vol.156
ブランドの「価値創造」とは。データと感性を使いこなすメソッド
10月にアマナとNTTコミュニケーションズが共催したイベント「amana Brand Communication Day × NTT Com OPEN HUB」では、ブランドの「価値創造のこれから」をテーマにしたトークセッションを実施しました。ゲスト登壇者は風間公太さん(株式会社顧客時間)、杉本美穂さん(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc.)、廣澤 祐さん(花王株式会社)の3名。いずれもデータと感性を使いこなし、国内外の第一線で活躍するマーケターです。顧客にとっての価値創造をするためには、「データと感性」をどう活かすべきなのか。経験に基づく、確かなメソッドをお話いただきました。
風間公太(株式会社顧客時間/以下、風間):まず、価値とは何かというお話からしていきましょう。顧客時間という社名の通り、私たちは”顧客”という立場に立ち、日頃から「顧客価値」というものについて考えています。
この図(下図)、私たちが「カスタマーバリューピラミッド」と呼んでいる一種のフレームです。下段から「機能価値」「体験価値」「つながっている価値」と積み上がっており、顧客価値を三つの視点で創造するものです。また、上段の価値を創造するほど、他社との差別化を強くすることができます。私たちはさまざまな事業会社と共創をおこなっていて、マーケティング戦略や新規事業開発のときなどに、この図を使用しています。
このピラミッドに沿って顧客価値を創るプロセスを、福岡のスタートアップ企業「YAMAP」を事例に解説します。同社が提供する登山地図アプリ「YAMAP」は、いまや日本の登山人口の約6割が利用する、登山者にとっておなじみのサービスです。アプリのコアサービスは、登山道マップとGPSによる位置情報を登山者に提供することです。
一方で、登山日記や使った登山道具の情報をユーザー同士が交換する、コミュニケーションのプラットフォームとしての役割も果たしています。さらに、ここで得られたユーザー情報を活用して、登山道具を販売するECサイトや自社商品の開発に連動させているのもYAMAPのユニークな特徴です。ユーザーが「どの時期に、どんな山に登っているのか」「どんな道具が欲しいと思っているのか」といった嗜好を把握し、ビジネスに活用できるところにYAMAPの強みがあります。このような顧客理解の深さは、データが取得できるデジタルのサービスならではといえるでしょう。
加えて、YAMAPではおよそ2年前にロイヤルティプログラム「DOMO」をスタートさせています。通常、ロイヤルティプログラムといえば、ポイントやマイルを貯めてクーポンなどに交換するというものが一般的です。しかしDOMOの場合は、登山日記を書くなどのサービス利用で得たポイントを、「山の保全活動の支援」などに充てることができます。このユニークなアウトプットによって、山を楽しむだけでなく、ユーザーがより深く「山とつながる」という価値を提供します。
風間:YAMAPのサービスを、この図(下図)の通り、先ほどのカスタマーバリューピラミッドに当てはめてみます。
基礎となる「機能価値」とは、安心・安全な登山をサポートするツールやサービスの提供です。「体験価値」は、登山日記によるユーザーの情報交換やEC連動など、山の楽しみを充実させてくれるサービスによって担保されます。そして「つながっている価値」とは、DOMOプログラムなどの取り組みが該当します。「人と山をつなぐ」はYAMAPのパーパスでもあります。山を介してユーザーや企業を相互につなげることが、他にはないYAMAPの独自性であり、「顧客価値」であるといえるのです。
「顧客にとって価値ある時間」とは何でしょうか。企業は営利事業を展開している以上、顧客にモノを選択してもらうこと/買ってもらうことに注力しがちです。
しかし、顧客にとっては選択・購入後の「使っている時間」こそが、価値ある時間です。デジタル時代の今、「何が、いくつ売れたか」という点に留まらず、データによって「誰が、どのように商品を使っているか」も把握できるようになりました。データを基に顧客が商品・サービスを使用する時間の理解を深めることが、新たな価値提供のための重要なポイントです。
