vol.170
Text by 徳尾 厚
<目次>
企業が成長を遂げるには、既存事業の再定義や新たな価値を生み出す創造力が不可欠です。しかし、社内での人材育成だけでは視野が限られやすく、外部リソースへの依存にも限界があります。だからこそ、内と外のリソースをどう組み合わせるかが、持続的な成長の鍵となります。
「designing」編集長の小山和之氏を迎えた本セミナーでは、モデレーターを務めるアマナの山根と杉山とともに、内製と外注の二元論を超える“第三の選択肢”について議論しました。
Reframe Studioとは
Reframe Studio は、デザイン、イノベーション、クリエイティブといった多様な分野の実践者と参加者が、共通の“問い”を軸に現状をReframe(再解釈)し、新たなアクションへとつなげる場です。ここでは、互いに共鳴し合い、アイデアを交わしながら、未来への一歩となる革新の土壌を育てていきます。
山根 尭(アマナ/以下、山根):AIの進化によって、論理的な思考だけでは解決できない課題が増えています。だからこそ、今の時代に企業に求められているのが、クリエイティブ・シンキングです。AIは膨大な情報処理や分析に強みがありますが、過去のデータや前提に縛られるぶん、前例のない課題には対応しづらい。
一方で、人間が持つ創造的思考は、既存の枠組みを捉え直し、新たな問いを立てる力があります。
山根:創造的な取り組みが求められる中で、次に課題となるのは、それを社内にどう根づかせるかです。多くの企業は「内製」か「外注」かという選択肢に直面しますが、それぞれにメリットとデメリットがあります。
山根 尭(アマナ/クリエイティブサイエンティスト)
内製化の大きなメリットは、社内にナレッジを蓄積できることですが、担当者や担当部署が決まってしまうため仕事が属人化してしまう危険性があります。一方で、外注は専門性とスピードに強みがあるものの、ナレッジが残らず、継続性や社内浸透に課題が残ります。このように(下図)、内製化と外注はトレードオフの関係にあります。
山根:理想的なのは、外部の力を活用しつつも、徐々に社内にナレッジを蓄積し、自走できるチームを育てていくバランス型の体制です。一方を選ぶのではなく、両者の「いいとこ取り」をどう設計するかが鍵になります。
山根:今、企業ではインハウスデザイン組織に注目が集まっています。その背景について、小山さんに伺いたいと思います。
小山和之(designing/以下、小山):私はデザインの可能性を探求する「designing(デザイニング)」というWebメディアを運営しています。2024年頃から特にインハウスデザインに注目してきたのですが、これまでデザインと縁が薄かった企業からも、魅力的なアウトプットが生まれはじめています。
社内にデザイン組織ができたことでプロダクトの質が変わり、企業としての強みも少しずつ進化しているのを感じます。今はトップクリエイターを追うより、インハウスの実践を掘り下げる方が可能性があると考えています。
小山:デザイン組織の役割は、この10年ほどで大きく変わってきました。特にiPhoneの登場以降、デジタル領域でのデザインの重要性が高まり、「うちにもデザイナーが必要だ」と気づく企業が増えました。
小山:ただ今は、そうした動きが一巡し、「本当に成果が出ているのか?」と問い直されるフェーズに入っています。肩書きや組織の箱ではなく、個々のクリエイターがどれだけ価値を発揮できるかが、改めて問われています。
小山:経産省の資料に掲載されたデザイン領域図は、「カオスマップ」とも言えるほど多様で複雑です。もはや「デザイン」という言葉が共通言語にならないほど領域が広がっており、現場では期待と混乱の狭間に立たされているように思います。
杉山 諒(アマナ/以下、杉山):この図を見て、特にどこが盛り上がっていると感じますか?
小山:トラディショナルな領域では結節点が多く、新領域も急増しています。その中で「君は何者か」と問われるような圧力が、デザイナー自身に向かっているようにも感じます。
杉山:確かに、「デザイン」と一口に言っても、狭義から広義まで幅広いですよね。社内でも期待値が上がっているぶん、求められることも増えていて、悩みを抱えるデザイナーは多そうです。小山さんの元には、具体的にどんな課題感が寄せられていますか?
