世界最大規模のクリエイティビティの祭典「Cannes Lions International Festival of Creativity(カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル)」。広告やマーケティングにとどまらず、デザイン、テクノロジー、ビジネス変革など、幅広い領域における優れたクリエイティブが世界中から集まります。
2026年は92カ国から20,050件の作品がエントリー。AIを活用したクリエイティブが広がる中、AIを活用した制作技術を評価する「AI Craft」のサブカテゴリーも新たに設けられました。一方、受賞作品から見えてきたのは、テクノロジーそのものの新しさだけを競うのではなく、それを通じて人や社会、ブランドとの関係をどう変えるのかという視点です。
さらに、2026年に新設されたCreative Brand Lionsでは、優れたクリエイティブを継続的に生み出す企業の仕組みや文化、能力そのものが評価対象となりました。こうした新部門の登場や受賞作全体を見ると、クリエイティビティの領域は、一つの広告表現から、組織、商品、サービス、事業の仕組みへと広がっていることがうかがえます。
こうした変化の中、「優れたブランド体験」とは、どのようなものなのでしょうか。2026年の代表的な受賞作品を紹介するとともに、カンヌライオンズ全体から見えてきたクリエイティブの潮流を読み解きます。
受賞カテゴリー:Creative Brand Lions/Grand Prix受賞
広告主:AB InBev
2026年に新設されたCreative Brand Lionsで、初代Grand Prixに選ばれたのが、BudweiserやCoronaなどのビールブランドを世界各地で展開するAB InBevの「Creativity at Scale」です。
これは、一般的な意味での一つの広告キャンペーンではありません。評価されたのは、AB InBevが世界各地、複数のブランドで優れたクリエイティブを継続的に生み出すために構築してきた組織文化や仕組みそのものです。
同社は2018年以降、マーケティング組織の能力開発を進め、クリエイティブの開発や評価に用いる独自のフレームワーク「Creative X」などを通じて、企画や評価のプロセス、社内の共通言語を整備してきました。約2,400人のマーケターやリーダーを対象としたトレーニングに加え、外部の専門家が定期的にクリエイティブを評価する仕組みも運用しています。
優れたアイデアを偶発的に生み出すのではなく、クリエイティビティを繰り返し発揮できる企業能力にする。「優れたクリエイティブが生まれ続ける環境」をつくった点が、この取り組みの大きな特徴です。
出典:https://www.thestable.com.au/cannes-lions-ab-inbev-is-the-inaugural-winner-in-creative-brand/
受賞カテゴリー:Creative B2B Lions/Grand Prix受賞
広告主:SKF
出典:@LLLLITL/SKF – The Faroe Island Space Program
Creative B2B LionsのGrand Prixに選ばれたのが、ベアリングをはじめとする産業機器を手掛けるSKFの「The Faroe Islands Space Program」です。専門性の高いBtoB技術を、壮大な物語へと翻訳しました。
SKFは、潮流を利用した海洋エネルギー技術を開発するMinestoと協業しています。この技術の源となる潮流は、月の引力によって生まれます。そこで、「人類は宇宙まで行かなくても、地球上ですでに月のエネルギーを利用できる」という発想から、フェロー諸島で進められる潮流発電の取り組みを「地球を離れない宇宙計画」として打ち出しました。
一般的な産業機器の広告であれば、性能や耐久性などのスペックを中心に説明するところ、本作は「月の力でエネルギー問題に挑む」という物語を構築。実在する技術協業をベースに、映像やソーシャルメディア、記事などへ展開しました。
難しい技術を単純化するのではなく、その技術が社会にどのような意味を持つのかを、誰もが理解し、語りたくなる世界観へ変換する。専門的な技術を扱うBtoB企業にも、新たなブランドコミュニケーションの可能性があることを示した事例です。
受賞カテゴリー:Innovation Lions/Grand Prix受賞
広告主:adidas
出典:@LLLLITL/adidas – Supernova Adaptive