杉本 美穂(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc./以下、杉本):価値創造をマーケティングという観点から考えてみます。マーケティングという言葉そのものの意味は、「対価を払える人のニーズに関する知識を活用して、サービスやモノを創り出し、利を得ること」なんだそうです。でも、なんだか難しくて、スッと頭に入ってきませんよね。一方、ニューヨークタイムズ紙は、これをもう少しおしゃれに定義しています。マーケティングは「人をうっとりさせて、お財布にいくらあるかなんて考えさせない物語のアート」なんだ、と。これまでブランドの価値創造に携わってきた私には、こちらのほうがしっくりきます。
つまるところ、マーケティングは「アート&サイエンス」です。あるいはパターン認識とロジカルシンキングが、マーケティングの要点であるともいえます。パターン認識とは、例えば、未知の土地に足を踏み入れたとき、まずやるべきことは、そこで起きている事象を観察することです。すると、事象はアトランダムに起きているわけではなく、一定のルールに基づいて起きていることに気づくはずです。それに気づいたら次は「この現象AはBが原因で起きたに違いない」という仮説を立てる。そして仮説を検証してみる。もしBが原因でなかったならば、Cについて考え、Aの原因を考えていく。つまり、事象に対して自分なりにロジックを構築し、それが再現されるか検証していくわけです。
このような論理的な思考がある一方で、ときにそれを覆してしまうのが、人間が持つ感覚的な判断です。ある実験では、カードを挿入してから現金が引き出されるまでの秒数が全く同じである2つのATMを、何人かの被験者に使用してもらいました。両者の違いは、デザインです。ひとつはスタイリッシュなデザインで、もうひとつは冴えないデザインのもの。被験者に対して「どちらのATMの方が早くお金が引き出せたか」と問うと、ほとんどの被験者がデザインが優れているATMを選んだのです。つまり、データに基づく理論ではATMの動作スピードが同じであったとしても、ユーザーの感覚的な時間が早く流れた以上、その体験こそが彼らにとっての事実であり、「付加価値」なのです。
マーケティングは、この付加価値をつくるお仕事です。自分たちが話したいことではなく、ユーザーが求める話を伝え、感覚的に選んでもらうための物語をつくることがマーケティングだといえます。「私の人生にはこれがないとダメなんだ」「これは何にも代えがたいものだ」と思っていただけること。それこそが、アート&サイエンスがもたらすマーケティングの成果だと思っています。
廣澤 祐(花王株式会社/以下、廣澤):ビジネスにおける価値とは、杉本さんがおっしゃったように、付加価値のことを指します。付加価値というのは、OutputからInputを引いた差分のことを意味します。こうした価値を生み出すには、基本的にバリューチェーンを変えていくしかありません。つまり、業務もしくは業務連鎖の成果を大きくするか、投下コストを減らしてP/LやB/Sにおける利益を上げる必要があるということです。ただし、これはあくまで経営レベルの視点の話ですので、現場視点、マーケティングの実務レベルに落とし込むと次の2点が重要です。
ひとつは「人の活用」。具体的には、社内の各組織の役割を把握し、適切なスタッフィングや協力体制をつくりながら、外部協力が必要な機能の精査することです。一介の現場担当であっても、これらをきちんと理解し、役割を全うする、全体最適になるように行動することが重要です。そしてもうひとつは「モノの活用」。今回のモノの中には社内の情報も含みます。そのため、全社で採用されているシステムやワークフローの仕組みがどうなっているのかを理解し、業務を遂行するために社内に存在しているデータや機能を把握した上で、人と同様に社内でまかなえない部分は外部から調達しなければなりません。
どちらにも共通していることは、自社でできることとできないこと、自分の置かれている現状をきちんと理解した上で、具体的な方針を立てることが重要だということです。
