本記事は企業の広告・ブランド担当者に役立つ本から、気になる一節を数回に分けてご紹介する連載です。読みながら、その本の“考え方”に少しずつ触れていただけます。
新しい企画や表現の見直しが必要でも、「前例がない」「確実性が低い」という理由で止まってしまうことがあります。本書『どうにかする めちゃくちゃな状況で「圧倒的な結果」を出している人と組織の思考法』 は、そうした制約のなかでも試せる余地を見つけ、状況を動かす方法を示します。第3回では、同じような案でも進む組織と止まる組織の違いに注目し、企画を受け止める企業文化のあり方を考えます。
〜本コンテンツは、書籍『どうにかする めちゃくちゃな状況で「圧倒的な結果」を出している人と組織の思考法』(パウロ・サバジェ著、水谷淳訳・ニューズピックス刊)から一部を抜粋・編集したものです(この記事は第3回/全4回)。
No.1:仕事で直面した困難な状況を解決する「4つの回避術」とは何か
No.2:情報を集めるほど動けなくなる。企画に必要なのは“完璧な計画”ではない
No.4:企画を前に進める人は、内容だけでなく「誰を巻き込むか」を先に考えている (6月4日公開予定)
回避術はさまざまな規模や業界のあらゆる企業で生まれる。巨大コングロマリット企業から、威勢だけはいいスタートアップにいたるまで、社員たちがいかにして回避術を生み出し、追求し、尊重するかは、企業文化の3つの重要な特徴によって左右される。その3つの特徴とは、「ダイナミズム」、「プラグマティズム」、「アカウンタビリティ」だ。これらを実現するための最善の方法も3つ、「まず行動してそれから考える」、「そこそこよければそれでよしとする」、「許可を求めるのではなく後から許してもらう」。これらを1つずつ掘り下げていこう。
回避術の最大の特長は、機敏で柔軟性があり、ネットワークやリソース、知識などの状況の変化に適していることだ。しかし往々にして気づけないものだが、新たな経験はあなたの考え方を変えるだけでなく、あなた自身も変えてしまう。組織理論家のカール・ワイクは、「自分が何をするのかが見えてくるまで、自分が誰なのかがどうして分かるというのか?」と言う。
ロンドン・ビジネススクールのハーミニア・イバーラ教授は、変化を起こしたいのなら、「まず考えてそれから行動せよ」という従来の常識を逆転させる必要があると言う。なじみのない課題の場合、まずは挑戦してみないと、その結果を観察し、感触に気づき、他人の反応を観察し、その経験から得られる教訓をものにすることはできないのだ(※1)。
とはいえ、あまり考えるなということではない。世界は複雑でつねに変化しているのだから、周囲の状況を解釈し、自分のアイデンティティを固め、自分の可能性を見極める、センスメイキングのプロセスは、葛藤や疑念とともに進んでいくものだ。
そこで、不確実な状況を受け入れ、そこから生まれるチャンスを追求し、そのあとで自分の反応を振り返ることをお勧めする(※2)。
命を救う下痢止め薬を輸送するためにコカ・コーラの流通網に便乗するというアイデアを、コーラライフが実行に移したときには、まずは薬のパッケージを開発し、実験的な事業を通じてその便乗のアイデアを掘り下げた(※3)。
ベリー夫妻と地元の協力者たちは、ともかく取りかかってまずは行動することで、多くの利害関係者を巻き込み、そのあとで、うまくいったものとそうでないものに関するデータや観察結果を収集した。
それらを分析したところ、肝心なのはコカ・コーラの瓶ケースの隙間ではないことに気づいた。自転車やオートバイで奥地に消費財を運ぶ運送業者は、瓶ケースや、砂糖、コーヒー、食用油などの商品のまわりに薬を縛りつけて運ぶことが多いと分かったのだ。
夫妻が開発して賞を取った薬のパッケージデザインは確かにすばらしかったが、実際にコーラライフが自己持続的モデルを構築できたのは、バリューチェーンの全構成員が関わり合ったおかげだ。ベリー夫妻は、とりあえず行動することで、そこから得られた情報に対応できた。そして、コカ・コーラの瓶ケースに文字どおり便乗するという方法から、消費財の既存のバリューチェーンにより抽象的な形で便乗するという方法へと方向転換した。このダイナミズムによって、この回避術はあっという間に全国にスケールアップしたのだ。
世界有数の企業ですら、直面する問題に関して完全な知識や情報を持っているわけではないし、リソースやスキルにも限界がある。しかも、仮に現実世界の完璧なスナップショットを撮ることが可能だったとしても、この世界は予測不可能な形で急速に変化するのだから、その知見は一瞬で古くなってしまう。
