vol.160
気候変動や物価高騰など、私たちを取り巻く社会環境は大きく変化し続けています。2024年、多くの業界で見られた「ウェルビーイング」というトレンドは、個人の肉体的・精神的な健康状態だけでなく、社会的に「より良い状況にあること」が重要な要素となりました。2025年はさらに、社会全体でウェルビーイングが深化していくと予測されます。
今回のウェビナーでは「STYLUS」の秋元陸氏が登壇し、ウェルビーイングをテーマに2025年のトレンド予測を解説しました。
多様な業界で世界中から情報を集めるSTYLUSは、過去の傾向や社会情勢をもとにした、将来のトレンド予測も得意としています。業界ごとの傾向を並べてみると、特定の要素やトレンドが複数の業界で共通して起こることがあり、2024年は食やプロダクトデザイン、旅行などに共通してレトロブームが起きていました。
では、より良い生活を求める「ウェルビーイング」というテーマについて、2025年はどのようなトレンドが予想できるでしょうか。秋元氏は、大きく以下の10項目を挙げました。
このうち、企業やブランドに大きく関わってくるものとして、秋元氏は「5. Considered Consumption」と「10. The Science of Design」を挙げます。
「5. Considered Consumption(熟慮した消費)」は無駄な消費を抑えて、必要なものにだけお金や時間を消費していこうという考え方です。物価高騰の影響もありますが、大量生産・大量消費の考え方からを脱却し、環境負荷軽減を図ろうという消費者の意識も反映されています。北欧を中心に欧米では浸透しはじめている考え方ですが、日本ではまだ目立った動きはありません。秋元氏は「消費を控える動きの中で、人々は何に対して支出して、どういう購買体験を求めているのか。今後積極的に議論されていくのではないか」と予想し、企業やブランドが注目すべきポイントのひとつだと強調しました。
さらに、最近の新しい動きとして「10. The Science of Design(デザインの科学)」を紹介。デザインの力によって、人間が社会活動の中でないがしろにできない要素をどう表現するか、どのようなデザインのコンセプトを掲げれば人々の帰属性を表現できるのかを追求する動きです。秋元氏は「人々が生活する中で、重要な要素である”癒やし”や”慰め”をデザインでどう表現できるのかを真剣に議論する人たちが増えてきている」と、プロダクトデザインにも新しい動きが出てくることを示唆しました。
そのほか、本ウェビナーでは「1. Calutivating Connection」「3. Age Blending」「7. Neo Nature」の3つについて、事例を含めて詳しく解説がなされました。
「1. Calutivating Connection(つながりを育てること)」とは、人と人とのつながりや、企業・ブランドとユーザーのつながりが該当します。
従来、企業・ブランドの多くはコミュニティを築き、そこに集まったユーザーと濃密なコミュニケーションを交わして商品の改善や新商品開発につなげていました。しかし今、そのコミュニティのあり方に変化が見られています。
コロナ禍以降、日本や欧米諸国で社会課題として浮き彫りになったのが、人々の「孤独」です。家族や友人だけでなく職場であっても気軽に会話ができるような同僚がいるかどうかも重要です。人間関係が良好な職場は社員が辞めずに長く働くという相関関係があるように、人々にとっては「孤独」を回避することがウェルビーイングの一要素であるといえます。
企業やブランドが主催するコミュニティイベントにも「ウェルビーイング」の波が訪れており、宣伝や派手な体験よりも、健康やリラックスを重視したイベントが注目されています。
上海のヒルトンホテルは、ユーザーに眠ってもらうことを目的とした「スリープコンサート」を開催。8時間という長尺のイベント内で、参加者はホテルのロビーに並んだマットレスの上でコンサートを聞きながら自由に時間を過ごします。そのままロビーで寝たり、途中で部屋に戻って寝ることもできるという珍しいスタイルです。
日本では2024年、東急プラザ原宿の4階に自然をテーマにしたパブリックスペース「ハラッパ」がオープンしました。多くの植物が置かれた空間で、中央のデジタルインスタレーション「太陽の焚き火」が演出する温かい日差しや焚き火のゆらめきを感じて、ビルの中にいながら自然とつながるという不思議な体験を提供します。
アメリカでは、Othership(アザーシップ)というサウナとアイスバスを楽しむ施設がコミュニティ施設として人気を集めています。日本ではサウナの方が人気ですが、アメリカではアイスバスで筋肉を冷やして疲労を和らげたり、冷水に浸かりながら深呼吸することでリラクゼーション効果や瞑想効果が期待されています。