この“人とモノの活用”あるいはデータ収集という基盤が整ったら、業務の実行およびフィードバックへとフェーズが移ります。その目指すところは「アウトプットの増大」です。具体的には、データに基づく仮説を設計し、検証とともにより良い成果を挙げること。あるいは、顧客行動に基づく価値提案、OMO(オンラインとオフラインの融合)や経営資源連携によるシナジー創出などが挙げられます。また、同時に重要なのが「インプットの低減」です。製品や広告・販促の製造コストの見直し、広告予算配分の最適化、サンプルなどの生産/配分の最適化、その他周辺業務コストの縮小などが必要になります。ここまで述べてきた現場レベルの業務効率化が、価値を生み出す基礎的な条件になります。
廣澤:付加価値を顧客側の視点で捉えるならば、製品やサービスの購入に対して得られる、体験の質といった満足度のことを指します。体験の質や満足度と言うといかにもスッキリした印象を受けますが、「体験の質や満足度を上げなさい」と当たり前のことをいわれても、具体的に何をすべきか分かりませんよね。そのような時、私は「Willing to Payの基準をどのように引き上げるか」と言い換えるようにしています。
それを実現するには何をすべきかと言えば、繰り返しになりますが、「インプットを低減して安く便利に顧客体験を提供すること」あるいは「新しい体験を提案し、満足度向上や買う理由づくりを行うこと」の大きく二つの方針が考えられます。一つ補足すると、新しい体験を「提案」するのが大切であって、「提供」とは異なります。なぜなら、価値の「提案」においては、製品やサービスそのものの改良や改善は必要条件ではないからです。ゆえに提案、つまりその製品を使うきっかけや使う理由とその納得感を提示してあげれば、顧客は十分な付加価値を感じることができます。
戸松 正剛(NTTコミュニケーションズ株式会社/以下、戸松):ここからは、パネルディスカッションを通して「価値創造」について深掘りをしていきます。
まず、御三方にぜひお伺いしたいのは、マーケティングの「How」の部分です。それぞれの独自のメソッドを、日々の実務の中でどんなふうに実践されているのか教えてください。
風間:これは私の前職(株式会社良品計画)での話ですが、オブザベーション(観察)という手法を積極的に活用してきました。要するに、お客様のお部屋を見せていただくわけです。それも片付けていない、普段のままの生活の様子を、実際に見せていただきました。暮らしの中の課題をプロダクトで解決しようという企業の場合、このプロセスは非常に重要です。自分たちが作りたいモノをつくる。それはもちろん大事なのですが、より大切なのはお客様にとって価値あるモノをつくり届けることだと思います。
アプリなどのデジタルの接点を通じて、企業はお客様の使用時間について多くを知ることができるようになりました。一方で、定性的なデータ、実際にお客様の生活空間に行って肌で感じたことも、マーケティングの仮説構築における重要な要素だと思います。つまり、データと実感、このバランスがマーケターにとっては大事になってくるということです。
戸松:杉本さんのお話にも「観察」からのパターン認識という話題がありましたね。
杉本:「データと感性」という観点でいうと、私も大切にしていることがあります。それは「データから導き出した答えを、どう表現すればうまく人に伝わるのか」という問いです。以前、私たちが提供するサービスについて、データからこんな知見が導き出されたことがありました。”認知はされているが、利用者が少ない。しかし利用者の評価はかなり高い”。利用のバリアは何かを考えるヒントになったのは、お客様のレビューでした。このサービスは、16時までのレイトチェックアウト特典なのですが、あるお客様はその良さを言うときに「3泊4日の4日目なんて普通はカウントしないが…」という表現を使われていました。これには、なるほどと思いましたね。それまで私たちは「16時まで居れますよ」「ギャランティですよ」という点ばかりを強調してきました。しかし、多くのお客様には「それが何?」という感じで、価値が伝わっていなかったんですね。そこで、私たちはサービスに対して「旅の最終日は、帰るだけですか?」というコピーをつけたんです。そうしたら、利用者が急増しました。要するに、データから見えてきた答えを良い結果へと繋げるには、マーケターが「着火点」を見つける必要があるということなんです。
戸松:マーケティングを語るとき、「データと感性」「アート&サイエンス」とはしばしば言われます。しかし、この両輪をうまく回していくのはとても難しい。そう感じている人、あるいはこの問題に直面している人に対して、何かアドバイスはありますか?
