vol.120
バーチャル空間におけるUI/UXの考え方 ~豊かなユーザー体験を実現する、デジタルコンテンツ活用~
通信技術や3D技術の発展により、バーチャルにおいても、現実世界を拡張するような豊かな体験が提供できるようになってきました。ここ数年で「バーチャル〇〇」と名の付くサービスや取り組みは増えたものの、中には「バーチャルで実施すること」が目的になってしまい、ユーザーとしてあまり使いたいとは思えないものも出てきています。
本セミナーでは、企業のバーチャル空間活用施策において重要な体験価値の構築について、アマナのアートディレクター・山本裕也とUXディレクター・金本祐太郎が事例を交えながら解説しました。ファシリテーターは、アマナのプロデューサー・鈴木優太が務めました。
鈴木優太(アマナ/以下、鈴木):本日は、バーチャル空間の活用で企業はどんな体験価値が提供できるのか、また、バーチャル空間における体験価値を最大化させるUI/UXについて、戦略と設計の側面から解説していきたいと思います。金本さんよろしくお願いします。
金本祐太郎(アマナ/以下、金本):はい。私からはバーチャル空間を活用した体験価値について話したいと思います。はじめにお伝えしておくと、今回は、アバターを介したコミュニティ形成という観点に主軸が置かれたメタバースについてのお話ではありません。本日はバーチャル化空間を活用したデジタルコンテンツでどんな体験活動が作り出せるのか、UI/UXの考え方などを中心に話していきます。
バーチャル空間とは、デジタル技術を駆使して制作する仮想空間のことを指しています。パソコンやスマートフォン等のデバイスからオンラインで参加することができる空間という考え方です。
通信技術や3Dの発展により、バーチャル空間を活用したビジネススキームの構築、顧客とのコミュニケーションの創出、といった新たな体験価値の提供が可能になりました。さらにはコロナ禍もあいまって、この数年で「バーチャル◯◯」と名の付くサービスや取り組みが一気に増えたように思います。しかし、中にはバーチャルで実施すること自体が目的になってしまっていて、ユーザーがおいてけぼりにされている、ユーザーにとってあまり使いたいとも思えないものも生み出されているなという印象です。
金本:バーチャル空間でどのような体験価値を提供すべきか。従来的なWebサイトで提供する体験価値ではなく、バーチャルだからこそできる体験活動は何かというところを、実際に公開されている事例を紐解きながらご紹介します。
ここで紹介するのはIPSA社の「AQUA PLAY ART」というコンテンツです。アクアという化粧水ブランドのバーチャル上の展示スペースなのですが、ただ製品を展示するのではなく、フィロソフィーやデザイン、サイエンスといったものをアート作品で表現しています。
金本:展示スペースは美術館のような造りになっていて、4つのルームがメインホールでつながっています。それぞれの部屋には、各ルームごとのテーマに準じたアート作品が展示されています。
では、この AQUA PLAY ART が提供している体験価値とは、具体的にどういったものが考えられるでしょう。これには2つの考え方があるかなと思っています。
まず1つめは、「バーチャルだからこそできる表現と体験」です。
例えば、この美術館では、アクア(製品)の潤いとかデザイン性といった魅力を、インスタグラムフィルターで再構築したARインスタレーションやインタラクティブアートで体験できたり、WebARのエフェクトで楽しんだりすることができるんですよ。中に入って回遊しながら、見るだけでなく、最後には自然に製品の紹介へたどりつくという動線もきちんと確保されています。遊ぶようなアート体験から、アクアのサイエンス力への興味喚起・理解促進を促しているんですね。
2つめは、「バーチャルだからこそ超えられる課題の解消」です。現実世界で展示会をするとなると、さまざまな制約がでてきます。例えば、場所もそうですし、人的リソースもそうです。展示期間を長くしようとすれば費用が増えますし、展示期間にも限りが出てくると思います。バーチャル空間であれば、そういった課題をクリアできますね。
山本裕也(アマナ/以下、山本):私からは、UX戦略の設計についてデザイン観点でいくつかポイントをご紹介します。