私たちは完璧な情報など持っていないという現実があるからこそ、不完全で部分的なアプローチを重視する必要がある。そうしたアプローチはぎこちないかもしれないが、オックスフォード大学のスティーヴ・レイナー教授に言わせれば、「べらぼうに通用する(※4)」のだ。
まずは子供の発達に関する研究から学べることがある。
イギリスの精神分析学者ドナルド・ウィニコットは、「抱(かか)える環境」という概念を初めて提唱した。彼の観察によって明らかになったとおり、いつも寄り添って安心感を与え、要求が厳しくなくて押しつけがましくない親は、子供がすこやかに成長できる「抱える環境」を提供する。
無頓着(むとんちゃく)すぎないし過保護すぎることもない「そこそこよい」親が、子供を大人にするのにもっとも適している。子供を安心させて好奇心を抱かせ、支えながらも抑えつけなければ、子供はたくましさと独立心を伸ばしていく。親の過ちに気づくことすらできる。それはすばらしいことで、子供は不完全で複雑な世界に向き合うことを学ばなければならない(※5)。
「抱える環境」はまさに、回避術が成功する文化である。パート1で紹介した、若くて異端の組織の数々について考えてみてほしい。それらの組織はリソースやパワーの点で劣るため、「そこそこよい」の精神を受け入れた。そのおかげで、部分的で不完全、型破りな解決法を実行することができたのだ。
しかし大企業のリーダーは、厳格な親と同じように「正しい」方法に関する持論を抱いていて、社員の成長を妨げてしまうことが多い。「完璧さ」を求める文化は、社員が昔ながらの方法に従って考えるよう仕向ける。そのため社員たちは新しい方向に進めず、別の道筋を見逃してしまう。
パート1で取り上げた異端の組織は、現状を引っき回し、できることの境界線を押し広げることで、変化を起こす新たなチャンスをものにした。たとえばゴンパーツが公海上で中絶処置を提供しはじめるまで、おおかたの人は、中絶が違法である国の女性に対してできることは何もなく、その国の法律を改正するという困難な方法くらいしかないと考えていた(※6)。しかしゴンパーツの現実的なアプローチのおかげで、ほかの人たちも彼女の運動に加わって結集し、新たな「そこそこよい」方法を試すようかき立てられたのだ。
こうした現実主義の文化はあらゆる企業で育むことができるが、とりわけ適しているのは、最先端技術を開発する企業だ。さらにこの文化は、地下活動で生まれる一連の回避術によっても育まれる。3Mやヒューレット・パッカードの「ブートレガー」たちが最初に反抗的な行動を取ったことで、イノベーションをもたらす自立性と柔軟性を育む文化に変わったことを思い出してほしい(※7)。
プラグマティズム(※8)の文化は、必ずしもトップダウンで生む必要はない。社員たちが規範を回避して、ほかの社員に不完全で実験的なアプローチの価値を認めさせることでも、そうした文化を生むことができる。
プラグマティズムと回避術は、ある意味で自己強化的なふるまいを起こす。立ちふさがる障害を回避する社員が増えれば増えるほど、その行動によってプラグマティズムの文化が生まれやすくなり、プラグマティズムの文化がほかの社員にも広がれば広がるほど、誰かが回避術を思いついて実行する可能性が高まるのだ。
回避術はあらゆるたぐいの障害を回避するものなので、何をするにも許可がいる文化の中では本領を発揮できない。
たとえば本書も、ある回避術から生まれた。
私はケンブリッジ大学の博士課程に志願したとき、持続可能性に関する喫緊の問題を解決するために、あらゆる複雑なシステムをいかにしてハッキングするかを研究したいと思っていた。
私にとっては未知の分野だった。社会問題を解決する手段として、「ハッキング」を研究している人など1人もいなかった。しかも、マスコミからいわれなき非難をたびたび浴びるハッカーたちと接触しなければならないため、大学から警戒されるであろうことも分かっていた。
また、ケンブリッジ大学の入試は競争が激しく、人生のほぼ全期間ブラジルで学んできた自分が、アイビーリーグの学位を持つ博士課程受験生と競い合わなければならないことも分かっていた。入学するためにはあっと言わせる研究提案書が必要だったが、当時はまだ「ハッキング」が受け入れられるような時代ではなかった。
そこで私は、これらの数々の障害を回避した。研究提案書には、自分が精通していて、大学や資金提供団体にとっても魅力的なはずの、別のテーマを記したのだ。
