これまでのシリーズ(第1回、第2回、第3回)を通して、画像生成AIのトレンドから、生成されたビジュアル権利の考え方までを解説してきました。
AIサービスの急速な進化と普及は、これからのクリエイティブ制作や企業のコミュニケーション活動をどう変えていくのでしょうか。シリーズ最終回となる今回は、株式会社アマナイメージズでAI機械学習向け素材提供サービスの開発にあたる望月逸平さん・永井真之さん・平山清道さん、そしてアマナで「デジタルヒューマン」等のプロジェクトを手掛ける市村純の4名が、実務目線で語り合います。
ーーまず、アマナイメージズの現在の事業内容と、AIの機械学習分野での取り組みについてお聞かせください。
アマナイメージズ・望月逸平さん(以下、望月):弊社は、株式譲渡により2022年にアマナグループを離れ、Visual Bank株式会社の100%子会社となって再始動しました。
AI機械学習用の素材提供については、かねてより顧客からのご要望にお応えするかたちで行っており、現在のビジネスの大きな柱の1つとなっています。この取り組みの前提として、国内における機械学習用素材データ分野のリーディングカンパニーであるFastLabel株式会社と、販売面で業務提携しています。同社は、AI学習用データ向けの「アノテーション」を提供している企業です。
アマナイメージズ・望月:機械学習では、「素材」とともに、それが何を示しているのかという「問い」と、問いに対応する「正解」のセットが重要になります。
例えば、AIが自律的に「笑っている顔」を判別できるようにするためには、そういう写真があるだけでは不十分。「笑っているか?」という問いと「笑っている」という正解を多数用意して学習させ、判別用のモデルを構築することが必要なんです。そのモデル構築のために、タグやメタデータなどの情報を付加することをアノテーションと呼び、アマナイメージズの素材とFastLabelさんのアノテーションを対にして提供しているのです。
素材としては、アマナイメージズが保有している人物や自然科学などの約2億4,400万点のストック素材と、機械学習用の仕様で新たに撮影・収録を行って提供する素材の二本立てです。画像・動画・音声など様々な形式を提供しています。新規撮影は、例えば「工事現場で熱中症にかかった作業者」といった想定で撮影した種々のシチュエーションカットや、セミプロのアスリートによるあらゆるアクション、声優さんによる感情を込めた音声など、多様なニーズに応えています。
アマナイメージズ・永井真之さん(以下、永井):保有するストック素材の中には、機械学習用に転用できるものもありますが、ニーズに100%合致させるうえでは従来と異なる方法で撮影することも必要になります。それぞれの要望に合う枚数や撮影条件で撮りおろすことは増えていくと思いますね。
ーーそうした素材で学習したAIの用途は、画像生成に限らず、人の行動予測やデジタルツインの構築など、さまざまな用途で使われていますよね。「ストックフォトとして使用する場合」と「機械学習に使用する場合」、素材撮影はそれぞれ具体的にどのような違いがあるのでしょうか?
アマナイメージズ・永井:ストックフォト向けではモデルを4方向から撮れば十分だったりしますが、機械学習用だと、16方向から同時に撮影したり、モデルが同じ位置でポーズのみ変えながら撮影するといった技術が必要になります。ビジュアルデザインとしての撮影ではなく、データとしての撮影だといえるでしょう。先ほど、「素材」と対になる「問い」の話が出ましたが、まさに「問い」の前提としての写真なので、被写体との距離や角度についても統一されていることが求められるわけです。
アマナイメージズ・平山清道さん(以下、平山):クライアントが企画段階で想定できる範囲のシチュエーションもありますが、例えばアスリートのアクションを撮影する際に、現場で実際に身体の動きを見なければわからないようなものがあったりします。撮影のコーディネーションも含めて、我々がアマナグループ時代から40年間培ってきた撮影と写真管理の知見を活かして、クライアントとコミュニケーションをとりながら撮影の精度を上げています。
ーー機械学習用の素材は、どのような企業からの依頼が多いのでしょうか?
アマナイメージズ・望月:エンドクライアントから受託しAI関連の開発を手掛ける企業、AI関連プロダクトを開発している企業、これからAI関連事業を推進したいと考えている事業会社、そして研究機関と、大きくわけて4つの領域から依頼をいただいています。
アマナ・市村純(以下、市村):クリエイターの立場からすると、AIに学習させる元画像の権利が気になるところです。
アマナイメージズ・望月:当社の依頼主は、大企業や上場企業で法務・コンプライアンス部門のガバナンス(管理)意識が高いところ。あるいは、そういうエンドクライアントから受託している開発会社です。今は法整備が追いついていない部分もありますが、著作権、肖像権、施設管理権、商標権などがクリアされていなければ絶対に使えないということは、皆さんおっしゃいますね。音声や動画素材も当然ながら同様です。また弊社は、画像の一次権利者に対しても、きちんとした利益配分を目指すというスタンスで取り組んでいます。
ーー昨今では「AI倫理」も重視されてきています。
アマナイメージズ・望月:実際に、AI倫理委員会の設置や、AI倫理の制定・公表に動く大企業が増えてきました。AIは、社会にもたらす利益が大きい反面、誤った使い方による悪影響も懸念されるため、そのようなリスクを認めたうえでどのように向き合うかが重要です。法令への適合はもちろん、プライバシーや個人情報に対する配慮、素材データの収集方法や権利関係なども含めて、業界全体として規律をもってAIを利用していくような宣言を行っていくことが重要だと考えています。
アマナ・市村:権利関係がクリアになれば、クリエイターとしても次のステージに進むことができるように思います。
アマナイメージズ・望月:そうですね。クリエイターも企業も、同じ解像度でAI生成画像の利用に関するリスクとメリットを理解していくことが必要です。テクノロジーの進化とともに、仕組みを整えアップデートしていくことも重要ですよね。また、リスクのある画像が使われることのないように、社員のリテラシーレベルをあげていくことも重要です。
アマナ・市村:アマナも、企業のビジュアルアセット管理に関するサービスを提供していますが、AI時代に備えて、全社的に社内のビジュアル管理体制を敷く必要がありますね。
ーーほかに、依頼元の企業が機械学習用素材について気にされている点はありますか?
