企業の研究開発をクリエイティブで可視化する“サイエンスディレクター”とは?

vol.105

企業の研究開発をクリエイティブで可視化する “サイエンスディレクター”とは?

Text by Kazutoshi Otani

今、企業は、自社の技術力の高さやアイデアの豊富さを、いかにわかりやすく社内外に伝えていくかという課題を抱えています。それができなければ、せっかくの優れた技術や発想も無駄になりかねません。「科学を視覚化する」ことの専門家であるサイエンスディレクターは、まさにその架け橋となる存在です。このセミナーでは、アマナのエクスペリエンス セクションマネジャーの岡本崇志、同じくhydroid(ハイドロイド) Unit./プロデューサーの呉 敬仁(ご けいじん)、そして、hydroid Unit./サイエンスディレクターの永田雅己が登壇して、企業におけるサイエンスディレクターの重要な役割について解説しました。

世の中の流れと研究開発者のジレンマ

呉 敬仁(アマナ/以下、呉):企業の成長の推進力は、技術力と革新的なアイデアですが、現実の研究開発者の皆さんは、その技術や発想をうまく表現できなかったり、難解な表現になりがちというジレンマを抱えています。そのため、社内の理解が得られにくく、事業化に時間がかかるという問題があり、結果として、プレスリリースで発した情報がわかりづらくなったり、製品やサービスが市場に広がりにくい弊害も生じているのです。

経産省が作成した資料によれば、イノベーションを取り巻く環境を俯瞰で見た場合に、社会・産業・技術が相互に作用しながら発展してきたことがわかります。そして、今求められている技術やアイデアは、より高度で複雑化しているわけです。

このようなジレンマに対してどのような突破口を見いだすか? 次のセクションで具体的な解決策を紹介していきたいと思います。

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アマナの呉 敬仁。

“サイエンスディレクション”の重要性〜サイエンスディレクターの存在と役割

呉:サイエンスディレクションやサイエンスディレクターは造語なのですが、その役割は、研究開発者のモヤモヤとした思いを、わかりやすく翻訳して表現することです。科学的な理論を理解しながら専門分野の方々と「同じ言葉」で会話することができ、伝えたい技術の芯を捉えて、最適な表現方法を導き出すことができる人材といえます。

岡本崇志(アマナ/以下、岡本):「思いを翻訳する」ことで、技術の研究開発者たちと同じ言葉で議論を交わしながら表現に落とし込むわけですね。では次に、課題解決の事例をいくつかご紹介したいと思います。

サイエンスディレクターによる課題解決事例

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呉:まず1つ目は、リニア新幹線の事例になります。日々技術が進化する中で、その「原理や仕組みをもっと広く知っていただけるように解説したい」とのご要望がありました。

最初に細かくヒアリングを行って、誰に向けてどのくらいの深さで表現するかを決め、具体的なテーマを設定していきます。ここがサイエンスディレクションで最も重要な部分です。なぜ浮かせて走る必要があるのか?とか、そもそもリニアモーターとは何か?浮上する仕組みは?といったテーマをしっかり見極め、実作業を進めていきました。

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しかし、リニア新幹線はプロトタイプの段階で、3DCG制作にあたってCADデータを使えない事情がありました。そこで、車体全体をハンドスキャナーで計測し、3Dデータを制作したり、車体の裏側を撮影して質感設定の手がかりにするとか、走行音を録音して効果音の参照データにするような実作業を行いました。

この事例の成果物は、リニアモーターの仕組みや浮上の原理などまで説明した解説動画と、そのダイジェスト動画です。これまでの、車輪とレールの摩擦で動いていた鉄道とは次元が異なる新しい移動体の技術を、サイエンスディレクションによって動画化することができました。

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リニア中央新幹線Webサイトはこちら

岡本:実物のCADデータがない中で、どういうアプローチがなされたかがわかる事例だったと思います。

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呉:2つ目の事例は、バイオ医薬品の製造工程で高性能なろ過材として活用されている中空糸に関するものです。展示会のブースで、専門家だけではなく一般の会社員の方たちにもわかるビジュアル表現をご要望でした。

永田雅己(アマナ/以下、永田):このプロジェクトの要は、展示会で何が表現されていればゴールといえるのかを見極めることでした。バイオ医薬品は、細菌を巨大なタンクで培養して作られますが、そのままでは不純物が多くて危険なため使うことができません。それを中空糸などの高性能フィルターに通して薬効成分だけを取り出し、純粋な薬に仕上げていきます。このフローを学びつつ、利用される機器の形や仕組みも理解して、展示会用のグラフィックスをディレクションしていったのです。

実は、細胞と比べてウイルスは1/1000程度の大きさしかなく、それを反映すると見えなくなります。そこで、サイエンスディレクションの一環として、わかりやすいようにサイズ感をデフォルメしました。

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呉:続いて3つ目の事例に移りますが、科学誌『nature』に発表された、ヒトのiPS細胞からmm  角ほどの「ミ二多臓器」を作ることに世界で初めて成功したという論文の内容を、3DCGを駆使してわかりやすく動画化してほしいというご要望でした。

事例詳細はこちら

永田:iPS 細胞から臓器を作る従来の研究では、1度で作ることができるのは、ほとんど1つの臓器だけでした。しかし、この論文では、腸の細胞が合体することによって、肝臓や膵臓などのさまざまな臓器がシステム化されてできてくるという点を、世界に先駆けて実験で確かめたところに大きな意義があります。そのことがよくわかるように、動画だからこそ表現できる時間的なダイナミズムを盛り込みました。