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これまで、企業やブランドが主催するイベントはコミュニティ内のユーザー同士をブランドが積極的に結びつけていくような方法が主流でした。しかし、これらのコミュニティイベントやスペースは、参加者同士が「同じ空間にいる」という気配を感じる程度で、社交性を求められることもなく自然体で楽しむことができます。
2025年以降、企業やブランドはこのようなユーザーのニーズに応えていく必要があるといえるでしょう。
世代ごとのトレンドにも、変化が現れています。「3. Age Blending(世代の混合)」について、「若者が楽しむコンテンツがシニア化し、シニア世代が楽しむコンテンツが若者化している」と秋元は語ります。
例えばZ世代やアルファ世代のような若者が、ローンボーリング(lawn bowling)やピックルボール(Pickleball)といった、運動量が少なくシニア世代に愛されてきた軽スポーツを楽しむようになってきています。このような動きを受け、定年退職後の中高年をターゲットとしていたウェルネス施設は、広大な敷地にプールやゴルフコースを備え、ヨガやさまざまなスポーツを楽しめるように。今後はシニア世代だけでなく、若者世代の利用も見込まれるため、ブランドや施設は、ユーザーニーズを汲み取り柔軟に変化・提案ができなければなりません。
一方で、シニア世代は若者たちよりも活発に行動して人生を謳歌する傾向にあります。海外では、70歳以上の独身者向けにツアーを設けている旅行代理店もあります。
このような動きを受けて、アリゾナ州立大学(ASU)は積極的にシニア世代を受け入れ始めました。聴講生として若者学生と一緒に講義を受けられるだけでなく、キャンパスの横にはシニア向けの居住施設を整備。居住するシニア世代は、大学を生活の場とできます。彼らにとっては話し相手が多く、図書館へ通ったり講義を受けることで知的好奇心を刺激され、認知能力を保つことができるといったメリットがあります。
日本と同様に少子高齢化が進むアメリカでは、若者向けの文教施設や娯楽施設がシニア世代向けに環境を整えることで、彼らを顧客として囲い込むことが1つのトレンドになりそうです。
「7. Neo Nature(自然との新たな関係)」を語る上で、秋元氏は「2025年は環境規則や企業の環境に対するアナウンスメントが増えるだろう」と予想します。パリ協定などで二酸化炭素排出量抑制やプラスチック使用量削減などの目標を掲げた企業が、2025年を1つのマイルストーンとしていたことなどが理由として挙げられます。しかし、企業の多くは目標達成が難しいという予測もあり、2025年は各企業が環境負荷軽減に対する新たな取り組みを発表して、動きが活発化する見通しです。
一方、ユーザーの生活では、日々の体験やプロダクトに「自然」が加わるように。ファッションブランドがガーデンニングからインスピレーションを得て洋服のデザインに植物を取り入れたり、アウトドア用品を高級ジュエリーのデザインに活かすなどの動きが見られます。
例えば、ガーデンデザイナーのUla Mariaが、筋ジストロフィー患者を支える慈善団体のために設計した庭園は、日本の「森林浴」にヒントを得て白樺などの木々や色とりどりの植物を配置し、心のケアに役立てようとしています。
従来、「自然保護」や「環境保全」など、人々が自然を守る立場で環境問題を語っていました。しかし、これからは人間の自然へのリスペクトや自然を大切にする価値観を重視する姿勢はそのままに、「私たち人間が自然に癒やされるという力関係の変化が現れる兆しがある」と秋元氏は分析します。
日本でも前述した「ハラッパ」をはじめ、イマーシブ型の美術作品の展示など「没入して楽しめるイベントや空間」が注目を集めています。このような傾向もウェルビーイング時代の深化のひとつであるといえるのではないでしょうか。
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施設やイベントなど大規模なものから、身の回りに置く生活品や家具といった小さなプロダクトまで、さまざまな分野や業界でウェルビーイングの傾向が見られています。2025年、ますますウェルビーイングが私たちの生活に浸透し、疲れや孤独に悩む現代人を癒す重要なテーマとなるでしょう。企業やブランドは、このトレンドを乗りこなし、ターゲットニーズに合わせた柔軟な変化が求められるといえます。
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