建築家・豊田啓介さんがコロナ禍で語る、「遊び」が日本の未来に与える価値

コンピューテーショナルデザインを用いた建築・都市設計の第一人者で2025大阪関西万博誘致会場計画アドバイザーでもある豊田啓介さんは、フィジカルとデジタルがつながる未来をつくるために「企業はもっと遊ぶべき。コロナ禍の今はなお」と説きます。そのワケと、 離散化する社会で企業が示すべき真の“ニューノーマル”について伺います。

コロナ禍で進んだ「人」の量子化

豊田啓介|Keisuke Toyoda/建築家。noizパートナー、gluonパートナー。2002~2006年、SHoP Architects(ニューヨーク)を経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所 noiz を蔡佳萱、酒井康介と共同主宰。2017年、「建築・都市×テック×ビジネス」をテーマにした領域横断型プラットフォーム gluon 金田充弘と共同で設立。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・開発・リサーチ・コンサルティング等の活動を、建築やインテリア、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開している。https://noizarchitects.com/

——2020年、世界中にさまざまな影響をもたらした新型コロナウイルスの感染拡大ですが、都市や建築のありようにはどのように関わってくるでしょうか?

豊田啓介さん(以下、豊田。敬称略):まず、コロナ禍は私たち一人ひとりの価値体系を変える大きな節目になったと思います。“「人」の量子化”を不可逆的に進めました。

——“「人」の量子化”とは?

豊田:身体をともなった物理的な「人」だけではなく、インターネット上のアバターやSNSやチャット上のアカウントといった、身体をともなわないデジタル上の「人」にもアイデンティティがあり、価値を生む状況が当たり前になった結果ある意味人が同時に複数の場所や属性に存在できるようになったということです。

たとえばコロナによって対面が制限された結果、会議は対面ではなくZoomで、といった具合にデジタル上のバーチャルな視覚情報で対応せざるを得なくなりました。結果として、否応なしに場所や時間に縛られずに仕事ができることを、多くの人が実感しましたよね。

ライブイベントも軒並み中止になりましたが、一方でアーティストのトラヴィス・スコットがゲーム『フォートナイト』の世界を会場にして巨大な自分のアバターを登場させてライブを実施。わずか数時間に世界中から約2800万人がアバターとして参加し、熱狂しました。ちなみに2025年の大阪関西万博の目標入場者数は、半年間の累計で2800万人です。ケタ違いなわけですね。

コロナ禍を契機に行動が制限された不便さを感じることもありましたが、デジタルテクノロジーが、領域によってはそれを十二分に補えることもわかりました。

――むしろ身体性が拡張する感覚すら覚えることもありました。

豊田:以前からテクノロジーの進化によって、一つの場所や時間に縛られない「離散的」な世界が広がり始めていましたが、コロナ禍によって、急激にそのニーズが顕在化したんです。アバターのようなデジタル・エージェントにも価値があり、身体を伴わずとも価値が生み出せることもわかった。それは、一つの会社や学校、組織に縛られたり、社会や居住地に縛られることもなくなったことでもある。量子化した個人が同時多発的にいろんな場所で形を変えて働いたり、生きられるようになったわけです。

ようするに、いかに合理的に大勢が集まり、快適に働けるかにフォーカスしてきたこれまでの都市やオフィス、学校や住居といった形やありようも、この「人」の量子化、離散化にふさわしい形に変わらざるを得ないタイミングだと思います。

——終戦後、既存の価値観や社会システムがゼロベースとなり、ドラスティックに変化してきたのが、昭和という特殊な時代でした。同じようなことがコロナを契機に起こる。いわばポジティブな変革があると。