POINT 1. ユーザーシナリオを理解して「行動」をデザインする
山本:バーチャル空間を歩いたり、なにかの操作を行ったり。さまざまな行動の選択肢がある中で、例えば歩くスピード、物を見る視点といった細かな設定は必要不可欠な要素です。だからこそ、閲覧するユーザー(ターゲット)を理解した上で、人間中心の設計でUIを考えていくことが大事だと考えています。
山本:1つめのポイントとちょっと重複するんですが、ユーザーが行動可能なバーチャル空間においては、インターフェースが斬新すぎたり見慣れない形だと、挙動を考えて(迷わせて)しまうところがあると思うんです。空間に没入させるには、行動を戸惑わせないことが重要なポイントで、何も考えずに操作させることが、人に馴染んだ体験を提供できると考えます。UIデザインは空気のように透明な存在であってほしいですね。
UIはバーチャル空間に限らず重要で、全体的なWeb設計として当然配慮することではあるんですが、大事なポイントなので改めてお話ししました。
山本:これは、クリエイティブにおいて大事なポイントですね。なんで大事なのかという視点が2つありまして、閲覧するユーザに親しみを持ってもらいたいというのが1つです。さまざまな人が訪れるバーチャルサイトでは、あらゆる人々に馴染む、居心地の良い空間でなければならない。仮想空間だからといって現実離れしすぎた表現だと、ちょっととっつきにくい印象をユーザに与えてしまうのではないかと思っています。例えば、映画やファンタジー作品であっても、現実とリンクするようなリアルな部分が描かれているから、作品の世界観に入り込めたり、ある種の共感を得られたりするのではないかと。リアリティとフィクションの絶妙なバランスをとることで、バーチャル空間だからこその表現と没入感を創出できると考えます。
もう1つは、アイデアの循環という視点です。フィジカル空間とバーチャル空間では、当然コミュニケーションの違いに差異があります。だからこそ、2つを分断して考えずに、バーチャル空間に取り組む際にもフィジカルな考え方を取り入れながら作りあげることが非常に大事だと思っています。逆もまた然りです。フィジカルで得られたアイデアとバーチャルで得られたアイデアをうまく循環していく。そうすることで、フィジカル的な要素とデジタル的な要素を兼ね備えた新しいアイデアがまた生みだされる。そんなアイデアのサイクルみたいなものを作り出して、新たな体験を生み出していきたいですね。
今までにないものを作りあげるとき、バーチャル空間は非常に適したツールです。新しい事業や新しいソリューションなど、新しいことを始めるときにも、アイデアを創出するという部分で貢献できるツールなのではないかと思っております。
金本:優れたユーザーインターフェースは空気みたいな存在という話のところ、Webサイトではすでにあたりまえの考え方で、バーチャルに限らずWebサイト全体にとって大事だよね、って話でしたね。バーチャルってまだ馴染みのない方もいらっしゃるのかなと思うと、普通のWebサイトよりも、よりわかりやすくする必要があるかな、と強く感じました。
山本:そうですね。訪れる人の行動がさまざま、というのがバーチャルサイトならではのことなので、普通のWebサイトのUIよりも、少しユーザーリテラシーを低く設定する必要があるかなと思います。より親切に、優しさあふれたUIで設計する方が、多くの人に親しんでもらえるのではないかと。
金本:先ほどご紹介した AQUA PLAY ART はスクロールするという単純な操作で回遊できたり、アクションできます。より多くの人に馴染んでもらうには、普通のWebサイトを見ている(使っている)のと同じ感覚でいられるユーザビリティを備えることが大切ですね。
金本:アシックスの代表的な2つのモデル「GEL-NIMBUS」と「GEL-KAYANO」がそれぞれ25周年・30周年を迎える記念として、1年を通じて実店舗での来店促進を図る活動を展開しました。さらには、店頭とオンライン(Web/デジタルメディア)を連動させたコンテンツを提供することで、より多くの潜在顧客へアプローチし、利益を生み出すことを目指しました。
