vol.74
amana × STYLUS 2022年コミュニケーショントレンド予測
コミュニケーション変革をクリエイティブで実現するアマナが、世界中のさまざまなマーケットの潮流をリサーチし、イノベーションアドバイザリーを行うスタイラスと、トークイベントを開催。2022年に予測されるあらたなビジネス&クリエイティブトレンドをひも解き、これからのデジタルクリエイティブ表現のひとつの行き先を示すような内容となりました。
第二部では、アマナFIGLABメンバーの横山徹が登壇。ファシリテーターの佐藤勇太を中心に、スタイラス秋元陸さんと、目覚ましいテクノロジーの進化において、求められている表現や、予想されるさらなる進化についてトークしていきます。
佐藤勇太(以下、佐藤):続きまして第二部は「Technology drives Experience」、テクノロジーが進化させる体験をテーマにお話を進めていきます。日々の生活のなかで技術の進歩に驚かされることは多々ありますが、実はわれわれが思っている以上に、テクノロジーは進化しています。今回は、最新の技術を積極果敢に取り入れ、新しいコミュニケーションを実現している企業やブランドをご紹介していきます。なかでも「XR」「デジタルダブル」の2つをキーワードに、コミュニケーションの最新動向を見ていきたいと思います。
横山 徹
横山 徹(以下、横山):まずは言葉の説明からしていきたいと思います。XRの「X」には3つのアルファベットが入ります。つまり「AR(Augmented Reality / 拡張現実)」「VR(Virtual Reality / 仮想現実)」「MR(Mixed Reality / 複合現実)」の3つの総称がXRということになります。
ARは現実にデジタル情報を追加することで、文字通り拡張されたリアルを体験するものです。ですので、あくまで主体は現実世界にあります。一方、VRでは主体は完全にバーチャルな世界のなかにあります。ヘッドセットを通してみる景色は全てCGや360度カメラの映像ですし、その景色は顔や体の動きに同期して動きます。MRはARとVRの折衷的な様式で、仮想世界と融合した現実世界を体験するものです。ここではシースルーレンズにセンサーを内蔵した特殊なヘッドセットを使います。現実世界の形や位置をセンサーが認識して、そこに仮想現実の情報を付加できるんです。MRを使うと、例えばSF映画とかでよくある「半透明のインターフェイスに触れて操作する」みたいなことが可能になります。
佐藤:XRはビジネスシーンでも注目を集めているわけですが、そのあたりの定量的な分析を秋元さんからご紹介いただけますか?
秋元 陸(以下、秋元):はい。XRに関連する技術は国内外のさまざまな企業やブランドが大注目しています。とはいえ「それって本当?」「ビジネスとして検討に値するの?」と思われる方もいらっしゃると思うので、そのあたりを実際のデータを示しながら解説していきたいと思います。
まずデータから言えることは「日本人はXRが好き」ということです。日本の10−20代で「AR体験に興味がある」と回答したのは73%と、世界平均より10ptほど高いスコアが出ています。また、同じくグローバルな別の調査では「バーチャルインフルエンサーは通常のインフルエンサーよりエンゲージメント率が高い」という結果も出ています。このような調査結果なども参考にされていると思うのですが、2021年から2025年にかけて日本のXR市場規模は「6.1千億円から1.1兆円」に成長すると予測されています。
佐藤:昨今「メタバース」という言葉も広く聞かれるようになりました。そういったものも、ここに入ってくると?
秋元:そうですね。
横山:メタバースは、ごく簡単に言えば「プラットフォーム」に相当する概念ですね。仮想空間に表現された「世界」そのものを指す言葉です。例えば、ARとしてのメタバースは「Pokemon Go」を想像していただけるとわかりやすいと思います。おそらく、より想像しやすいのはVRのほうかもしれませんね。「FORTNITE」に代表されるような、360度すべて人工的にデザインされた「別の世界」がメタバースと呼ばれるものです。
メタバース=プラットフォームには、たくさんの種類があります。例えばいま挙げた「FORTNITE」のほかにも「Final Fantasy XIV」「あつまれどうぶつの森」など、さまざまなサービスが提供されています。特に「FORTNITE」はユーザー数3.5億人をほこる最大のプラットフォームになっていて、最近ではグッチやバレンシアガが参入するほど、商業的なフィールドとしても注目され始めています。
秋元:ここからは動画をお見せしながら話を進めていきます。XRを使ってどんな体験が可能になるのか、イメージを共有できればと思います。
まずはARです。女性がメガネ型のヘッドセットをかけると、その場がECサイトに早変わりしていますね。自分の周囲に商品の情報が表示され、それらを選択することでさらに詳細な情報を見ることができます。いわば「AR×購買体験」と言ったところでしょうか。
次にお見せするのはMRの体験イメージです。これはマイクロソフト社が開発しているビデオ会議ツールのコンセプト映像になります。ARだと現実世界にユーザーは一人ですが、MRだと複数のユーザーで情報を共有することが可能になってきます。先にも触れたセンサリング技術によって、遠隔地にいる複数の人たちがひとつのビジュアルを参照・編集や作成することができます。例えば試作品のようなものがテーブル上にあって、複数人でそれを持ち上げたり動かしたりしながら議論ができる、といった状況をイメージしてもらえるとよいかなと。
最後にお見せするのはVRの体験イメージです。ヘッドセットをつけると、360度の仮想現実に没入することができます。振り向いた先に、ニューヨークのメイシーズが見えますね。「今日はメイシーズで買い物をするぞ」となれば、そこを選択する。すると突然横にガイド役のおじさんが現れて、ニューヨークの街中を車でメイシーズまで送り届けてくれます。ARと違うのは、主体が自分の部屋ではなく仮想空間にある点ですね。メイシーズに入るとデパートの空間が広がっていて、コンシェルジュに話しかければ売り場を案内してくれます。通常のECサイトにおける購買体験と大きく異なるのは、奥行き感があることでセレンディピティが生まれるということですね。「バッグを探しに来たけれど、奥に見えるあの靴が気になる」といったリアルさながらの体験ができるというわけです。ポップアップで表示される商品情報には、例えば口コミなどをリンクさせることも出来るので、通常のデパートではできないような購買体験を実現することができます。
佐藤:没入感を高めるにはヘッドセットは重要なファクターになってくるわけですが、そのあたりの事情ってどうなんですか?