具体的には、まず細胞が合体し、そこから上に別の細胞が伸び、さらに横方向にも伸びていくというように、生命が時間と共に変化していく様子を動画で補っています。こうした形状の変化を正しく捉えるために、実際に論文を書かれた教授のところに紙粘土を持っていき、一緒に形の変化を確認しながら事前準備を行いました。CGはフルデジタルですが、アナログの力も利用することでゴールが明確となり、CGチームもスムーズに制作を進められた事例です。

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呉:さて、4つ目は化粧品メーカーさんの事例です。ユーザーだけでなく商品を届ける側の社員が、その基礎研究の→に 関する理解を深めるための動画コンテンツを制作したいということでした。

永田:化粧品の中に込められたハイテクノロジーを紹介する動画なのですが、意外と社員の方々は自社製品の技術的な側面について知らなかったりします。それを理解することで、より良い営業活動などができるわけです。

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呉:さらに次の事例に移りますが、こちらは製薬メーカー各社様からいただく案件で、「昨今、薬事に関するプロモーションコードがますます厳しくなり、どのような表現方法であれば可能なのかを再考したい」というご要望です。

概要としては、薬剤がその効果を発揮するための生化学的相互作用を意味する「作用機序」の見せ方のアップデートや、開発ストーリー動画の伝わりやすい表現への変更といったテーマになります。また、国ごとのプロモーションコードや薬機法のルールの違いで、海外ではOKでも日本ではNGな表現も多くあり、そこを踏まえて表現をローカライズすることも必要です。

永田:製薬関連の仕事では、調べることとそれを理解すること、そして、作ることを三位一体の状態で進めることが多いといえます。

呉:実際の作用は身体の中で起こりますから、撮影できないことも多いわけです。特に細胞膜の表面における事象など、監修される先生ごとにこだわりのポイントも違ってきますが、常に根拠となるのはエビデンスであり、それを動画としてまとめるまでのプロセスを説明することで先生方にも納得していただき、メーカーさんの協力も得てコンテンツができあがるという流れです。

サイエンスディレクションの表現アプローチ〜“見えないものを可視化する”

岡本:では次のアジェンダに移りまして、伝えるのが難しいことを正しく理解して表現に落とし込んでいくわけですが、この際のアプローチについて少し掘り下げていきましょう。

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呉:ここでは、通常のカメラで撮影できないものを特殊なカメラで捉える技法についてご説明します。

1つ目は顕微鏡下での撮影です。ヤクルト研究所様の竣工がテーマのCMのワンシーンでは、研究所の建屋をナノプリンターで造形し、電子顕微鏡で撮影しました。ミクロのスケール感に驚きがあるという表現のアプローチでした。

また、ある社内コミュニケーション向けの動画では、インクジェットプリンターのヘッド部分を電子顕微鏡で撮影してズームしていくと、ノズルの穴がすべて歪みのない真円で、きちんと整列しているという、精度の高さをアピールするものになっています。自社の技術力を再認識して自信につなげていただけたアプローチでした。

さらに医療機器の顕微鏡撮影では、腱を縫うための器具をズームしていくと、1本1本の糸が平織りになっていて腱を切ることが少ないという特徴がわかります。あるいは、医療用絆創膏の動画は、機能の異なる素材が五層構造になっていることを医療従事者の方に再認識していただけました。

2つ目の表現方法としてサーモグラフィーがあります。道路の舗装時の埋設構造の違いによって保水性が変わることを、その構造体のCGと、表面温度の違いがわかるサーモグラフィー、そして実写を合成して表現するアプローチで使われました。

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3つ目は、内部構造を非破壊で可視化できるX線です。素材によって線量を調整し、見せたい部分の透過具合を加減できますが、経験と場数を踏むことで、的確な透過表現を実現しています。花のX線画像に着色を施して化粧品ブランドのキービジュアル表現に昇華させるような、アート的なアプローチも可能です。

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(左から)アマナの岡本崇志、永田雅己。

岡本:私からも、別のCG表現をご紹介したいと思います。このセミナーはグリーンバック合成で行っていますが、そこに人体のCGを合成してみました。3mほどの高さになります。これを即座に神経のみにしたり、ズームしたり、筋肉をつけてみたり、スケルトン、あるいは靭帯や臓器や脳を見せたりと、こういう表現をリアルタイムで変えられます。バーチャルプロダクションとの組み合わせで、さらに高度な見せ方も可能になるわけです。

製品のCADデータを使った内部構造の訴求や、CGのカットモデルを動かして見せることもできますので、自社技術の優位性のアピールにご活用いただければと思います。

まとめ

呉 :では、本日のまとめになりますが、サイエンスディレクターとは翻訳家に相当する役割の人材です。そのメリットとしては、制作物のゴールと表現方法が明快になり、例えばCGの制作過程における手戻りも少なくなってコスト軽減につながります。また、審査回覧への対応もスムーズになることも利点の1つです。

そして、「技術の革新性を、正確かつ印象的に、伝えたいターゲットへ届けることができる」という点が、サイエンスディレクターを活用する意味となります。

私が所属するhydroid(ハイドロイド)は、こうしたサイエンスディレクションを得意とする制作チームですので、ご興味のある方はお気軽にお問い合わせください。構想段階のものでも、対話の中からソリューションを導き出せますので、まずはご相談いただければと思います。「見えないものを可視化する」ことがサイエンスディレクターの役目であり、御社の課題解決に役立てていただければ幸いです。

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