廣澤:おそらくマーケティングに関わる多くの方が「データは見てるけど、何も出ないじゃん」と思っているのではないでしょうか。ただし、想像力や経験値があれば、データから仮説や予測を立てて、ある程度想定通りの結果を生み出すことはできます。大事なことは数をこなすこと。それしかないんじゃないかと思いますね。
杉本:「データの海に溺れる」なんて言葉もあります。データだけ見ていても何も出てきませんよね。データをインフォメーションに変換し、インサイトを導き、実際にインフルエンスを起こしていく。データは加工していかなければいけません。廣澤さんがおっしゃった数をこなすことの有効性は、自分の中の引き出しや切り口を増やすという点にあります。
杉本:一方、経験値を増やすもうひとつの有効策は、違う分野の人と話すことです。私はテクノロジーやファイナンス分野の方々と話すとき「同じ事象でも、こんなに見方が違うのか」と勉強になることが多いです。どんな分野でも興味を持つ、好奇心がマーケターには大事ですよね。
廣澤:好奇心の大切さは、昨今喧伝されていますよね。僕、ある業界の先輩に「(他人の)好奇心ってどうやって育むんですか」という質問をしたことがあるんです。その方の答えは「好奇心は育めないよ。なぜなら、好奇心とは『それが解決できないとなんだか気持ち悪い』という生来の気質や感性であって、やる気を奮い立たせて育む代物ではないから」というものだったんです。要するに、好奇心のない人は、そもそもマーケターに向いていない。逆に「そこ気持ち悪いよね」とお客様に共感できる人が価値あるインサイトを導き出せる人であり、優れたマーケターであるということができるでしょう。
風間:非常に共感しますね。私たち顧客時間がよく使うのは「ウォームハート/クールヘッド」という言葉です。理知的な思考と熱い心を両立できる人。その人こそ優れたマーケターなのだと思います。データはあくまでクールなものです。それに血を通わせるのは、それを扱う人の熱量です。マーケティングの質は、絶えず知性と感性を往復することでしか向上させることはできませんね。
杉本:私は、データに基づかない信念とかビジョンとか、そういった「やるべきこと・やらないこと」から導かれたデシジョンというのは、それでいいと思います。データは明日変わるものですから。
戸松:そうですね、データは後付けもできますしね。
御三方、本日はありがとうございました。事業競争のプロセスの中で、みなさまも感性とデータを行ったり来たりしながら顧客価値を創造しているのではと思います。これはメソドロジーに落とし難いですが、本日のこのセミナーが、みなさまの解像度を上げる一助となれば幸いです。
✔️関連記事:
・山口義宏さんに聞く、BtoB企業こそブランディングでビジネスが伸びるワケ
・「OPEN HUB for Smart World」という事業共創の場で求められるリアルとバーチャルの融合と、ある種の異質さについて
・リアル・バーチャルの垣根を越えた、未来の顧客接点への挑戦。進化する「OPEN HUB Virtual Park」
amana BRANDING
amana BRANDING
共感や信頼を通して顧客にとっての価値を高めていく「企業ブランディング」、時代に合わせてブランドを見直していく「リブランディング」、組織力をあげるための「インナーブランディング」、ブランドの魅力をショップや展示会で演出する「空間ブランディング」、地域の魅力を引き出し継続的に成長をサポートする「地域ブランディング」など、幅広いブランディングに対応しています。