佐藤勇太
横山:XRにおいて基幹的なハードウェアのひとつであるヘッドセットなんですが、実はまだまだ発展途上にあります。やはりデカくて重いので、没入感を得る障害になっているというのが正直なところですね。ヘッドセット市場のピークは2017年でして、以降はやや衰退気味です。国内では富士通が参入しましたが現在は生産を終了してしまいました。結局生き残ったのはマイクロソフト、マジックリープ、レノヴォなど少数の企業だけです。
これはFIGLABが手がけたプロトタイプの事例です。これはパススルー型のレンズを装着するMRで、グーグルマップの3Dビジュアル版といったところです。目的地までの移動経路を、目前の現実に重ねて表示しているという感じですね。
佐藤:このプロトタイピングはソフトバンクさんからオファーを受けていますよね。企業側としては、どんな目的があってプロトタイピングを進めたんでしょうか?
横山:ソフトバンクさんをはじめ、通信会社各社はヘッドセットなどへの投資を積極的におこなっていますね。今後、5Gが加速してデータの流通量が増えることで、コンテンツの多様化が進みます。そうなると、次のプラットフォーム=メタバースが覇権を握ることになるだろうと予想されています。ですので、いまから事前にプロトタイピングを進めて技術や知見を蓄積し、来るべきコンテンツに還元しようというのが各社の見通しだと思います。
佐藤:なるほど。近い将来、仰々しいヘッドセットがサングラスのようにカジュアルになり、XRが一般化する社会が来る。いまXR事業に参入している企業は、そういう未来を想定しているというわけですね。仮想世界が私たちの生活圏になる日もそう遠くないわけですが、そうなってくるとメタバースにある「もうひとつの身体」というものにも注目が集まりますよね。
秋元陸さん
秋元:そうですね。ここからは「デジタルツイン」と「デジタルダブル」という2つのキーワードについてお話ししていきます。簡単に言えば、前者は現実世界をデジタルで忠実に再現したコピーのことで、後者は仮想現実内にいる「もう一人の自分」を指す概念です。
デジタルダブルに関して言えば、必ずしも現実の自分に忠実である必要はありません。男性である必要もないし、アジア人である必要も、大人である必要もない。つまり「なりたい自分になれる」というのがおもしろいところです。また、メタバースにおけるデジタルダブルを使ったコミュニケーションでは、外見だけでなく言葉の壁も越えることも期待されています。今後リアルタイム翻訳の機能が実装されれば、共通の趣味をもった異文化の人々と容易に交流できるようになるわけです。
横山:一方、デジタルツインは、現実のコピーにリアルタイムで情報を反映していくことに主眼が置かれます。ソフトウェアによって分析と最適化する仕組みと言っても良いでしょう。例えば、ロボットアームを稼働させている工場があったとします。この工場のデジタルツインがソフトウェア内にあり、なおかつIoTによって現実世界と仮想世界が同期されている状態を想像してみてください。管理者やエンジニアはデジタルツインをデバイス越しに見ることで、いつでも工場内を「見る」ことができます。また、現実の工場とツインはまったく同じ環境なので、ソフトウェア上で稼働率を分析しラインを最適化することも可能です。
他方、デジタルツインを人間に適応すると「バーチャルヒューマン」と呼ばれる、現実の身体に忠実な複製になります。複数のカメラによって全方位撮影したデータから人物像を構築するフォトグラメトリーという技術によって、本物そっくりの3Dモデルを作ることが可能です。モデルを使ってシミュレーションをすることも出来るし、AIや機械学習との組み合わせで自律するコピーを作ることもできます。
秋元:まもなく「Web 3.0」といわれる時代が到来し、2025年には世界人口の1/3を5Gネットワークがカバーするといわれています。ここまでお話ししたテクノロジーが数年後にはポピュラーになっているということも十分考えられるわけです。そのような情勢のなか、企業として、ブランドとしていったい何が出来るのか。どう社会に貢献できるのかということは考えられてよいでしょう。
新しいテクノロジーだから取り入れなければならないというわけではありません。今までやりたくてもできなかったことが、テクノロジーの進歩によってできるようになる。そう考えるよう促しているのは、Yahoo Creative Studioのディレクター、サム・フィールドです。彼の「brands are trying to find out: what’s our role in this new world」というメッセージは非常に示唆的です。テクノロジーが一般化した未来において、自分たちは何ができるのか考えることこそ重要です。メタバースが来るからメタバースに適応するという話ではなく、それを消費者が利用する社会において「自分たちが果たせる役割とは何だろう」と問う必要が出てきたということですね。