食を通じて、社会課題に気づきを与える「場」を未来に繋げていきたい。編集者・曽根清子:Creators for Society③

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アマナには200人を超えるクリエイターが在籍しています。プランナー、フォトグラファー、ビデオグラファー、エディター、CGクリエイターなどさまざまな領域を担い、日々の仕事の中で企業や社会の課題に対してそのクリエイティビティを生かし、解決の道を模索しているのです。この連載では、アマナのクリエイターが1人ずつ登場。社会課題を解決するためにどのように動き、何を発信しようとしているのか、そのプロセスと思いを紹介します。

第3回に登場するのは、編集者の曽根清子(以下、曽根)です。2006年に月刊誌としてスタートした食のメディア『料理通信』(2021年からWebメディア)の編集長を務め、食材の作り手と使い手、食べ手を結ぶ媒体として、グルメ誌とは一線を画した発信をし続けてきました。食を通して感じた社会課題のこと、その解決にメディアはどのような役割を果たせるのか、曽根が見据えている未来について聞きました。

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曽根清子|Kiyoko Sone
『料理通信』編集長。2006年に食の月刊誌『料理通信』を仲間と共に創刊。副編集長を経て、2017年7月より編集長を務める。2021年1月雑誌を休刊。食べることに能動的に取り組む読者に向けて、これからの時代の「より良い食べ方」を探求するWebメディアとして活動を続ける。好物はバターと果物と変わり者。

食を通して三者を繋げるメディアの使命

——『料理通信』は、どんなメディアなのでしょうか?

曽根:私たちは創刊以来、「作り手(生産者)、使い手(料理人)、食べ手(生活者)を結ぶ」というミッションのもと、食の世界のさまざまなプロフェッショナルたちに光を当ててきました。どれだけおいしい料理を作っても、お客さんがいなければレストランは成り立ちませんし、丹精込めて育てた野菜も料理したり食べてくれる人がいないと作り続けることができません。食の世界が豊かであり続けるためには、三者が繋がっていることが大切なんです。だから、プロの世界に深く入り込んだ取材をするけれど、伝える相手は常に一般の方たちを意識してきました。プロが読んでもためになるし、一般の方が読んでも面白い。そんなメディアを目指しています。

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料理通信』のサイト。

曽根:「食で未来をつくる 食の未来を考える」というコンセプトは、2016年にWebを立ち上げた時に掲げたものです。「食」はもちろん、おいしくて楽しいものですが、それだけではありません。人間の営みの真ん中にあって、地域、経済、文化、自然環境といった領域と関わっている。「未来」や「社会課題」は、「食」を入口にすることで自分の日常とも繋がってきます。エンターテインメントに留まらない「食」が果たす役割を発信していくことが、『料理通信』の使命だと思っています。

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レシピや店ガイドにとどまらない、食の世界で活躍するプロフェッショナルたちをフィーチャー。

——いつ頃からそういった視点を持つようになったのですか?

曽根: どこに向かうべきなのか、その方向性が見えたのは2011年のアメリカ特集でした。当時、日本で話題になっていた店の共通項がアメリカだったことから、『店づくりの、ネタ本』と題し、ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンジェルスで勢いのあるお店を取材しました。

9.11から10年、復興に向かう上で飲食店の存在はとても大きかったようです。国は何もしてくれない、自分たちが動かなかったら何も変わらない。そんなマインドで逞しく立ち上がった彼らが目指したのは、「いかにサステナブルであるか」でした。身近で採れた食材を使う、地域のコミュニティを大切にする。ヒップスターたちが集うめちゃくちゃイケてるブルックリンのお店が、休日になるとスタッフ全員で郊外の農場に行き、シェフもタトゥーだらけのサービスパーソンも一緒になって畑仕事をするんです。若い世代が未来を考えた時、飲食店の在り方も変わろうとしている。私たちも表面的なことを話している場合じゃない。そんなふうに感じましたね。

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『料理通信』2011年10月号。

——アメリカではすでに「サステナブル」という方向に動き出していたんですね。

曽根:はい。でも、日本が後れを取っていたかというと、決してそうではないと思います。食べ物って口に入るものだし、土からできるものだからでしょうか、食の世界で働く人たちは、とても大事なことを知っていると、折に触れて感じてきました。

「一番好きなジャンルは何ですか?」と聞かれることもありますが、私は特定のジャンルというより、「人」に興味があるんですね。どんな経験や考え方からこんなに素晴らしい料理が生まれたんだろう、どんな工夫をしたらこんなにおいしい食材が育つだろう、どんなことをイメージしてこの素敵なお店を作り上げたんだろう……。その「人」が知りたい一心で、前のめりになって話を聞いていく。すると相手の方もふと、普段は口にしない思いや考えを聞かせてくれることがあります。その中に時々、本質をついた言葉があるんです。その人にしか語れない、普遍性のある言葉。そういった言葉に出会えるのが取材の醍醐味であり、この仕事を続けていく原動力にもなっています。でもここで満足してしまったら編集者ではありません。どう伝えるか、どうしたらより効果的に伝わるかを考えて、記事に落とし込んでいきます。

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地方の食文化に課題解決の糸口がある

——環境問題をはじめとするさまざまな社会課題は、食のメディアとしては扱いの難しいテーマでもあると思います。発信する上で、どんな工夫をしていますか?

