価値あるパーパスと出会うために
「知のセレンディピティ」を起こすインプットの重要性

vol.78

企業競争力を高める「知のセレンディピティ」を起こすインプットの重要性

Text by Mitsuhiro Wakayama
Photograph by Ayumi Okubo

企業の競争力を高めるために欠かせない、発想力。新しい発想を得るには、的確なコミュニケーションをとり、最新情報のインプットを増やすことが重要です。インプットした情報は、どう脳機能に影響し、新たな創造やアイデア創出へと繋がっていくのか。脳科学者の茂木健一郎さんと、業界問わず世界中のあらゆるイノベーション、トレンド、ビジネスコンセプト、マーケティング事例を収集しているイノベーション・アドバイザリーファームSTYLUSの秋元陸さんが登壇。アマナでデジタルマーケティング領域を担当する佐藤勇太がファシリテーターを務め、企業競争力を高めるための発想を生み出すインプットと脳の関係について語りました。
※本イベントはアマナの『deepLIVE™️』スタジオからリアルタイムで配信を行いました。
イベント開催日:2022年5月25日(水)
テーマ:企業競争力を高める「知のセレンディピティ」を起こすインプットの重要性

佐藤勇太(アマナ/以下、佐藤):不確実性が増す昨今、進化・変化・イノベーションという言葉が盛んに叫ばれるようになってきました。これに対して私たちはインプットの重要性、あるいはインプットの過程で起こる「セレンディピティ(偶然の産物)」というものに着目すべきだと考えています。今日はゲストに脳科学者の茂木先生をお迎えし、これらについて科学的な視点から語っていただきたいと思います。ではさっそく茂木先生にお伺いしたいのですが、発想や思考において、なぜセレンディピティが必要なのでしょうか?

20220525_amanalive_1_1.jpg(左から)ファシリテーターを務めるアマナの佐藤勇太、脳科学者の茂木健一郎さん、スタイラスジャパンの秋元陸さん。

茂木健一郎(以下、茂木):いまの日本経済の最大の課題は「いかに付加価値をつくるか」ということだと思います。付加価値はどこから生まれてくるのかと言えば、脳の前頭葉です。前頭葉はさまざまな情報の統合に加え、選択や意思決定をつかさどる部位です。ここから創造的なアイデアを生み出すには偶然の出会い、つまりセレンディピティが必要なんです。今日のトークではセレンディピティの重要性が語られていくと思いますが、それはざっくりいえば「日本社会の前頭葉になってください」と言われているのと同じだと思ってください。

セレンディピティは滅多に起こらない、だからこそ……

茂木:最近、企業経営において重要なのはパーパスだなんて言われていますが、そのパーパスを生み出すのはセレンディピティなんですよね。今年、江崎グリコが100周年を迎えました。創業者の江崎利一は「廃棄される牡蠣の煮汁に多量のグリコーゲンが含まれているのではないか」というひらめきから、お菓子のグリコを作ったと言われています。他にもアーモンドチョコレートというフォーマットは興味深いですね。これは戦後になって開発された商品ですが、きっかけは創業者がアメリカ産業視察団として渡米した際、ニューヨークやシカゴでアーモンドに出会ったことらしいです。何が言いたいかといえば、100年を超える企業でも奇跡的な発見・発明って2、3回しか経験してないということなんです。

ニュートンが万有引力の法則を発見した1666年をアヌス・ミラビリス(驚異の年)と言ったりしますが、じつは彼、この年に複数の偉大な発見をしていて、この年の業績だけで一生食い繫いだと言っても過言ではないんです。よくニュートンは「リンゴが落ちるのを見て万有引力を想起した」と言われていますよね。価値あるパーパスを発見するには、こうした滅多に起こらない物事にいかに出会うかが重要です。しかし、そのような大きなセレンディピティはごくたまにしか起こらない。秋元さんはいかがですか? セレンディピティを経験することってありますか?

