AIとクリエイティブの境界:2024年SXSWからの洞察

vol.135

AIとクリエイティブの境界:2024年SXSWからの洞察

Make create sleep repeat

Text by 中尾慎

毎年3月にアメリカのテキサス州オースティンで開催される、世界有数のクリエイティブ・カンファレンスイベント「サウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)」。2024年は3月8日から16日まで開催され、AIやXRといったテクノロジーを用いた興味深い取り組みが多数紹介されました。

今回のウェビナーでは、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の秋元陸氏が登壇し、SXSW2024で紹介された注目すべき取り組みを解説しました。

今年はデモ活動が行われるなど毛色の違うSXSWに

「サウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)」は、アメリカのテキサス州オースティンで毎年開催される、世界有数のクリエイティブ・カンファレンスイベントです。

20240424report_1.png

テクノロジーとイノベーションビジネス、そして音楽や映像作品などカルチャーの祭典であり、毎年7万~10万人が訪れます。アメリカではシリコンバレーに次ぐ第2のスタートアップが熱い場所として知られており、2022年にはMeta社CEOのマーク・ザッカーバーグ氏がメタバースの世界観について語るなど、新進気鋭の企業家がゲストスピーカーとして出演することでも有名です。

しかし2024年は、SXSWのスポンサーに米陸軍やイスラエルに武器を供給しているとされる企業が参加することを理由にアーティストや一部の企業が参加を取りやめるなど、開催前は物々しい雰囲気が漂う事態に。ライブパフォーマンスがキャンセルされたり、デモ活動が行われたりといつものSXSWとは毛色が違う印象がありましたが、実際に始まってみれば、参加者にとって実りの多いイベントだったと評価されています。

2024年SXSWではAIのさらなるアップデートが話題に

SXSWでは、前述の通りテクノロジーに関する議論や発表が多く行われます。特にAIは大きなトピックのひとつであり、2024年のSXSWでは、さらにアップデートしたAIのプロダクト発表や議論が行われました。

なかでも、OpenAI社のバイスプレジデントであるPeter Dengによる、これからのAIに対する示唆を含んだスピーチは大きな注目を集めました。彼は、「AIは人間の好奇心とか知的向上心のようなものを刺激し、それによって人間はさらに賢くなり、創造性が豊かになる」というように述べています。

20240424report_2.png

たとえばChatGPTでも生成系AIでも、自身がイメージするアウトプットをAIに出力させるためには、それに適したプロンプトを打ち込まなければなりません。適切なプロンプト入力のために、AIを使用する側にリテラシーや賢さのようなものが求められるのです。

Peter Dengはスピーチの中で、「つまり、AIは人類の叡智を公平平等に高めていくものなので、AIは無料で提供すべきである」と強調していました。

SXSWは、さまざまな企業が進化したテクノロジーによるプロダクトや取り組みを紹介する、見本市のような側面があります。昨年まではAIのテクノロジーが進化したことで「何ができるようになったのか」といったトピックが多かったものの、今年はさらに一歩踏み込み「そのプロダクトを使ってみてどうだった」「これからどうあるべき」という振り返りと議論が多くなされました。

以下では、2024年のSXSWで発表されたAIのプロダクトや議論の中から、特に注目したいトピックを紹介します。

・フェイクニュースなどの情報信頼性について活発な議論

2024年のSXSWでは、前述の通りこれからのAIについての議論も多くなされましたが、中でも大きく話題になったのは、フェイクニュースなどをはじめとした「AIを用いた情報の信頼性」に関する議論です。

フェイクニュースという課題はAIの登場以前から議論されていたものの、AIによってこの社会課題を加速させてしまった側面があります。だからこそ、我々は今後フェイクコンテンツとどのように向き合っていくべきか、といった議論がSXSWで活発に行われました。

たとえばアメリカの大統領選では、フェイク動画・画像・音声の生成は禁止というルールが課せられています。しかし、「MidjourneyやChatGPTのような比較的多くの人々が使うAIプラットフォームを調べると、フェイクコンテンツの生成は未だに行われていることが明らかになった」とCNNのエディターは話します。

フェイクニュースなどの横行によって最終的にAIというマーケット自体に歯止めがかかることだけは避けなければなりません。しかし、たとえばMidjourneyやChatGPTのようなAIは設計上、入力されたプロンプトを無視することはできません。フェイクコンテンツを生み出すためのプロンプトが打ち込まれれば、自動的にそれに対応したコンテンツを出力してしまいます。よって、フェイクコンテンツを生み出さないためには、プラットフォーム側で規制をかけるだけでなく、ユーザー側の協力も不可欠である、といった議論がなされました。

