです。だけど歴史的に見ると、例えば奈良の大仏殿は、数百年後に歪みや材質の劣化をメンテナンスする前提で設計してあるんです。劣化も含めてものづくりをするし、うつわの金継ぎのように、メンテナンスにおいて別の価値を生み出してきました。

完璧な新品をつくるという発想は先ほどのスッキリ感とも似ていて、どこかに完璧なものがあるという観念の上に成り立っているんです。それが強くなりすぎるから、完成後に改善したり、メンテナンスしたりする意識も弱くなってしまう。

今足りていないのはメンテナンスの部分。不具合を改善しながら持続させていく時代になったと思います。求められるクリエイティビティの方向性が、新しいモノやサービスの創造よりも、どちらかというと昔ながらの生活の知恵にも近い、あるものを活かしながら現状の環境を工夫していく方向に向かっている気がするんですよね。

山根:正解を出す、あるいは正解を提供するというよりもむしろ、時代が変化する感覚やプロセスを共有することが大事ですよね。これは働く個人としてだけでなく、生きている個人として必要だと思います。

ディープタイムの中で、企業や個人の「役目」を考える

山根:奈良の大仏殿の話のように、普段とは異なる時間軸で物事の価値や企業の営みを考えてみると、また新しい気づきがありそうですね。

松本:企業の人材育成や事業開発にアドバイザーとして呼んでいただくことがあるのですが、会社の10年後を見据えた新規事業プランの企画やリーダーシップの養成に際して、長い時間軸で思考を巡らせるための舞台装置としてお寺の空間を活用します。ステークホルダーとして、死者や、あるいはこれから生まれてくる人たちといった目に見えない存在を招き入れることで、新しい発想が出てくるんですよ。

この光明寺もできてから800年経ちますが、ずっと同じ場所にあり続けてきた神社仏閣の存在価値を感じられます。ここで100年後のことをみんなで考えてみると、重ねてきた時間が遥かに長いのでリアリティが出てくるんです。これを私は「ディープタイム」と呼んでいます。

ちょうどこの9月に発売になりますが、ローマン・クルーズナリックの『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(原題:『The Good Ancestor: How to Think Long Term in a Short-Term World』 / あすなろ書房)という本を翻訳しました。私たちも100年後にはみんな死んでいるわけだから、その100年後の世代に「前の世代が素晴らしい世界を残してくれた」と思ってもらえるのか、それとも「負の遺産を残していった」と思われるのか。私たちが「よき祖先」になるには、今どう行動するべきなのかについて書かれています。

山根:まさにこれからの社会の在り方を考えるときに、その思考はとても大事ですね。限られた資源をどう最適化するかなどの課題は、長いスパンで考える必要があると思います。

松本:現代の地球人が抱えている大きな問題は気候変動ですが、例えば木を育てるのにも時間がかかるわけですから、そのベネフィットが得られるのは次の世代です。わずか100年程度の自分たちが生きる時代の中でぶんどり合戦をするという世界観ではなくて、その前から人類が続いてきて、祖先も、次の世代もいる。そのスケールで自分の役目を考えないと、今日の地球規模の課題は到底解決できません。

どの業種であれ、企業もそうした「役目」に基づいたリーダーシップを発揮していく姿勢が問われているし、経済と政治を別々に考えてはいられない段階にきています。だからこそ、こうした舞台環境を活かして、お寺や仏教、企業に対して私のような存在が関わることの価値を出していけたらと思っています。

 



現在進行形で伝統にイノベーションを起こす松本さんの視点は、まさに過去から未来へ、仏教から世界へ、広がりながら持続していくためのものでした。

自らの「役目」をどう捉え、いかに課題を設定できるか。正解のない時代だからこそ、企業にも個人にも、その向き合い方が試されています。

撮影:sonnzinn(amana)
文:山田 友佳里
編集:高橋 沙織(amana)

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複雑で先行きの見えない世界においては、 人本来の持つ創造性を解き放ち、主体性を持ち躍動できる人材が求められます。amana Creative Campでは、 再現性を持ったクリエイティブナレッジを提供することで、個の創造性を高めると共に、企業の競争力を高める文化創りへと導きます。

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