この施策は、店頭での単発的なプロモーションだけでなく、デジタル上での顧客との継続的な接点を提供するプラットフォームの構築にも焦点を当てています。特に重視したのは、リアルとオンラインを独立したものではなく、連動させて一貫性のある体験を提供することです。具体的には、バーチャル空間サイトを構築し、オンラインでのブランドとの対話を促進。リアルとオンラインが融合したコンテンツを作り上げることで、どちらか一方だけでなく、双方で楽しめるよう意識しています。
バーチャル空間サイトが達成すべき目標としては「興味喚起」と「理解促進」があります。節目となる周年にブランドの歩みへの理解を深め、進化を遂げてきたデザインやテクノロジーについて伝えることが重要です。また、デジタルならではの利点を活かし、店頭に足を運ぶ機会がなかった新規ユーザー層にアプローチすることも、達成したいことの一部です。アシックスの店頭は限られた場所にしかないため、バーチャル空間を利用することでより幅広い層へとリーチし、新しい顧客層の開拓を目指しました。
店頭における目標は、ブランドの世界観を五感を通じて体験・実感できるような空間を提供することがあげられます。実際にシューズに触れたり、試着する体験を通してブランドの世界観を伝えること。その来店体験を拡散へとつなげるコミュニケーション、デジタルへのつなぎこみを強く意識しました。
鈴木:先ほどお話しがあったデザイン観点での3つのポイントについては、どういったアプローチをされたのでしょうか。
山本:はい。『ユーザシナリオを理解して「行動」をデザインする』というポイントについて。例えば、シューズギャラリーでの遷移のスムーズさには細心の注意を払っています。ユーザーがストレスなくシューズの歴史をさかのぼれるよう、遷移の速さや移動のスピードについては、どの程度が最も快適かを丁寧に検証し、調整してきました。これは、現実世界ではあまり意識されないかもしれない細かな行動のポイントですが、バーチャル空間においては極めて重要なことだと思っています。
金本:回遊に関して、ギャラリーの中を見る際、自動的に進むようにするのがいいのか、見ている人がマニュアルで進めていくのがいいのかというのも議論しましたね。結局は、マニュアルとオートの切替ボタンをつけて、能動的に体験したい人と受動的に体験したい人、それぞれのニーズにあわせられるようにしたんですよね。
山本:いろいろな人にサイトを見ていただきたいし、あらゆる人にストレスなくこの体験を提供したい。オートとマニュアル、2つのモードを用意することもこの施策におけるUI/UX戦略のポイントの1つですね。
山本:このサイトはプロダクト(シューズ)とギャラリー空間自体が主役なので、それを阻害しないようにしたい。とはいえ、プロダクトの説明など、情報量はとても多いです。伝えたい情報はきちんと見せつつも、ユーザーインターフェースとしては、空間を乱さず、主役のシューズを邪魔しないシンプルなデザインに徹しています。
山本:大切にしたのは、ブランドの根底に流れるビジョンやコンセプトをこの空間のあらゆる部分に反映させることです。もうひとつ。建造物については、実際の建築でも実現できる構造なのか調べました。バーチャルであっても、現実世界でのフィージビリティもきちんと考える。そういう細かなこだわりが、リアルとバーチャルの融合に寄与していくのだと思います。
鈴木:アシックスのブランド感を崩さずに、どうバーチャルの世界に反映していくかは、プロジェクトチームで長めに議論しましたね。
山本:はい。目的とかターゲティングに対し、このバーチャル空間をどう活かしていくのかというのをしっかり設計した上でクリエイティブに入る。これらは当たり前のことですけれど、非常に大事なことだと思っています。
鈴木:はい、そうですね。リアルの展示会は、展示期間が終わればそこで終わり。しかしバーチャルなら、一度プラットフォームができあがるとアップデートして次も使えます。こだわり抜いたコンテンツを資産として次に活かせる。これもバーチャルのメリットのひとつですね。
amana cgx
amana cgx
amana cgxサイトでは、amanaのCG制作チームが手がけたTV-CMやグラフィック、リアルタイムCGを使ったWEBコンテンツなど、CGを活用する事で、クライアント課題を解決に導いた様々な事例を掲載。
CGクリエイターの細部にまでこだわる表現力と、幅広い手法によるソリューションサービスを紹介しています。