・Adobeなど大手企業が始めたAIの「コンテンツクレデンシャル」

たとえば、Adobeが提供するFireFlyという生成系AIツールのプラットフォームでは、クリエイターが生成系AIで作ったコンテンツをアップロードする際には必ずメタデータを添付しなければならないと規定しています。メタデータとは、そのコンテンツにAIを使用したかどうか、元データを加工したものなのかなど、画像に関する信頼性を担保するための付帯情報です。

20240424report_3.png

このようなセーフティネットはフェイクコンテンツ防止となる一方、ユーザーにとっては対応が面倒であり、結局メタデータを付帯しなくてもよいプラットフォームに流れていってしまうという課題があります。これを解決するためには、プラットフォームを提供する各企業がこのようなコンテンツクレデンシャルの取り組みを積極的に進める必要があり、現在はGoogleやBBC、Microsoftといった大手企業も実施しはじめています。

・ユーザーに求められる「AIを使いこなす力」

2024年のSXSWでは、人々がAIを使った結果「適切なプロンプトを書くことは難しく、多くのユーザーがAIを使いこなせていない」ということを明らかにする議論も行われました。

STYLUSが持つ自社で作成したAIツールの利用データによると「AIを使いこなせているユーザー」は全ユーザーの5%にも満たないという結果であった、と秋元氏は話します。つまり、多くの人がChatGPTなどのAIツールを使ったことがあるものの、Googleで検索するときと同じようにAIに向けて指示している人が大半であり、秋元氏は「プロンプトの書き方を知らない人たちも多いのかなと感じています」と指摘します。

今後は、AIを使いこなせる人たちが仕事の効率化やアウトプットの価値を高めていくと考えられます。

そのような中で、Adobeが提供するFireFlyには、ユーザーのプロンプト作成力を高められる機能を持つプロダクトが登場しました。FireFlyでは、AIツールで作った画像をアップロードするコミュニティサイトのような機能があります。ここでは、画像とともに、ユーザーが画像生成時に入力したプロンプトが表示されます。

20240424report_4.png

この機能から、ユーザーは「どういうインプットを与えればどういうアウトプットがAIから返ってくるのか」を学べ、ユーザーのプロンプト作成力の向上が期待できます。

・自分の夢をダリの絵でアウトプットできる「The Dalí’s Dream Tapestry」

2024年のSXSWで発表の中で秋元氏が特に印象に残ったAIを用いた取り組みのひとつに、アメリカのフロリダ州にあるサルバドール・ダリの作品を展示する美術館「Salvador Dalí Museum」で常設展示している「The Dalí’s Dream Tapestry」という取り組みが挙げられます。

「The Dalí’s Dream Tapestry」は、OpenAIの画像生成系AIを使用して、美術館が提供するモバイルアプリに自身の夢を説明するテキストを打ち込むと、ダリの作風や色使いが使われた新たな作品がアウトプットされるという展示です。

これはAIにダリの作品を学習させることで、「ダリっぽさ」をAIに人格として搭載しています。それにより、観覧者がアプリでプロンプトを入力すると、いままでにないダリが描いたような絵がアウトプットされるという面白い体験ができるのです。

・新たなAIの活用方法「ディープ・フェイクフェイス・スワッピング」

そのほかの興味深い取り組みとして、秋元氏はBBCによる「ディープ・フェイクフェイス・スワッピング」というテクノロジーを挙げました。

以下の画像は、ディープ・フェイクフェイス・スワッピングにより作られた存在しない人物のCGです。この画像は、アルコール依存症の人々を取材したドキュメンタリーで用いられました。

20240424report_5.png

これまでは、一般の人々のインタビュー動画などでは彼らのプライバシーを守るために顔にモザイクをかけてボイスチェンジャーで声を変えていました。しかし、ディープ・フェイクフェイス・スワッピングで作られたCGの人物を用いることで、彼らの匿名性を守りながら、モザイクをかけてボイスチェンジャーで声を変えるよりもより感情的なインパクトを視聴者に与えることができると考えられます。

XRエンターテインメントの新次元

2024年のSXSWのもうひとつのトレンドとして、秋元氏は「XRエンターテインメントの新次元」を挙げました。

XR(クロスリアリティ)とは、「VR(仮想現実)」「AR(拡張現実)」「MR(複合現実)」など、現実世界と仮想世界を融合する技術の総称です。これまではXRというソリューションに関しての発表や議論が多くされてきましたが、「今年のSXSWでは、XRをメンタルヘルスやメンタルケアの分野に活用するようなセッションが多い印象がありました」と秋元氏は話します。

