ケイズデザインラボ「Atom to Bit, Bit to Atom」#1(後編)
今、3D技術が、製造業だけでなく幅広い領域で注目を集めています。その最新情報を、企業の製品開発プロジェクトからエンターテインメントまで、分野を横断して3Dデジタルを軸にしたものづくりを提案するケイズデザインラボが発信します。
今回は、前編に引き続き代表の原雄司が親交の深いITジャーナリストの林信行さんを迎えた対談の後編。ふたりが注目するプロジェクトやクリエイターが次々に登場します。
原「実物への感性や研究の重要性を話しましたが、デジタルデータの技術的、倫理的、法的な研究もまた必要です。これから先の未来、さらに個人情報というのは取扱が難しいですが、人体やモノの3Dデータもまた、個人情報ですよね。工作機械を備えた地域工房『ファブラボ(FabLab)』を日本で普及させた慶應大学の田中浩也准教授が研究されている3D図鑑サイト『ものゲノム』も『ファブ地球社会コンソーシアム』で一緒に議論していますが、たまったデータを心地よく利用できるサービス展開がどんなものか、というのは考えていきたいテーマです。
たとえば、NIKEやニューバランスが3Dプリンター製のスニーカーソールの開発を発表しましたが、ランニングマシンで走った状態で加重などのデータを取得して、ソールの厚みやクッション性を自動設計する仕組み。まさにB to I(I=Individual)として個別オーダーが可能です。こういった身体情報は、今後すごく重要になりますよね。応用できる分野がたくさんあると思います」
林「ナーバスシステム(Nervous System)ってご存知ですか?3Dプリントのキネマティックス(運動学的)ドレスなどを制作しているボストンのデザインユニットなのですが、彼女らは生物発達のような、勝手に細胞分裂のような構造を自動生成してくれるプログラムを作っているんです。ニューバランスのプロジェクトも共同で開発しているようですね。それによって今までのいわゆる“設計“と違う有機的な形が出来上がる。さらにファッションだけでなく、建築やジュエリーなどにも流用しようと考えているみたいです」
Kinematics Dress – 3D-printed gown in motion from Nervous System on Vimeo.
原「個々の身体やニーズに合わせたアイテムというのは、非常に可能性があると思います。日本って、世界の中でも進んだ超高齢化社会じゃないですか。訪問介護の現場で使われている道具を、デジタル化した治具やサービスでもっと変えられるのではないか。そういうことをファブ地球社会コンソーシアムの新しいWG(ナーシング・メディカルケアWG)では、その研究をしていくということです。
スポーツ科学やフィットネスの道もありますが、世界に先駆けて高齢化社会にテクノロジーで対応していく例を示す、というのも日本の特徴としてひとつの価値になると思います」
林「他にも興味を持っている分野は、ファッション、教育、医療……いろいろあるんですが、昨年訪れたシンガポールがけっこう面白かったです。国を制度がハックしているような感じ。チームラボの高須さんに案内してもらいました。メーカーズムーブメントも、政府の人たちが事情をよくわかっていて、教育を含めてどのようにして広げていくか具体的な施策をどんどん進めています。渋滞の時間になると無料だった道路が有料になるなど、交通システムも攻めていますね。驚いたのが、60代くらいの女性がそのシステムをすっかり理解していて、僕に説明してくれるんですよ。日本ではITで選挙、と言っても理解度による不公平が問題になるなど、試行は難しいところもありますが、シンガポールの、やっちゃえば使える人が出てくるだろうという勢いを感じました」
原「シンガポールは規模的に可能だ、という声もありますが、日本でも、自治体の自治権を含めて特区を作るなどしてやってみるべきだと思います。先日、地方の工業技術センターに行く機会がありました。全国各地にある公設の研究所は、ハイエンドの機材も揃っているし、施設に駐在する担当の方の技術と知見も、実はとんでもないものを持っていらして、プロダクト開発をしているスタートアップには有り難い存在になるのではという期待もあります。しかし、その県の人しか使えなかったり、隣の県にある機材の情報共有も密接ではないなどもったいない状況。それをなんとかしようという動きもありますね。現場の若い世代に発起してもらいたいです」
林「新しい世代の動きは必要ですね。他の流行はどうでしょう? 僕はVRブームは、実はまだあまり腑に落ちてはいないんです」
原「同じ意見ですね。まだ臨界点には達していないのでは。Microsoftがホログラムなどもやっていましたが、スキャンデータを使うなど実体かわからないくらいのクオリティまでくると変わると思います」
林「面白いというと、やっぱり落合陽一くんは面白いですね。今、彼は筑波大学で助教授をやりながら制作活動をしているんですが、彼は、『20世紀は映像の世紀』だと言っています。しかし、21世紀ではそろそろ画面を出て物理空間にいかないといけない。彼がやろうとしている研究は、場を作って、場の中で物理を動かすというもの。そこで、『21世紀は魔法の世紀』という風に言っています。発表している作品もたくさんありますが、たとえば、音波を使って発砲スチロールの粒を浮かせ、自由に扱うような作品『Pixie Dust』など話題になっています。