曽根:Webを始めたことで扱えるトピックが広がり、社会課題についても取り上げやすくなりました。とはいえ、読む人がポジティブな気持ちにならなければ、次の行動には繋がらないし、そもそも最後まで記事を読んでもらうことはできません。そこをどう刺激するか、見せ方はとても難しいですね。

Webに移行してから始めた「サバイバルレシピ」という連載があります。人口爆発や気候変動の影響で、世界的な食糧危機の時代が来ると言われていますよね。限りある資源をどう食べて生きていくのか。日本各地に残る保存食や発酵食、郷土食にサバイバルテクニックを探るという企画です。酸味の強い野草をおいしく食べる知恵や、竹皮の抗菌作用を活かした携帯食など、毎回ユニークなものを紹介しています。

長野県の伊那市で今も行われている、「蜂追い」という蜂を採る伝統的な猟を取材した時のことです。郷土食である蜂の子の佃煮を作ってくれた地元のお母さんが大真面目に、「あぁ~今日は幼虫だけか。成虫が入るともっとまろ味が出ておいしいんだけどね」って呟いていて(笑)。今、昆虫食が話題になっていますが、日本では古くから重要なたんぱく源とされてきました。昔から続けてきたことが、一巡して新鮮なものとして私たちの目に映るわけです。そこに反応する若者たちも増えています。地方にはそういった知恵がまだまだたくさん眠っています。

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サバイバルレシピ」連載記事より。

——『料理通信』では、海外の情報と同じくらい、地方を取材した記事も多いですよね。地方に課題解決のヒントがあるのでしょうか?

曽根:この10年、食の世界で働く人たちの関心は地方に向かっています。新しい情報も地方からどんどん発信されています。もっと地方を知らなきゃいけないと、数年前に誌面で「ローカルトピックス」という連載を立ち上げ、ローカル誌の編集者の方たちに地元だからこそ拾える面白いネタを寄稿していただいたり。自治体のお仕事で地方へ取材に行く機会も増えました。

その中で感じるのが、昔からの慣習の多くは風前の灯火で、いつ消えてしまってもおかしくない。その前に何とかしなくちゃいけないと、動き始める人が少しずつ増えています。たとえば、作物の種を採って繋いでいくことも、その一つです。昔はどの農家さんでも普通にやっていたことですが、F1という栽培しやすく流通にのせやすい一代限りの種が主流となり、種採りをする農家は減ってしまいました。けれど、その土地固有の在来種は、種採りをやめたらそこで途絶えてしまう。

動き始めた人たちの背中を押しているのは、危機感が大きいのだと思います。誰かがやってくれると思っていたれど、誰もやってくれない。自分がやるしかないと思った時に、初めてその問題の当事者になる。一つひとつのアクションは点ですが、それを私たちが伝えていくことで線になったり、全く別の場所で動き始めた人の参考になるかもしれません。

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「食べる」ことに向き合う大切さを知る

——コロナ禍は食の世界にどんな変化をもたらしたと思いますか?

曽根:飲食店に与えた影響については言うまでもありません。「不要不急」「自粛」という言葉で正解のない難しい判断を迫られ、それぞれの店が何をすべきか、これからどうしていくべきか、悩み、考えていた。『料理通信』でも「未来のレストランへ」という連載を立ち上げ、その葛藤と歩みをお伝えしてきました。

一方、私を含めた都市部の生活者は、「食べる」ということに改めて向き合うきっかけになったと思います。緊急事態宣言が発出されてすぐ、スーパーで食料品が品薄になった時期がありましたよね。食べ物が手に入らないということが、こんなにも簡単に起きてしまう。「土に触れなくては」「作物を自分で育てなければ」と感じた人が少なからずいたようで、2020年には都市部の貸農園は軒並み満杯でした。

私自身は、ベランダでミニトマトとバジルを育てるくらいでしたが、毎日水やりをするだけでもいろいろな気づきがありました。「野菜って、水と太陽で育つんだな」とか。雨が降らない、暑すぎる、そういった天候の異常が毎日の食べることと繋がっている。食材がどう育つのか、知っているのといないのでは大きな違いがあると実感しました。

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2020年8月に連載を開始した「未来のレストランへ」。

——『料理通信』として、あるいは個人として、社会課題に今後どんなアプローチをしていきたいと思いますか?

曽根:まずは知ってもらうこと、だと思います。するとそこに気づきが生まれる。私たち自身も知ろうとしている最中です。取材で話を聞いて、海外や地方からの情報に触れて初めて、「それはまずいよね」と気づく。だから、「~すべき」を発信する立場ではありません。何をすべきかは、記事を読んでくださった一人ひとりが考えればいいことです。

私たちにできるのは、「場」を作ることだと思っています。国内外に点在しているさまざまなアクションやアイデアに出会える場。『料理通信』を見に行けば、何か気づきがあるかもしれない。そんなふうに訪れてもらえる「場」としてのメディアを、等身大で運営し、未来に繋げていきたいですね。


取材・文:北京子
編集:大橋智子(アマナ)
撮影:小原清(アマナ)
AD:中村圭佑
撮影協力:海岸スタジオ

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