アートの素養が必須とされるビジネスシーン。とはいえ、現代アートとなると語れる方も少ないかもしれません。そこで森美術館で開催された「六本木クロッシング2019展:つないでみる」をキュレーター・椿玲子さんに見所をお伺いしながら、「そもそも現代アートとは何か」について探ります。
今回ご紹介する、「六本木クロッシング2019展:つないでみる」。森美術館のキュレーター・椿玲子さんに見所をお伺いしつつ、特に現代アート入門者におすすめの作品を教えていただきました。まずは、展覧会全体を簡単に押さえておきましょう。
椿さんに教えていただくと、「六本木クロッシングは、森美術館が3年に1度行っている、日本の現代アートの定点観測的なシリーズ展です。日本の現代アートや社会の潮流をふまえてのテーマを設定し、今回の『つないでみる』は、オリンピックを迎える日本を意識しています。つながっているようで、実はつながっていない……大きな格差や分断を抱え行き詰まった現代で、政治や科学とは違うアートだからできる『つながり』に至りました。作家のもつ異質なものを『つないでみる』の『みる』に気持ちを込めています」。
そのテーマを生かすために、会場構成も独特です。セクションごとの展示ではなく、スケールの大きな作品がランダムに並んでいる感じがします。
「通常の展覧会のような分類はありません。スケール感を大切にしながら、いろいろなものの融合を意識しています。セクションの代わりに、3つのキーワードがあります。『テクノロジーをつかってみる』『社会を観察してみる』『ふたつをつないでみる』。見る人の中で、作品同士が有機的に結びついてほしいと思っています」(椿さん)
では、いざ展覧会場へ。順路に沿ってご紹介します。
入り口に鎮座するインスタ映えする巨大猫。さっそく撮影すると……あれ、入らない。よし、しゃがむか……ううう……入らない……と、どの角度でトライしても、優れた広角カメラでも、絶対に全景が撮れないところがミソの作品です。情報過多の現代では、情報の全体像を誰もがつかめない、無理をすると歪むのはこの猫のごとく……という意図が隠されています。
『デコレータークラブ』とは、自身の周りにある藻や小石などをつけて擬態するカニの名前で、作家が以前から使っているタイトル。また、猫周辺には趣の異なる写真作品「フェードアウト、フェードアップ」シリーズが展示されており、椿さんは「実はこの写真もぜひ見てほしい」そうです。猫とのギャップを味わってください。
森美術館を特徴づける、天空に面する窓のある53階の展示室。その部屋に入ると、見たことのないような、いや見たことがあるかもしれない海の景色が広がります。
まるで魔法をかけられて固まってしまったかのような海!
遠くから眺める海の景色は、近づくにつれて波となり、目の前では水となってしまいます。
それはもはや、海の景色ではありません。しかし、本作は、近くから見ても塊としての海の風景に見えます。この不思議な体験は、独特な素材(配合は秘密)によるものです。
アーティストユニット<目>は、今、国内の芸術祭や展覧会で注目を集めています。彼らと「窓のある部屋で何かできるか……」から始まったプロジェクトで、この期間この場所でしかできない作品体験。現代アート事始めにぜひ知っておきたい作品です。
この展示会のテーマの1つ「テクノロジーをつかってみる」をまさに体現した服。森永邦彦が率いるブランド「アンリアレイジ」は、パリコレクションでも話題です。
今回は、東京大学の川原研究室と組み、34℃で沸騰する「低沸点液体」を使った素材によるチャレンジ。温度で形を変える素材で作られた花のコサージュが、1分でしぼみ2分かけて開いていく……だけでなく、4体のマネキンをフラッシュをたいてスマートフォンで撮影してみると、プリズム効果で別世界が見える仕掛けに。
展示空間の音楽はサカナクションの山口一郎が手がけ、いろいろな旬が凝縮されています。
スタジアムを埋め尽くす1,300匹超えの猫たち。個々の表情はとても愛らしく、思わず「1匹ください」と気分をそそりますが、作品のテーマはとがっています。
「2020東京オリンピックはすごい」が日本の総意のようだが、本当にそうだろうか……。作者には、展覧会の準備に追われる中、自分の愛猫を喪った過去があり、そこから「大事の陰で犠牲になる小さき者」の表現に至ったそうです。
東日本大震災以来、日常に潜む疑問から社会的作品を生み出す作家らしい大作。
椿さんいわく、「ピンクの猫(1の作品)とのつながりが、この展覧会ならではの味わい」。
5:佐藤雅晴『Calling』(2009-2014/2018)
現代アートに苦手意識をもつ一因が映像作品。「冒頭から見たいのにいつも途中」「けっこう長い」で、やっと見たのに挙げ句「なんだった? なんか見逃した?」と思ってしまう。その経験が重なり、映像はスルー派になりがちな方に、特におすすめします。
無人の風景で鳴り響く電話=受け手がいない電話がある光景が延々とループされています。古いマンションのエレベーター、東日本大震災後の雨の降る体育館、『君が代』が響くカラオケボックス……で鳴り続ける電話に胸騒ぎがつのります。でも、映像に潜む仕掛けに気がつくと、光景は違ってみえるはずです。解答はぜひ美術館で。
この5作品はほんのさわりで、70〜80年代生まれの作家を中心として25組の約60点に出合えます。この展覧会のための新作も多く、飽きる暇のない会場構成で、「現代アートはわからない」と思っている人も、何かを見つけて帰途につくことできる展覧会です。
作品ガイドは約20分と短めながら、秋元梢さんのナビゲーターがわかりやすく心地よく、現代アート事始めにおすすめです。
インタビュー撮影:金成津(amanaphotography/@sonnzinn)