豊田:間違いなくあります。さらに合理性や価値化だけでの話ではなく、ローカル意識を高めたことについても言えると思います。自宅に閉じこもるしかないから近所のお店や飲食店を利用する人が増え、「それならば大型のチェーン店よりも、あえて経営的に厳しい個人店でお弁当を買って支よう」といった行動が自然と発生しました。個人の貢献が、ゆるやかに集団を支える高度な都市化の中で見えにくかった複数のスケールやレイヤが薄く多様に重なり合う関係性を、初めて実感できる機会になったのではないでしょうか。こうした生活や仕事、遊びや学びの離散化とマルチレイヤ化は、まだまだ始まりでしかありません。

いずれにしても、単純に金銭的なペイを求めるだけではなく、個人の価値をどこに置いて、何を選択して、生活するか。自由に複数の選択を編集・選択できることこそが、この“「人」の量子化”における最大の価値体系の変革でしょうね。ただし、社会や企業や都市のありかたがシームレスに変わっていくためには、それを支えるインフラがまだまだ未整備です。早急にこれを実装していく必要があります。

——そのインフラとなるのが、豊田さんが常に提唱してきた「コモングラウンド」なのでしょうか?

豊田:そう考えています。デジタル(情報)とフィジカル(モノ)が一致する共有基盤(コモングラウンド)のことです。

建築や都市をデジタル化する、本当の意義

——「人」の量子化のためのインフラともいえる「コモングラウンド」について、もう少し教えてもらえますか?

豊田:まず私たちのアイデンティティの“入れ物“には、生身の人間である「フィジカルエージェント」だけではなく、ネット上のアバターなどの「デジタルエージェント」も選択肢なんだということが見えてきたわけですよね。一方で、そうした多様なエージェントが行動し、生活するプラットフォーム側にも、人が行き交う都市や建造物といった「フィジカルな環境」と、アバターなどのデジタルエージェントが動く3Dデータ上のマップやバーチャルゲームのような「デジタルな環境」の2つが必要になります。でも、フィジカルエージェントとデジタルエージェントの空間や環境の認識の仕方や構造化の仕組みは、僕らが単純に考えるよりずっと異なっていて、現時点では互換性がほとんどないんです。

これまではフィジカルエージェントはフィジカルな環境で、デジタルエージェントはデジタルな環境で、と互いに活動領域も価値の出し方もほぼ独立していて、二項対立的に理解されがちでしたが、今後は互いに同じ空間に共存し、リアルタイムにエクスチェンジできる共通認識のプラットフォームが必要になる。日常の生活空間で、デジタルとフィジカルを分け隔てなくする場が「コモングラウンド」なんです。

——会議ならばZoomのようなオンラインで参加する人も、リアルな会議室に集う人も両方が同じ時間や情報を共有してシームレスに行う。ライブなら会場で盛り上がる人もいれば、横にはバーチャルなアバター観客が立っている。そんなイメージでしょうか。

豊田:ええ。コモングラウンドでは「デジタル・フィジカル」軸と「エージェント・環境」軸によって作られる四象限をバラバラにして個々が自由に組み合わせ、編集できるようになるでしょう。そうなれば、先に述べたような量子化した人が、働く場所や学ぶ形、住む環境を自由度高く選べて、ストレスなく充実させられます。

——すでにその片鱗が見えている事例はありますか?

豊田:先ほどの『フォートナイト』のライブなどはまさに成功例の先鞭ですよね。あと僕が興味深いと思ったのが、脊髄性筋萎縮症のため、寝たきりで暮らさざるを得なかった子どもが、二輪走行のデバイスにタブレットモニターがついたアバターロボットを介して学校に入学。自宅にいながら同級生と席を並べて、一緒に授業を受けた実証実験です。他者との交流や身体の刺激が脳に与える影響が大きく、ロボットで通学してからその子の学力が劇的に上がったそうです。同級生と学べる喜びも大きいでしょう。その子の可能性を、モノと情報の関係性を再編するデジタルテクノロジーが拡張させたわけです。

フィジカルを伴って登校するのか、ロボットでバーチャルに登校するか、あるいはデジタルのアバターで受講するか……。コモングラウンドに用意されたチャネルを選べるようになれば、本当に多様な人たちに教育機会を創出できることになりますし、それは所属や移動の自由度も高める。すばらしい価値を生み出す組み合わせや可能性は、まだまだ無限にあると思います。