小山:大きく3つあります。1つ目は、いいデザイナーと出会えない、採用が難しいということ。そもそも市場に人がいない。出会えても、うまく仲間に引き入れられない。
2つ目は、自分たちが「何をしている組織なのか」を説明しづらくなっていること。たとえば「グラフィックをつくる部署でしょ?」と思われるけど、実際には経営企画に所属していたりして、説明の翻訳が難しいんです。
3つ目は、社内理解の壁です。自分たちの仕事を「designing」のような外部メディアに取り上げてもらうことで、ようやく社内で理解されるようになった、といった声もよく聞きます。
右:小山 和之氏(designing編集長)、左:杉山 諒(アマナ/プロジェクトデザイナー)
山根:たしかに、自分たちの役割を正しく理解してもらうのは本当に難しいですよね。社内でも「おしゃれな資料をつくってくれる人」みたいな誤解が生まれてしまう。そうしたギャップがある、というのも大きな問題ですね。
杉山:「良いデザイナーがいない」という課題についてですが、そもそも今、企業はどんなデザイナー像を求めているのでしょうか。
小山:デザイナーの採用が難しい背景には、役割の細分化があると考えます。昔は「インダストリアルデザインができる人」といった明確な枠がありましたが、今はサービスデザインや戦略領域まで求められる。どんなバックグラウンドの人を採ればいいのか、企業側も答えを持っていません。そもそも、そうした変化に対応できる伸びしろのある人材自体が少ないと感じます。
杉山:私たちも似たような領域に関わっているので、その難しさはよく分かります。
小山:求められる役割がビジネスや関係構築の領域にも及ぶ中で、「こういう人が必要」と明確に言い切れない現場も多い。結果として、「デザイナーがいない」という言葉の意味が、どんどん広がってしまっている印象です。
山根:そういう人材が求められているというのは、裏を返せば、それだけデザイン組織が社内から期待されているということでもありますよね。
小山:まさにそうです。「とりあえず資料をきれいにしてくれればいい」という程度の期待にとどまらず、「そんなことまでできるの?」と、前向きな可能性を見出してくれる場面も増えています。
山根:とはいえ、社内理解が進まない一方で、マルチに活躍できる人も求められている。その両方を同時にこなすのは、かなり難しいですよね。
小山:本当にそうです。いま必要な人材だけを採っても、将来の可能性が広がらない。でも社内の理解を得る努力もしなければならない。そのバランスを取りながら、よりよいアウトプットや価値創出の機会をつくっていくのは、簡単ではありません。
山根:実際にデザイン組織の実態や外部クリエイターとの関係について、アマナで調査を行いました。
杉山:テーマは「創造性をめぐる発注者とクリエイターのリアルと理想」です。創造性が求められる業務として、戦略立案やブランディング、顧客体験設計など、多様な領域が挙がりました。
小山:創造性は必ずしもデザイン職だけのものではなく、非デザイン職にも求められるもの。回答が上層レイヤーに集中していたのも、その意識の表れかもしれません。
杉山:おっしゃる通りです。今回の調査でも、対象はデザイン部門に限らず、ビジネスの前線にいる事業部の方々まで広く含めています。デザインを狭義にとらえるのではなく、「価値創造の視点」で問いを立てるようにしました。
創造性を担える人材については「十分にいる」が25%にとどまり、「不足している」が65%を超えました。
小山:むしろ、25%という数字に驚きました。本当にそれだけ充足していれば、世界で勝てる企業がもっと増えていてもおかしくない。おそらく、課題が潜在化していて、まだ気づいていないだけのケースもあるのでしょう。
山根:そもそも創造性人材を必要だと感じていないから、「足りている」と回答した可能性もありますね。
杉山:さらに、創造性人材に関する課題を尋ねると、「採用の難しさ」「育成ノウハウの不足」「社内の視点固定化」が上位でした。社内だけで完結させるには限界があることがうかがえます。
杉山:そこで、外部クリエイターに何を期待しているのかも尋ねました。「実行部隊」としての役割を挙げた人は15%程度で、多くは「アイデアや表現の専門家」や「戦略パートナー」としての関与を求めていました。
小山:「制作におけるパートナー」という選択肢だったこともあり、実行面の期待も含まれているとは思いますが、それでも上流レイヤーへの期待が強く表れていると感じます。
杉山:私の感覚でも、「実行部隊」という選択肢はもっと多いかと思っていました。でも、実際には「アイデアや表現の専門家」に票が集まっており、そこにも制作的なニュアンスが含まれている可能性はあります。逆にいえば、単なる制作ではなく、企画やサービス設計、事業運営など、より本質的な意味での創造性が求められていることの裏付けとも言えるかもしれません。
小山:企業側が制作会社を「対等なパートナーとして感じづらい」と答えている点も、期待と実態のギャップが表れている気がします。「もっと近くで関わってほしい」という願いがあるのに、そこまで届いていないという感覚なのかもしれません。
