一般紙や経済メディアで、アートと企業の記事が目立つようになってきました。アマナでは、「アートと企業の関係」に着目。連載2回目となる今回は、今、世界が注目する彫刻家、名和晃平さんにお話を伺います。
名和晃平さんの作品は、パリのルーヴル美術館の特別な場所に飾られています。中庭に建つガラスのピラミッドの内部に浮遊する、金色の玉座を表した『Throne』。現在フランス・ パリを中心に開催中の日本文化紹介事業「ジャポニスム2018:響きあう魂」の一環として選ばれました(展示は2019年1月14日まで)。
名和さんは、アーティストとし国内外で注目を集める一方、京都のクリエイティブ・プラットフォーム「SANDWICH」のディレクターの顔も持ちます。企業とのプロジェクトやパブリックアートを通して、多くの人々に作品の魅力を広めてきました。
今回、東京ガーデンテラス紀尾井町の「水の広場」にある名和晃平さんの作品『White Deer』(2016年)とともに撮影をしながら、パリのルーヴル美術館のプロジェクトについて話を伺いました。
吉家千絵子(以下、吉家):ルーヴル美術館での大プロジェクトはいかがでしたか?
名和晃平さん(以下、名和。敬称略):思っていた以上に大変でした。ピラミッド内に、このような規模(高さ10.4m、重さ約3t)の作品展示は初めてだったそうです。本作では、コンピュータや人工知能などの存在が、やがて政治や経済に影響を与える絶大な力に置き換わるのではないかという予感を「浮遊する空位の玉座」として表現しました。祭の「山車」の形態やそのルーツを考察しながら、最新の3D造形システムと紀元前のエジプトで始まったと言われる金箔の技術を融合させています。
イオ・ミン・ペイ氏が作ったガラスピラミッドは空間が強いので、それに負けない作品を提案しなければと思っていました。実際に展示をしたら、作品が想像以上に空間と響き合ってくれてよかったです。
吉家:パリではどのような反響を目の当たりにしましたか?
名和:オープン当初は100件くらいのプレスのツアーがありました。観光客がとにかく写真をたくさん撮っていましたね。ルーヴル美術館の館長やキュレーターからもお褒めの言葉をいただき、安心しました。
同時にオープンした長谷川祐子氏キュレーションのグループ展「深みへ」では、ロスチャイルド館の大きな地下空間を青い光で満たして、『Foam』という泡のインスタレーションを発表しました。また、昨年のパリ・コレクションで発表したファッションブランド「ANREALAGE」とのコラボレーションプロジェクト『ROLL』 の作品も展示しました。こちらのドレスは、300mのデニム生地のロールからロボットアームで1着を掘り出しています。
吉家:国外でのプロジェクトが続きますね。
名和:9月頭からは、パリの狩猟自然博物館で個展「PixCell-Deer」を開催、中旬からはアムステルダム・新教会の仏陀をテーマとしたグループ展「Buddha’s Life, Path to the Present」にて、彫刻作品をアイ・ウェイ・ウェイ氏の『Tree』と一緒に展示しています。
国内では、9月上旬にSANDWICHの建築チームが店舗デザイン監修を手がけたファミリア神戸本店がオープンしました。そして、10月10日には東京のギャラリーSCAI THE BATHHOUSEで個展「Biomatrix」を開催する予定です。
吉家:そんなに多くの仕事の中で、企業との仕事はどんな位置にありますか?
名和:企業とのプロジェクトはさほど多くないです。ただ、建築のプロジェクトなどでは企業の考え方に寄り添う必要が出てくる場合もあります。それは決してネガティブな意味ではなく、アーティスト活動だけをしているときには実現できなかったこともたくさんあります。
吉家:今まで、コム・デ・ギャルソンやauなど、注目されている企業とお仕事をされてきましたが。
名和:コム・デ・ギャルソンとのプロジェクトは面白かったですね。川久保玲さんとプロジェクトを行うことが、何よりも刺激になりました。
両プロジェクトとも「クリエイションやクリエイターをリスペクトする」姿勢が明確でした。そういうコラボレーションをすることで、それまでの自分の創作、感じ方、考えの幅が、広がることもあります。
吉家:名古屋の「ISETAN HAUS」やアーティストのゆずなど、規模の大きなプロジェクトも手がけましたね。
名和:2009年にSANDWICHを立ち上げたことが大きかったですね。京都の旧サンドイッチ工場をリノベーションした場所で、アーティストやデザイナー、建築家やダンサーなどさまざまな領域のクリエイターが集い、 活動を展開しています。設立当初、アーティストのゆずからコラボレーションの依頼をいただきました。アーティスト個人としては、ゆずの世界観と合わせるのは難しいかなと思いましたが、SANDWICHとしては「できる」と思えました。
吉家:SANDWICHとして「できる」とは、どんな感じですか?