——今までなら学校へ「行く」か「行かない」かの二択だったところに、多様なグラデーションを生み出せる。学校に留まらず、いろんな場で価値を生み出せそうですし、イノベーティブなサービスやビジネスモデルが生まれる可能性もありますね。

豊田:まさにそうです。そのためにも、僕は建築家としてフィジカルな環境をデジタルプラットフォームへシームレスにつなげるための情報化、プラットフォームの仕様開発やそれに関わる実証実験をしています。たとえgluon(※)」をベースにいろいろな専門性を持った方に関ってもらって去年実施したプロジェクトでは、老朽化と運用コストのために解体が決まっていた菊竹清訓さん設計のメタボリズムの傑作建築「旧都城市民会館」を「残す」ために、レーザー3Dスキャンやフォトグラメトリなどを組み合わせて、精度の高いデジタルアーカイブを作りました。
※「建築・都市」を軸に新しい価値を生み出す テック・コンサルティングの領域横断型プラットフォーム。

旧都城市民会館の3Dスキャンデータ。

——学術的に貴重な資料として残した、と。

豊田:もちろんそれもありますが、すばらしい建築のリアルなデジタル環境を作り出せたことで、たとえばそこをバーチャル空間のライブ会場にしたり、ゲームの戦場にもできるようになった。ものすごくエキサイティングで自由度の高い、建築物の使い方が可能になりました。勝手に僕らが名乗り出て、遊びのようにはじめたプロジェクトでしたが、マネタイズの可能性も突然生まれ出たわけです。

——フィジカルとデジタルの環境を整えること、コモングラウンドを整備することは、新たなビジネスや産業を創出することにも直結するわけですね。

豊田:長らく日本経済は「閉塞感」ばかりがキーワードになっていました。新たに開拓するマーケットはもうない、「月か火星に行くかしかない(けど自分には無理)」みたいな。しかし、いま目の前にある世界をデジタル化し、コモングラウンドにした途端、新たな価値領域が溢れ出てきます。新大陸を物理的に外に求めるだけではなく、むしろモノと情報をまたいだ高次元領域に求めることで、業界や事業規模を問わず新たなニーズが生まれる。あらゆる広大なブルーオーシャンが突然開かれる可能性が高いわけです。

ただし、そのためにはひとつの建築物をひとつの仕様でデジタル化する程度ではままならない。都市をまるごとデジタル化・汎用化し、コモングラウンドの実験場とする必要があります。ビジョンと目的を束ねて、それを実装していくべきではないでしょうか。

——いわゆるスマートシティに近いビジョンですよね。マイクロソフトがアリゾナ州に都市づくりをしていたり、アリババが中国政府の肝入りで杭州を高度なデジタル都市に変えている。

豊田:トヨタの「Woven City」もそうですね。ただ本当にフィジカルとデジタルの言語をわかったうえで、壮大な実験としを作り上げるのは並大抵のことではありません。情報プラットフォーマーだけの知見では難しく、Googleですらトロントの再開発を手掛けながら、フィジカルのノウハウを持たないがためにプロジェクトが頓挫してしまいました。市民側にも一社にすべて握られる恐怖心というソーシャルリスクが顕在化しています。一方で、伝統的なものづくり企業は、今IT企業が喉から手が出るほどほしいモノ側のノウハウを豊富に持っていながら、それを情報レイヤに接続するデジタル言語を知らないためになかなか入っていけません。