アマナイメージズ・望月:例えば、人物の素材データに関する人種の偏りなどが挙げられます。人物検出のAIとして人種によって検出精度が異なるとリスクにつながるので、キャスティングするモデルさんの幅広さも重要です。
アマナ・市村:アマナでも最近は、CGによる人物ビジュアル制作の相談が増えています。それを受けて、リアルな質感や動きを追求しつつ、肌の色、体型、衣装などを自由に変更できる「デジタルヒューマン」のサービスをリリースしました。グローバルに展開する企業のビジュアル制作を考えたときに、やはりダイバーシティの観点は非常に重要になる。各地域でそれぞれモデル撮影をしていたら大変ですし、人物CGはリアルなモデル撮影で発生する権利処理や契約業務から解放されるという観点からも、ニーズが高いと考えています。
アマナイメージズ・永井:クリエイティブの質と権利処理を両立するための知見やノウハウの需要は、今後ますます高まっていくと思います。トラブルリスクは常に存在しますが、業務に影響するレベルのノイズを生じさせないことが、企業コミュニケーションにおける安全・安心につながるということでしょう。
ーークリエイティブビジネスを担う立場から、AIサービスの台頭をどのように捉えていますか?
アマナ・市村:現状は、あくまで制作プロセスに活用するためのツールであると考えています。例えば、広告ビジュアルの企画をする際に、「こういう絵が欲しい」とか、「こんな世界観が欲しい」といったレファレンスを示すツールとしては、大いに活用できます。AIを使った3Dイメージの生成も、比較的、精度が上がってきているようなので、そのあたりの研究も進めています。しかし、最終的な企業広告などのアウトプットとして使うには、まだまだ難しいと感じます。
一方で、AIが、人間の固定観念による限界を超えた斬新なデザインを提示してくれる可能性を秘めていることは確かです。クリエイターとしては、画像生成のためのプロンプトを研究したり、生成されたビジュアルの中から目的に最適なものをセレクトする眼を養うことが重要ではないでしょうか。
アマナイメージズ・望月:画像生成AIの特性として「ランダム性」を排除することはできないので、それをどうクリエイティブにまで昇華するのかという点は、クリエイターの力が問われるところですね。
アマナ・市村:プロセスにうまく当てはまれば、AIをツールとして活用するクリエイターがこれからどんどん出てくると思いますね。将棋の世界において、AIで戦術を研究した若手の棋士が勝負のあり方を変えたように、AIネイティブの次世代クリエイターが業界を変えていく可能性もあると思います。そういった意味では、AIを組み込んだクリエイティブプロセスをいち早く体系化することが、今後クリエイティブカンパニーにとっての強みになっていくといえるでしょう。
SNSなどの普及により、どの企業にもコンテンツ力が求められる時代です。大量のコンテンツを制作・運用しながらコミュニケーションしていかなければなりません。アマナイメージズの機械学習分野における知見と、アマナのクリエイターやプランナー、プロデューサーの知見を掛け合わせながら、クライアント企業のビジュアルアセットづくりをサポートしていくようなことができるといいですよね。
ーーAIがクリエイターの仕事を奪うという見方もありますが、その点はいかがでしょうか?
アマナイメージズ・望月:19世紀に写真技術が発明された際、「写真は芸術の敵」と反発され、画家の仕事がなくなると叫ばれたことがありましたが、実際には今もなお共存し、写真家も画家もそれぞれのクリエイティビティを発揮しています。画像編集ツールやスマートフォンのカメラ機能などを使った作品も、テクノロジーとクリエイティブの掛け合わせにより新たな価値が生み出された例だと思います。いつの時代にも、人間が創造的であるということに変わりはないでしょう。
アマナ・市村:最近ではNFTのような仕組みで、デジタル作品の権利を詳らかにすることも可能になってきています。「クリエイターが企業のブランド力強化にどれだけ貢献したか」が可視化できるようになると、クリエイティブチームのあり方や構成も変わってくるかもしれません。
アマナイメージズ・永井:AIとの共存を見据えると、クリエイターが力を発揮するポイントが変化してきますね。クリエイティブにおける「自分の価値」がどこにあるのかを見つめ直す、良い機会になると思います。AI生成画像を色眼鏡で見ずに済む、よいものはよいといえる、安心・安全に利用できる環境を整えることが、クリエイターや企業の創造をサポートするアマナイメージズの役割であると考えます。
アマナイメージズ・平山:AIとクリエイターが「競争」して仕事を奪いあうのではなく、「共創」しながらクリエイティブの可能性を広げていく――。その土台をしっかり支えられる仕組みづくりを、我々としても進めていければと考えています。
アマナ・市村:「競争」でなく「共創」、いい表現ですね。AIによってクリエイティブ制作がラクになるというよりも、クリエイターにとっては大きなチャレンジの機会が生まれたと捉える方がいい。その共創のあり方を共に考えていけたら面白いと思います。
インタビュー・文:大谷和利
撮影:西浦乃安(amana)
AD:中村圭佑
編集:高橋沙織(amana)
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