さまざまなXRを用いたエンターテインメントが披露された中で、特に話題となった3つのトピックを紹介します。

・子どもの純粋さに触れて癒される「The Imaginary Friend」

ひとつは、人々の心に癒しを与える「The Imaginary Friend」というVR体験です。ユーザーが入るVR空間には子どもがいて、彼とともにゲームをするなどコミュニケーションを深めます。

「The Imaginary Friend」では、ユーザー自身がイマジナリーフレンドとなり、どことなく寂しそうなVR空間の子どもとのコミュニケーション体験ができます。これにより、自身の父性や母性を感じたり、子どもの素直さや純粋さに触れたりして心を休めることができるのです。

・NBAが全面協力したeスポーツフィットネス「Gym Class」

続いて紹介されたのは、Meta Questのヘッドセットを用いて遊ぶeスポーツフィットネス「Gym Class」です。

「Gym Class」はNBAが全面協力して制作したフィットネスゲームであり、従来の格闘技ゲームやシューティングゲームとは異なり、ユーザーがVR空間とつながる現実空間でどう直感的に自身の体を動かすかによってゲームの勝敗が決まります。実際に体を動かしながらスポーツを楽しめるものの、ユーザーの身長や腕力などの身体差が勝敗に影響することはありません。

・禁書にアクセスできる「The Banned Book Club」

ウェビナーでは、ジオターゲティングに関連する興味深い取り組みとして「The Banned Book Club」が紹介されました。

アメリカでは、州ごとに図書館で禁書(バンドブック)とされている本があります。「The Banned Book Club」は、ユーザーの位置情報をもとに、その周辺エリアの図書館をサーチし、そこで禁書となっている本にアクセスできる、というコンテンツです。

禁書には、思想や歴史や人種に関して規制がかかっている本であっても、人類の叡智に触れるという点では読むことを認められているものがあります。「The Banned Book Club」はこういった本にアクセスし、オンライン上で読むことができます。

2024年のSXSWで見えてきた「テクノロジーを使う側が考えるべきこと」

2024年のSXSWでは、表面的にはAIやXRといったトピックが語られていたものの、AIやXR に関連する以下の項目のような議論が注目を集めました。

・メンタルヘルス
・クリエイターの保護
・デジタルリテラシー

AIのテクノロジーは、フェイクニュースなど情報信頼性への対応や、匿名化の担保といった、一歩進んだ領域へ入っています。XRのテクノロジーは、メンタルケアやeスポーツ、読書といった、人間の暮らしをより豊かにするために活用されはじめています。

さらに活用の幅を広げるAIやXRといったテクノロジーですが、同時にユーザーのリテラシーなど、社会全体が抱える課題も浮かび上がってきました。「これからは、テクノロジーを使う側が、社会課題に対して『どこへ向かっていくのか』といった本質的な議論を行う必要性を感じました」と秋元氏は話します。

2023年以降、AIは「啓発期」へ突入している

2024年のSXSWのトピックには、AIに関するものが多くありました。このようなトレンドを受けて、秋元氏は日本におけるAIのハイプ・サイクルについても解説しました。ハイプ・サイクルとは、ITテクノロジーの成熟度や社会での現在の立ち位置を示した図のことです。

Gartner社が公開した2023年度の日本版ハイプ・サイクルを見てみると、AI(人工知能)は「啓発期」に突入していることがわかります。

20240424report_6.jpg

出典:Garther「Gartner、「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」を発表

一般的にテクノロジーは「黎明期」から育ち、マーケットが飽和してシュリンクし、淘汰のフェーズである「幻滅期」へと進みます。
AIのポジションである啓発期とは、幻滅期のさらに次のフェーズです。テクノロジーの本質的な価値提供をこれまで怠らなかったサービスやプロパイダーが成功事例を積み上げ、あらゆるリスクや安定性を加味した上で、安定的な価値提供ができるように落ち着いていく時期といえるでしょう。

SOLUTION

STYLUS

STYLUS

ロンドンを拠点に活動するSTYLUSは、様々な業界のトレンドを分析し、未来の変化を予測するイノベーションアドバイザリーサービスです。
独自のアプローチで、データと経験を基にしたインサイトを提供し、企業がイノベーションを推進し、市場の変動に対応できるよう支援しています。

KEYWORDキーワード

本サイトではユーザーの利便性向上のためCookieを使用してサービスを提供しています。詳しくはCookieポリシーをご覧ください。

閉じる