出典:Pixie Dust: Graphical Levitation System (2014-)
3Dプリンターなど、テクノロジーをただの外側のハードの形だけでなくて機能をもって実装、提案するときにVoxel8などの電子基板と組んで機能を持たせるものもありますが、落合陽一方式の、「場を作る」という手法もひとつだと思います」
出典:Voxel8: The World’s First 3D Electronics Printer
原「メディアアートの領域では、Rhizomatiksもかなり先進的にやっていますよね。弊社も2013年、Perfumeの3Dスキャニングで協力しました。最近発表されたのが、車いすユーザー用のパーソナルモビリティ『WHILL』に座った状態でVRのヘッドセットを装着した観客と、ダンサーのチームによるパフォーマンス『border』。2015年12月に東京、2016年2月末にYCAMで開催されました。自由に歩き回れず、拒絶されているような不自由さをエンターテインメントとして観客が体験するもの。介護社会の風刺という声もあり、深読みできますよね。彼らの凄いところは、ドローンもそうでしたが、テクノロジーを最先端で研究するとともに、表現に落とし込んでいること。深く読んでいますよね、いろんな世の中の物事を。
Appleに精通されたnobiさんは不思議に思われないかもしれないですが、製造業での講演などで驚かれるのはMacBookの筐体の製造工程です。削り出しのユニボディなのですが、業界では“削り出し=コストが高い”というイメージなので、一品ごとの削り出しで大量生産なんて考えられない、とんでもないことでした。先を考えればB to Iの可能性もあります。生産技術の改革は、世の中の先を見越しているからできること。それをやってのける舵取りは凄いと思います。
今、いちばんクリエイティブが必要なのは、製造、生産するプロセスだと思います。そこまで含めてのクリエイティビティが面白い。Industrie4.0(※)もいろいろなメディアで解釈されたりしていますが、深読みしていくといろんなことが見えてきます」
※ドイツ政府が主導する「第四の産業革命」。生産工程のデジタル化、自動化レベルを大幅に高め、少量多品種製品を大規模に生産するシステムとされている。
林「現在の3Dプリンターの進化はどんなものなんでしょう? 速度が一つの壁でしたが、話題になった何百倍の速度のものの開発は?」
原「1月末に開催された3DPrinting展2016で実機がお披露目されていました。韓国のCarima社のものです。60cmを1時間で造形するスピードは、これまでの約400倍。素材は生体認証を取っており、マウスピースなどにも使えるとのことです。こうして一つずつ課題が解決され、素材にフォーカスが当たり用途が広がっていく。システムも整うと、いよいよ特異点も見えてくるのでは。右肩微増の成長をめざす習熟社会から、やはり少し考え方を変えていかないといけません」
林「日本でも、チャレンジする土壌はできてきていると思うんですよね。現実と乖離した一発芸的なものではない、地続きに存在する“ステキ”な未来を啓蒙していきたい。そう思って活動しています。教育も、ファッションも、医療も、分野は関係なく、“先に進めていく”人たちと一緒に未来を見たいですね」
原「そうですね。環境の中に規範外の考え方やプロセスに触れる機会がなかっただけで、日本人って、歴史的な文化や宗教の自由度を見ても、物事への柔軟性を持ち合わせているとは思うんです。
まさにVISUAL SHIFTということですが、『伝わるコンテンツ』を生むには、見た目だけでない視点のシフトが必要になってくるでしょうね」
今回は、コラムの連載に先駆けて思考のスパーリングのような対談を、林信行さんにお付き合いいただきました。nobiさん、ありがとうございます! これからは3Dデジタル技術にまつわる最新の話からちょっと歴史の話までお届けするつもりです。皆様、どうぞよろしくお願いします。
プロフィール
株式会社ケイズデザインラボ 代表取締役/慶應義塾大学SFC訪問研究員
大手通信機メーカーの試作現場に就職後、格闘家を続けながら3次元CAD/CAMメーカーに転職し、開発責任者、子会社社長などを経て、2006年にケイズデザインラボを設立。切削RPやデジタルシボD3テクスチャー®などを考案。企業プロジェクト、アート、医療、エンターテインメントまで、分野を横断して3Dデジタルものづくりを提案しています。
プロフィール
21世紀のテクノロジー(スマートフォン、ソーシャル、3Dプリンティング)で変わる医療、ファッション、製造、教育や22世紀に残すべき伝統を取材し、マスメディアと自らのtwitter( @nobi )を通して伝えるジャーナリスト。大手通信会社や家電メーカーとこれからの時代にふさわしいモノづくりを企業と一緒に考えたり、ベンチャー企業のアドバイザーや取締役として海外展開やメディア戦略を指南したりもしています。Adobe AppBox Award、James Dyson AwardやGマークなどの審査員、ifs未来研所員/JDPデザインアンバサダー