20220525_amanalive_1_2.jpg会場となった『deepLIVE™️』配信スタジオにて。茂木健一郎さん。

秋元陸(スタイラスジャパン/以下、秋元):職業柄、海外の人々とコミュニケーションをとることが多いので、文化や価値観の違いから新しい発見をすることは多いですね。また、私たちスタイラスが提供しているサービスは、まさにセレンディピティのためのものだと言えます。例えば、食のトレンドを美容業界の人に紹介すると思わぬリアクションやアイデアが返ってきたり。「そことこれがつながるんだ!」っていうおもしろさは、まさにセレンディピティなんじゃないかと。

20220525_amanalive_1_3.jpg会場となった『deepLIVE™️』配信スタジオにて。左から、茂木健一郎さん、秋元陸さん。

茂木:セレンディピティには3つの要素が関わってると言われています。それが「アクション(Action)」「アウェアネス(Awareness)」「アクセプタンス(Acceptance)」の3つの「A」です。つまり、セレンディピティを可能にするのは行動すること、気づくこと、受け入れることだということです。場合によっては、三番目の受け入れることが難しく感じることもあるでしょう。大きなセレンディピティはたいてい価値観の変容を求めてくるものです。ですから、今までの生き方やビジネスの仕方とはまったく違ったものと相対したとき、その異質さを受容できるか否かが問われます。

「感情のタグ付け」と「シェア」

秋元:私たちは日々さまざまなものごとと出会っているわけですが、そういう出会いは記憶には残らないものなのでしょうか?

茂木:そうですね。日々われわれが受け取っているデータのなかで、脳が処理できるのは100 bit/sくらいだと言われています。それくらいの情報しか、まず意識には上らない。さらに、記憶に残るのはそのうちのほんの一部に過ぎないんです。秋元さんがおっしゃるように、みなさんは毎日すごい量のセレンディピティの種に出会っているはずなんですが、そのほとんどを取り逃がしている可能性が高い。

佐藤:それを取り逃がさないためには、どうすればいいんですか?

茂木:僕が勧めているのは「感情のタグ付け」です。感情が動いたとき、何かがそこにある。もし自分の感情が動いたものごとに出会ったなら、そこで立ち止まってじっくりそれと付き合ってほしいですね。

佐藤:「付き合う」というのは具体的にどういう行動を指すのでしょうか?

茂木:「シェアすること」ですね。SNSに書き込むとか。そうすると他の人がそのことを文脈付けしてくれることがあるんです。例えば、自分が気になったビジュアルをシェアしたら、別の誰かがその背景にあるストーリーを教えてくれたりね。「スモールワールドネットワーク」じゃないですが、おそらく森羅万象は、自分たちの想像以上に近くでリンクしているのかもしれません。物事に紐付いているリンクをほんの少し遡るだけで、信じられないほど遠くにいけることだってあるんです。

現代社会でいうところの「頭がいい」は、コンバージェント・シンキング(収束的思考)とほぼ同義です。カッコの穴埋め問題がうまくできるか、言い換えれば、ある条件において合理的に正解にたどり着ける能力を従来の教育・社会は求めてきました。しかし、昨今クリエイティブシンキングと呼ばれるのは概ねダイバージェント・シンキング(拡散的思考)であって、コンバージェント・シンキングとは真逆のものです。特にビジネスの現場では拡散的な思考こそ重要です。

20220525_amanalive_1_4.jpg会場となった『deepLIVE™️』配信スタジオにて。ファシリテーターの佐藤勇太。

佐藤:ダイバージェント・シンキングを育むコツってありますか?

茂木:秋元さんはどうしてますか?

秋元:先ほどのお話にもあったように、気になったことは調べてみるとか、ソースデータにあたってみるとか、自分なりに深掘りをしてみるということですね。そういう癖をつけるとインプットの量や質がだいぶ変わった実感があります。

茂木:それがインサイトなんでしょうね。ダイバージェント・シンキングというと際限なく拡散していくような気がするんだけど、じつはそうではない。各要素から共通点を見出し、同質のものとして大きく捉えることも可能であって、それはコンバージェント・シンキングのなせる技です。両者を呼吸するように行ったり来たりすることが大事なんでしょうね。

イノベーションの種を育む組織の風土

佐藤:セレンディピティが起きたとき、私たちの脳内では何が起こっているのでしょうか?

茂木:まず感情の中枢である扁桃体、それから報酬系とよばれる神経回路が活発に働き、前頭葉から大脳基底核までの回路が反応して線条体からドーパミンが放出されます。かつてケインズは、人間にはアニマルスピリッツが備わっていると言いました。要するに、人間は何もしないよりは何かしたがると。「知のセレンディピティ」が起きたときって、なぜかわからないけど動きたくなるんですよ。そういうときありません?