幸いにも、私がケンブリッジ大学工学研究所に入所したとき、研究所全体には「許可を求めるのではなく後から許してもらう」という気質が広がっていた。そこで私も許可を求めることはしなかった。ハッキングを研究するというアイデアがうまくいって、研究する価値があることを大学や資金提供団体に納得させることができれば、それで万々歳。もしもうまくいかなくても、別の研究を続けられる。
「許可を求めるのではなく後から許してもらう」のはけっしてルールではなかったが、みながそれを唱えつづけたことで、「逸脱」の精神が育まれ、回避術によって研究のフロンティアが広がっていったのだ。
※1:Herminia Ibarra, Act Like a Leader, Think Like a Leader (Boston: Harvard Business Review Press, 2015).[『世界のエグゼクティブが学ぶ誰もがリーダーになれる特別授業』、河野英太郎監修、新井宏征訳、翔泳社、2015年]
※2:Herminia Ibarra, “Provisional Selves: Experimenting with Image and Identity in Professional Adaptation,” Administrative Science Quarterly 44, no. 4 (December 1999): 764, https://doi.org/10.2307/2667055.
※3:ベリー夫妻により設立されたコーラライフは、コカ・コーラの物流網を活用しアフリカの奥地に医薬品を届ける方法を成功させた
※4:Rayner, “Wicked Problems.”
※5:D. W. Winnicott, “The Theory of the Parent-Infant Relationship,” International Journal of Psycho-Analysis 41 (1960): 585–95, https://icpla.edu/wp-content/uploads/2012/10/Winnicott-D.-The-Theory-of-the-Parent-Infant-Relationship-IJPA-Vol.-41-pps.-585–595.pdf.
※6:NGOのグリーンピースの船医だったレベッカ・ゴンパーツ医師は、中絶が違法である国の女性が安全に手術や処方を受けられないか思案。公海上であればその船の旗国の法律のみが適用されることに着目し、女性をオランダ船籍の船に乗せ公海上で安全に処方が受けられる仕組みを実現
※7:アイデアを進めるために会社のルールや業務命令を回避することを選ぶ人を、イノベーションやマネジメントの専門家はアメリカの禁酒法時代にブーツに酒を隠した習慣にたとえて「ブートレガー」と呼ぶ
※8:社会科学の一学派としてのプラグマティズムについてさらなることを学ぶには、以下の2つの文献を。N. A. Gross, “Pragmatist Theory of Social Mechanisms,” American Sociological Review 74, no. 3 (2009): 358–79; J. Whitford, “Pragmatism and the Untenable Dualism of Means and Ends: Why Rational Choice Theory Does Not Deserve Paradigmatic Privilege,” Theory and Society 31 (2002): 325–63.
(この記事は第3回/全4回)
No.1:仕事で直面した困難な状況を解決する「4つの回避術」とは何か
No.2:情報を集めるほど動けなくなる。企画に必要なのは“完璧な計画”ではない
No.4:企画を前に進める人は、内容だけでなく「誰を巻き込むか」を先に考えている (6月4日公開予定)
▼書籍紹介
オックスフォード大学サイード・ビジネススクールで教えるパウロ・サバジェ氏が、世界各地の非営利組織の実践をもとに、正攻法では解けない課題にどう向き合うかをまとめた一冊です。人手・時間・予算が限られた現場で成果を生み出している組織に共通する「4つの回避術」を軸に、現場起点の課題解決を考えます。
▼書籍情報
書名:どうにかする めちゃくちゃな状況で「圧倒的な結果」を出している人と組織の思考法
著者:パウロ・サバジェ
訳者:水谷淳
出版社:ニューズピックス
発売日:2025年12月27日
https://amzn.asia/d/08R3vqri
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