ところが、日本には2025年に大阪関西万博があります。

大阪万博は、最後のチャンス

——豊田さんは、以前から大阪関西万博がコモングラウンド実装のための実験の場になるとおっしゃっていましたね。

豊田:半年間にわたって、広大な都市空間をテクノロジーの実験場とできる機会は、少なくとも今の日本では万博以外ありえません。しかも単一の企業がリードするのではなく、他業種の企業連合がオープンに集まってプラットフォームを作り出すのは極めて日本的かつ、今社会が求めている形でもある。かつての万博ように参加企業や団体が物珍しいパビリオンを出すのではなく、新たな社会や産業の創発につながるプラットフォームを実装し、そのデータやノウハウを共有することは、おそらく今の日本には最大で最後のチャンスなんです 

——先日、万博に向けたさまざまな提案と活用の形を議論する「PLL促進会議」の記録と提言のまとめが公開されました。実装に向けた新しい発見は見えてきましたか?

豊田:率直にいえば、巷にあふれる要素技術によったものか、あるいは耳障りのいいバズワードはあるけれど実現性が曖昧なもの、そのどちらかに偏っている印象がありました。

ただ、それは提案する側の問題ではなく、束ねる側の問題かなと痛感しています。本当に壮大な都市計画で、かつまだ正解がわからない全く新しい領域の社会実験ですからね。そんな中で大きなビジョンと明確な道筋を、束ねる側がもっと示す必要があると考えているし、直接話もしています。昭和的な過去の成功体験から大きく離れた場所に未来のゴールをつくっていかなければ、コモングラウンドの実装なんてできません。時代が違う、変わるんだ、ということを、準備期間のうちにコンセンサスとしていきたいです。

予断ですが、だから僕、トラディショナルな企業や団体の「偉い」方に会うときほど、こうやってキャップにTシャツのようなラフな格好をしているんです。「時代はすでに変わっている」というメッセージと、「こんないい加減な兄ちゃん相手ではどうせこちらの価値観は通じないか」という、あきらめを感じてもらうために……(笑)。

——なるほど(笑)。ただ最初におっしゃっていたように、万博を待たずして、世の中の価値観は変わる節目を迎えて、人の量子化や離散化にフィットするサービス、プロダクトが求められるように変わっていく気がします。それに備えて、企業が私たち一人ひとりが意識しておくべきことはありますか?

豊田:堂々と遊ぶこと」でしょうね。繰り返しになりますが、あらかじめ共有されている正解を求めて動く昭和的なスタイルでは立ち行かないのが今の価値領域です。正解などないけれど、「とにかくやってみよう」と動き出して失敗を恐れず堂々と遊ぶ、新しいことに挑戦してみることが必要です。遊びっていうのは、ポジティブな失敗であり、未知の領域の探索でもあるわけです。「あの人、すげえ遊んでるな!」といわれることが評価されるような空気をつくる。それが、誰しも生きやすい未来に繋がるひとつの道筋になると信じています。

新しい創発を生み出す「遊び」の力を信じて

一つの会社に所属し、効率的な都市を目指し、一つの街、一つの住居に住んで、営む——。

これまであまりも当たり前だったスタンダードが、個の量子化とデジタル×フィジカルのプラットフォームがからみあうコモングラウンドの誕生が近づくことで変わりつつあります。リアルな自分とアバターの自分が、同時多発的に行き交う世界が生まれようとしているのです。

それはまったく新しい創発の機会を生み出し、異次元のビジネスチャンスを突然、目の前に示すことになる。企業も個人も、今からその未来を見据えた視点と思考を育んでおくこと。それこそが不可逆的な、未来への道筋に違いありません。

そのためにもまず「遊び」から。試しにキャップとTシャツ姿で打ち合わせしてみてはいかがでしょうか。

【関連特集】コロナ禍で変わりゆく企業のコミュニケーション

インタビュー・文:箱田 高樹
撮影[top / interview]:秦 和真(amana)
AD:片柳 満(amana DESIGN)
編集:徳山 夏生(amana)

 


本記事は、次世代型メディアプラットフォーム「amanatoh(アマナト)」との連動企画です。アフターコロナのいま、都市のランドスケープはどのように変容していくのか? 合わせてご覧ください。
「アフターコロナのオルタナティブ・ランドスケープ」

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