Innovation LionsのGrand Prixを受賞したadidasの「Supernova Adaptive」。実際の商品名は「Supernova Rise 3 Adaptive」で、障害のある人を含む多様なアスリートとともに開発されたパフォーマンスランニングシューズです。
開発のきっかけの一つとなったのが、ダウン症のある人として初めてトライアスロンのIronmanを完走したChris Nikicとのパートナーシップでした。既存のシューズでは足に痛みや靴擦れが生じるという課題を起点に、adidasはインクルーシブな商品開発を支援するGAMUT Managementと協業。当事者へのヒアリングや製品テストを重ねました。
完成した商品には、足を入れやすいヒール構造、圧迫を抑えるシューレース、触覚で認識しやすい要素、調整しやすいマグネット式トグルなど、実際の利用者の声を反映した機能が盛り込まれています。
インクルーシビリティについて広告で語るのではなく、当事者を開発プロセスの中心に置き、使う人の体験そのものを商品によって変える。2026年のInnovation Lionsでは、アイデアや試作品の可能性を示すだけでなく、実際に社会へ実装し、変化を生み出すことが重視されました。こうした考え方を象徴する取り組みです。
受賞カテゴリー:Health & Wellness Lions/Grand Prix受賞
広告主:The Ordinary
出典:@Deciem/Introducing The Periodic Fable™
Health & Wellness LionsのGrand Prixに選ばれたのが、成分や価格、科学的根拠の透明性を重視するスキンケアブランドThe Ordinaryの「The Periodic Fable」です。美容業界で当たり前のように使われている言葉そのものに目を向けました。
The Ordinaryは、科学者とともに、科学的・規制上の根拠がないとして選定した49の美容マーケティング用語を、あたかも化学元素であるかのように整理。「Medical Grade」などの言葉を並べた架空の元素周期表をつくりました。
さらに、無機質な教室で人々が「元素」を暗唱しながら、SNSで流行するスキンケアのルーティンを繰り返す映像や、屋外広告(OOH)、Webなどへ展開。美容業界にあふれる、科学的に聞こえる表現や過剰なトレンドを批評しました。
特徴的なのは、自社商品の優位性を直接アピールするのではなく、業界そのものに問いを投げかけたことです。「科学」や「透明性」を重視してきたThe Ordinaryだからこそできる行動を通じて、ブランドの立場を鮮明にしています。ブランド体験とは商品を使う瞬間だけでなく、「そのブランドが世の中をどう見ているのか」に触れることでもあると示した作品です。
受賞カテゴリー:Brand Experience & Activation Lions/Grand Prix受賞
広告主:Columbia Sportswear
出典:@LLLLITL/Columbia – Expedition Impossible
Brand Experience & Activation LionsのGrand Prixを受賞したのが、米国発のアウトドアブランドColumbia Sportswearによる「Expedition Impossible」です。仕掛けたのは、「地球が平らだと証明できた人に会社をプレゼントする」という大胆なチャレンジでした。
地球平面説を信じる人々に対し、「地球の端」まで行き、その存在を証明するよう呼びかけました。ローンチ映像にはCEOのTim Boyleが出演。その後、ソーシャルメディアやYouTube、Redditに加え、地球平面説に関するブログやフォーラムにも入り込み、議論の当事者たちに直接挑戦を投げかけました。
Columbia Sportswearは、この挑戦を「地球の端を探しに行く探検」に見立てることで、自社が持つアウトドアブランドとしての冒険精神とも結び付けています。
興味深いのは、体験型広告でありながら、大規模なイベントや特別な施設を用意していないことです。人々が反応し、議論し、挑戦するプロセスそのものをブランド体験へ変えました。生活者を広告の「受け手」ではなく、アイデアを成立させる「参加者」にした点が、高く評価された理由の一つです。
2026年のカンヌライオンズを振り返るうえで、AIをはじめとするテクノロジーの存在は無視できません。しかし、受賞作全体を見ると、「AIを使ったこと」だけがクリエイティブの価値になる時代はすでに過ぎつつあるように見えます。
その視点から2026年の受賞作を見ていくと、「優れたブランド体験」の意味そのものが広がっていることが分かります。
これまでブランド体験という言葉は、店舗やイベント、Webサイトなど、生活者との接点をどう設計するかという文脈で語られることが多くありました。