杉山:発注者と受託者という関係性が、慣習的に上下構造になっていることも影響していそうです。
山根:ここからは、参加者のみなさんからのご質問にお答えしていきます。
参加者:Webシステムを外注する際、要件がうまく伝わらず「これじゃなかった」となることがあります。専門知識がないぶん、課題を掘り起こしてもらいたいのですが、すれ違いが起きてしまいます。
小山:とても共感します。僕自身もWeb制作の経験があり、要件を100%伝えるのは本当に難しい。だからこそ、“落ちる前提”で体制を組むことが重要です。あとから修正しやすい進め方にしたり、社内外に翻訳役となる人を置いたり。そうしたバッファーを意識的に持つのが現実的だと思います。
杉山:私たちも、できるだけ中に入って伴走する形で支援するようにしています。要件が変わることもあるからこそ、一緒に日々アップデートしていくことで、より完成度を高めていけると感じています。
参加者:私自身はエンジニアで、社内にデザイナーはいますが、クリエイティビティが足りず、外部の力を借りることが多くあります。ただ、要件を明確に出しすぎると「これでいいじゃん」となり、ふわっとしすぎると「何をやっていいかわからない」となる。そのバランスが非常に難しいと感じています。
特に、初対面のクリエイターに対しては、どれくらい余白を与えるべきか迷います。過去の制作物や実績から何を判断軸にして、適切な依頼の仕方を見極めればよいのでしょうか。
杉山:とても良い問いですね。私の経験では、まず目的やターゲット、期待する体験といった“軸”の部分は明確に伝える。そのうえで、それ以外の部分には意図的に余白をつくるようにしています。相手が自由に発揮できる領域を残すことで、クリエイティビティが引き出されやすくなります。
小山:僕も同じように考えています。要件をすべて言語化しようとすると、失敗は減りますが、アウトプットの自由度もなくなってしまう。だからこそ「ここは自由に発揮してほしい」「ここは守ってほしい」といったメリハリを、最初から共有しておくことが大切です。
また、初対面の相手と仕事をする場合は、どこに強みがあるのかを見極めるのも難しい。でも、過去の事例やどんな領域に興味があるかなど、相手のパーソナリティに触れようとする姿勢が、結果的に良い関係性につながると思います。
山根:クリエイターも人なので、どういう価値を提供するためのプロジェクトなのかを伝えてあげると、モチベーションが高まります。例えば、「このサービスを通じてこういう体験を届けたい」とか、「これが実現したら社会がどう変わるか」といったビジョンを共有すること。
意外と発注者側は“感情”にまで配慮できていないことが多い。でも、そこまで伝えると、相手が「自分もこの価値をつくりたい」と思い、よりよいアウトプットにつながると実感しています。
山根:ここまで内製化と外注、それぞれの長所と限界について話してきましたが、私たちアマナではその両者を補完する第三の選択肢として「Great RIVER」という取り組みを行っています。
例えば、ある企業で「この業務はもっと創造的にできるはず」といった想いがあっても、実際にその方向へ踏み出すには、社内の理解・リソース・体制など、さまざまなハードルがあります。Great RIVERは、そうした進みたくても進めない組織の中に入り込み、プロジェクトや人材に伴走しながら創造性の水位を上げていく取り組みです。
特徴的なのは、「受託」「請負」としてではなく、一緒に問いを立て、進みながら一緒に考えていくスタイルです。アイデア出しから入ることもあれば、議論のファシリテート、リサーチ、場合によっては成果物のアウトプットまで幅広く関わります。
対象となるのは、デザイン部門を持つ企業や、クリエイティブな取り組みに力を入れ始めた組織など。「外注する」だけではなく、自分たちの中に創造性の視点を取り込みながら、よりよいかたちを模索している現場に向いています。
小山:課題は多くの企業で顕在化していても、選べる手段はまだ限られています。だからこそ、既存の枠にとらわれず、新しい選択肢を探ることが必要です。Great RIVERのような存在もその一つかもしれません。
僕自身、課題相談を受ける中で、“自分たちでやってみたほうが早い”と感じる場面は多いです。お金をかけて外に出すよりも、社内で小さく試して検証してみるほうが、結果的に良いアウトプットにつながることもある。特に暗黙知を共有しているチーム内では、情報の行き違いも少ないですから。
そこに足りないリソースがあれば外部の力を補う、そんな柔軟な姿勢がこれからは大切になるのではないでしょうか。
GreatRIVER
GreatRIVER
澱みなき大河が、創造性を呼び起こす
Great RIVERは、目標を達成するための創造的な組織を共に創り上げるサービスです。各分野のプロフェッショナルである創造性人材が企業と一体となり、社内だけでは補えない視点や専門性、新たな視点や発想を持ち込みながらプロジェクトの基盤を支えます。