名和:SANDWICHというプラットフォームでクリエイションを起こすという意味です。SANDWICHを立ち上げるときに、始めの10年間は、自分たちがもっているノウハウやボキャブラリーを使ってさまざまなことに挑戦し、活動の幅を広げようと考えていました。ですので、SANDWICHができてからは企業との仕事をより実現しやすくなり、個人のアーティスト活動ではできなかったことにも挑んでいます。
吉家:最近では、安川電機とのプロジェクトが意外性がありましたね。
名和:安川電機の創立100周年として、新社屋のパブリックスペースに『PixCell-Double Muse』を制作しました。工場見学で、ロボットアームが自分と同じモデルを自分で作っている自己増殖プラントを見せていただきました。今後、自己増殖プラントが世界各地に増えて世の中がロボットだらけになったときに、人間と機械の関係や、人間の身体の位置付けはどうなっていくのか興味を持ちました。そのような経緯から本作品を制作しました。
吉家:最近は、パブリックアートとしての作品を多く作っているようですが。
名和:パブリックアートには、空間とアートの新しい結びつきを見つける機会があると思います。モニュメンタルな彫刻であっても、古くさい意味での「モニュメンタル」を超えた新しさを出せる気がしていています。
吉家:今日、撮影した東京ガーデンテラス紀尾井町の『White Deer』は?
名和:この立地は「水の景色」がテーマで、水盤や植栽がある。高いビルに挟まれた人工の森のような場所。そこに迷い込んだ白い鹿のイメージです。
吉家:色やフォルムには、どのような意味がありますか?
名和:白い鹿は、昔から「神使」や「神獣」として、アニミズムや神道などの信仰のなかで親しまれて来ました。鹿のツノは冬に伸びて春に落ちますが、本作品ではツノが伸びすぎている状態の巨大な白鹿が何かを伝えにきたような設定です。『White Deer』は瀬戸内海・犬島で生まれ、東京をさまよい、その後宮城県石巻市牡鹿半島に辿り着くというストーリーの三部作になっています。石巻に設置されている作品『White Deer(Oshika)』は、東京の作品からさらにツノが伸びています。
吉家:日本各地の作品とつながっているんですね。
吉家:アーティストとしての作品作りと、企業とのコミッションワークとの違いは、どんなことでしょうか?
名和:企業からの依頼は、アーティストに対しての「お願い」が多いです。企業のコンセプトに沿ったストーリーがあり、最初からソフトランディングが想定されているような……。それでいいと思うアーティストもいるでしょうが、そういった仕組みに従うだけでは「面白くないな」と感じます。
吉家:アーティストが企業と組む利点とは?
名和:個人の活動では手の届かない技術やスケール、ビジョンへの挑戦などでしょうか。また、自分の作品を、広く一般の方に伝える機会にもなると思います。
吉家:では逆に、企業がアーティストと組む利点は何でしょうか?
名和:アーティストの「自由さ」がいちばんの魅力でしょう。アーティストと組む企業は、体力的にも精神的にも「余裕がある」というアピールになるのではないでしょうか。
吉家:名和さんはよく、アーティストとしての自らの活動を「社会という枠組みから出たり入ったりしながら」とおっしゃっていますが。
名和:いつもその感覚でやっていますね。アーティストとしての発想や衝動が元にあるので、どうしてもはみ出してしまう。まあ、そういう性格なんだと思いますけれど。
吉家:アーティストとしては、企業がどのようにコミットしてくれるのがよいですか?
名和:アーティストの可能性に賭けてほしいです。誰も見たことがないクリエーションに挑もうとしているのを、純粋にサポートしてくれるのがベストだと思います。「共犯者になってくれ」という気持ちです。
吉家:今後、アートと企業の関係がより近くなると、社会にはどんないいことが起こると思いますか?
名和:どうでしょうね、アーティストと企業の距離は、特に縮まなくていいと思います。ただ、アートと企業が何かを一緒に考える機会が増えるのはいいのでは。どんなことでもよいのですが、アーティストの感性や思考がこの世に何かを残したり影響を与える可能性はたくさんあります。まだ日の目を見ていない作品やアーティストの卵も含めるとものすごいポテンシャルが社会に充満していると言えます。それが、今は一握りしか活かされてないように感じます。
プロフィール
彫刻家、SANDWICH Inc.主宰、京都造形芸術大学教授
1975年生まれ。京都を拠点に活動。2003年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士課程彫刻専攻修了。2009年、京都に創作のためのプラットフォーム「SANDWICH」を立ち上げる。独自の「PixCell」という概念を軸に、さまざまな素材とテクノロジーを駆使し、彫刻の新たな可能性を拡げている。 近年は建築や舞台のプロジェクトにも取り組み、空間とアートを同時に生み出している。