2026年は、その範囲がさらに企業活動そのものへと広がっています。
象徴的なのが、新設されたCreative Brand Lionsです。同部門が評価するのは、一つの優れた広告ではなく、それを継続的に生み出すために企業が持つ仕組みや文化、能力です。また、事業変革や広告効果を評価する部門でも、商品やサービス、事業の仕組みそのものに踏み込んだ取り組みが評価されています。
生活者がブランドに抱く印象は、広告だけでつくられるものではありません。どのような商品を生み出すのか。どのようなサービスを提供するのか。社会の課題に対して、どのような行動を取るのか。その一つ一つがブランドを形づくります。
2026年の受賞作から見えてくるのは、「ブランドが何を語るか」だけではなく、「ブランドがどう行動・振る舞うか」そのものが体験になるという変化です。
もう一つの特徴は、アイデアを提示するだけでなく、実際の変化につなげるクリエイティブが評価されていることです。
2026年のInnovation Lionsでは、アイデアや技術の可能性を示すだけでなく、それを実際に社会へ実装し、どのような変化を生み出したのかを重視する考え方が示されました。優れた技術やアイデアがあることを証明するだけではなく、それによって誰の体験が、どのように変わったのかが問われています。
この傾向はInnovationに限りません。2026年の受賞作には、商品を変える、契約内容を変える、これまで廃棄されていたものに新たな流通の仕組みをつくるなど、広告の外側にある仕組みそのものへ働きかけるものが見られました。
社会課題について「語る」だけでなく、自社が持つ商品やサービス、事業を通じて実際の変化をつくる。クリエイティビティは表現を生み出す力から、変化を実装する力へと、その役割を広げています。
ブランドと生活者の関係にも変化が見られます。
ブランド側が完成された広告や体験を提供し、生活者がそれを受け取る。そうした一方向の構造ではなく、生活者が参加し、選択し、反応することで初めて完成するクリエイティブが存在感を増しています。
Columbia Sportswearの事例はその象徴ですが、この傾向は体験型広告の部門だけにとどまりません。メディアや購買体験を扱う部門でも、広告、商品、購入までの導線、個々の生活者に合わせた情報提供などを横断しながら、生活者の行動自体を体験に組み込む試みが見られました。
重要なのは、単に「参加型キャンペーン」を実施することではありません。人が参加したくなる理由をつくり、その行動によってブランドとの関係が変化するところまで設計することです。
こうして見ると、2026年のカンヌライオンズが示した「優れたブランド体験」とは、派手なイベントや先進的なテクノロジーだけを意味するものではありません。組織、商品、サービス、コミュニケーションを通じて、ブランドが一貫してどのように振る舞い、人や社会にどんな変化を生み出すのか。その総体を設計することが、これからのブランド体験に求められているのではないでしょうか。
「自社らしいブランド体験をつくりたい」と考えても、何から始めればよいのか分からないという企業は少なくありません。
ブランドとして伝えたい価値はあっても、それをどのような接点で、どのような体験や表現として届けるのか。広告、商品、Web、映像などの施策が個別に進めば、それぞれのクオリティーは高くても、ブランドとしての体験が分断されてしまうこともあります。
重要なのは、まず自社が大切にする価値や目指す姿を整理し、そこから生活者との接点やクリエイティブを一貫して考えることです。
アマナでは、社内外への調査や企業ビジョンの掘り起こし、社員を巻き込んだワークショップなどを通じてブランド戦略を描き、クリエイティブの力でブランドの世界観を形にする「ブランディング」を支援しています。
また、ブランドの価値や世界観を、人の感情を動かす表現として届けるうえで、映像も重要な接点の一つです。TVCMやWeb動画、企業紹介映像など、目的や届けたい相手に合わせた「TVCM/ムービー撮影」にも対応しています。
2026年のカンヌライオンズが示したように、ブランド体験は一つの広告やキャンペーンだけで完成するものではありません。自社が大切にする価値を明確にし、それをどのような行動、接点、表現として一貫して届けていくのか。ブランドと人との関係を改めて設計することが、これからのクリエイティブの出発点になりそうです。
アマナのサービス
プランニング&デザイン/ブランディング
ビジュアル/TVCM -ムービー撮影
文:小林拓美
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