秋元:たしかに。伝えたいとか、この体験や知見を残しておきたいってなりますね。

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茂木:伝えたいというのは、まさにアニマルスピリッツですね。よく考えたら、それを伝えていいのかもわからないし、伝えて何になるかもわからない。でも「伝えたい!」となってしまう。これは面白いことですよね。「意識はなぜ生まれるのか」という研究においては、意識には「人と情報をシェアする」という重要な役割があると考えられています。人間にはそういう本能があるってことなんですかね。

秋元:なるほど。そうなると「シェアを勧める」って有意義なやり方かもしれませんね。僕たちスタイラスは、企業にビジネスに役立つ情報をインストールするのがミッションなのですが、眼を輝かせて話を聴いてくれる人、僕らを質問攻めにしてくる人に毎日のように出会います(笑)。茂木さんがおっしゃるように、そういう方々は脳内でドーパミンがあふれ、アニマルスピリッツに突き動かされているんでしょう。ただ、彼らはそういう抑えきれない情動をどこにぶつけていいかはわからない。そこで「シェアしてみてください」「誰かと話してみてください」と促すのは良い提案なのかもしれません。

佐藤:個人に起こったセレンディピティを組織に活用することは可能なんでしょうか?

茂木:スタイラスが企業にインストールしているような「イノベーションの種」みたいなものがありますよね。これを活かせるかどうかは企業の体質にかかっています。重要なのは、その企業が普段から研究や工夫を怠らない組織であるかどうかです。当たり前ですが、創意工夫の文化がない砂漠状態の風土に種を蒔いても、何にもならないですよね。

佐藤:なるほど。良質なインプットがあったとしても、それを活かすには柔軟な企業文化が不可欠だと。逆に言えば、ビジネスを創造するチャンスは「良質なインプット」と「創意工夫の文化」にあるということですね。

秋元:そうですね。とはいえ、世の中の流れは思っているより遥かに速く、捉えがたいものです。また一方で、風が吹けば桶屋が儲かる的な話は、実はいたるところに転がっていたりします。僕らはこの「捉えがたいこと、未知のものごと」を企業のみなさんにご提供しつつ、ビジネス創造の伴走をしているといった感じです。

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茂木:いいですね。拝見するにスタイラスが提供する情報はたいへん良質で、興味深いことばかりでした。英国ベースの会社ということもあって、日本の企業にとってはいい刺激になるはずですよ。特にスタイラスのインサイトを支える「グローバルなバリュージャッジメントの文法」は多くの企業が学ぶべきことだと思いますね。

ときに、おふたりはイーロン・マスクの「クレバー/フーリッシュ・マトリクス」ってご存知ですか? これは彼が選択するときに使う座標軸なんですが、とてもユニークなんです。まず座標の縦軸に「他人から見てフーリッシュ/クレバー」、横軸に「自分から見てフーリッシュ/クレバー」という尺度を当てはめます。彼が新規事業を構想する際、参入するのは「他人から見てフーリッシュ/自分から見てクレバー」のエリアにプロットされた事業なんですね。

ロケットのブースター回収にせよ、テスラの電気自動車にせよ、彼が成功させたことは確かに「当初は他人からバカにされていたこと」ばかりでした。しかし、他人が「バカげている」と一顧だにしなかったものごとを、イーロン・マスクは考え抜くわけです。そしてそれが合理的だ/クレバーな解を思いついたとなれば、他人からどう思われようが関係なく実行する。他方「他人から見てクレバー/自分から見てクレバー」なエリアに新規参入しても、それでは過当競争になってしまい有望なビジネスにはならないわけです。ビジネスの創造には「他人からバカにされるようなことを考え抜いてやろう」というモチベーションが大事だと思うんですが、秋元さんはそういう場面に出くわすことはありますか?

20220525_amanalive_1_7.jpg会場となった『deepLIVE™️』配信スタジオにて。

秋元:ありますね。それこそまったく関係ない事業への進出って、そういう議論から始まることが多いですよ。

佐藤:おふたりとも、今日はありがとうございました。ここまで「インプットの重要性」「セレンディピティの重要性」、さらにはそこから得た知見をアウトプットするときのティップスに至るまで、さまざまな興味深いお話を伺ってきました。茂木さんのお話にもあったように、セレンディピティは100年に2、3回あるかないかの稀有な出会いです。その出会いに欠かせないのが「3つのA」でした。「良質なインプットはどうすれば可能か」と問い、行動することが、価値あるビジネスパーパスを発見するための第一歩だということですね。

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