こんにちは。アマナアートフォトプロジェクトの上坂です。
アマナアートフォトプロジェクトでは、企業とアートに関するセミナーを定期的に開催しています。そうしたなか毎回必ず出てくるトピックが、日本と海外における企業とアートの関係性の違いです。
たとえば『The New York Times』など海外主要メディアのWebサイトには政治や経済、科学と並んで必ず「アート」というタブがあります。ビジネスパーソンにとって毎日欠かせない情報なんですね。またアメリカ・ミネソタ州のミネアポリス美術館は、20社から10万ドル(約1,100万円)以上の寄付を得ています。海外の企業はアートとビジネスの関係をどのように位置づけ、なぜ多額の寄付をしているのでしょうか?
そこで今回は、話し手としてミネアポリス美術館で写真・ニューメディア(映像)部門長を務める中森康文さん、聞き手として美術ジャーナリストの小川敦生さんをお招きし、アメリカにおける美術館の役割や企業とアートの関係についてお話を伺いました。
中森さん「私は2016年5月からミネアポリス美術館で今の仕事に就いているのですが、その前8年間はヒューストン美術館の写真部門のキュレーターを務めていました。ヒューストンはアメリカ第4の都市。アートにおいてもニューヨークやロサンジェルス、シカゴなど他の大都市との競争というか、いかに張り合って美術館の存在感を示していくかという風潮はあったように思います。そして、それを支えるのは、地元の企業や個人の寄付であり、そうした大型寄付者が評議員となり構成する美術館の評議会が、館長と共に美美術館の方針などの多くを決定し、美術館経営におけるチェックとバランスの役目を果たします。
ヒューストン美術館での仕事の一部を紹介します。私は、2015年の展覧会(展覧会タイトル『来るべき世界の為に1968年から1979年の日本美術·写真における実験』)では1960年代後半から70年代にかけての日本の写真家·美術家29人による、カメラを使って制作された実験的な作品を取り上げました。展覧会では社会が大きく変動した1970年代における、カメラが日本の美術においてカメラが与えた影響、美的および概念的境界における変化をテーマにしました。展覧会と合わせて12人の美術史家によって書きおろされた18の論文から構成される本を出版。2010年に自分が企画·著作した展覧会ならびに本『Katsura: Picturing Modernism in Japanese Architecture』(Museum of Fine Arts Houston)では大学美術協会からアルフレッド・H・バーJr.賞を受賞。
また、ヒューストン美術館時代には約700点の作品を購入したのですが、なかでも印象深いのが最後の購入となったThomas Demandの「Control Room」という作品です。これはスマートフォンにて撮影された東北地方太平洋沖地震直後の福島第一原子力発電所の中央制御室のスナップ写真を作者自身が紙でモデル化しそれを撮影したもの。ヒューストンは石油や天然資源産業によってその経済を支えられている街であり、住む人にとって電力はある意味身近な存在です。私は(原子力発電の危険性を唱える)この作品こそヒューストンにあるべきだと考えました。
ただ、キュレーターの役割はここからです。どんな作品も購入するための資金を集めなければいけません。そこで毎年11月に開催されるヒューストン美術館のファンドレイジングの催しでこの作品を(2015年11月の会にて)紹介し、作品の持つ意義をプレゼンしたところ、数百人の方に出資していただき購入できました。同作品は展示される度に、どのような機会を経て購入されたかという簡単な一文(クレジットライン)が付く訳です」
アメリカではそれぞれの都市の成り立ちや産業によって美術館の役割も変わってくるんですね。ミネアポリス美術館ではどういった観点で作品を購入しているのでしょうか?
中森さん「ミネアポリス美術館は年間100万人に近い入場者を迎えるコミュニティ密着型の美術館です。全米の百科事典形式の美術館の中でも大規模な美術館の一つであり、美術史全般にわたる横断的な10万点に近い収蔵品があるのですが、その収蔵品をいかに地元の人に見てもらうか、地元の人にいかに世界の文化を知ってもらうかというのがミッションの一つになっています。
また、最近ではミネアポリス(とミネソタ州の州都のセントポールはTwin Citiesと呼ばれ、近隣の圏内は人口350万程度)の人口構成も大きく変わってきています。以前は北欧やドイツから移住した白人中心のコミュニティだったのですが、ここ20年で東アフリカや東南アジアからの移民が増えてきました。経済的にそれほど恵まれないアフリカ系米国人との摩擦も多く見受けられます。変化しつつある都市の人口構成を、いかに美術館の展覧会、教育プログラムや収蔵品に取り入れていくかが大きな課題となります。
そうしたなか今後を見据えて美術館とコミュニティの関係性に注意を払い、変わりつつある人口構成を少しでも美術館コレクションに反映していく必要があります。私がミネアポリス美術館に移ってからは、欧米の男性作家がそのほとんどを占める12,500枚程の写真コレクションに、それまで1枚もなかった森山大道の作品や、フェミニスト作家Martha Roslerなど70年代以降のコンセプト系ドキュメンタリー写真家の作品、アフリカ系米国人でLGBTコミュニティでも知られる美術家Mickalene Thomasによるポートレイト作品などを購入しました。
こうした作品を購入することで、それまで欧米の白人男性作家の作品を中心に据えてきたトラディショナルな写真収蔵品の中心をずらし、コレクション自体をより複雑にし、現在および将来のミネアポリスの人口構成との関係を見出すことを意図しているのです。それらに加え、南アジア、東南アジアおよび東アフリカなどにて活躍した(あるいは現在活躍する)写真およびメディア作家の作品の購入を進めています。
もちろん場所が変わってもキュレーターの仕事として資金集めが大切なのは同じです。ミネアポリスでも美術館の集金担当とタッグを組んで、コレクションの購入や展覧会の資金を集める為に個人や企業を回り始めています」
企業と美術館、企業とアートの関係というと、やはり気になるのが寄付や出資といった具体的なパートナーシップ。中森さんは美術館館長協会(Association of Art Museum Directors、略してAAMD)が毎年編纂する詳細なデータとミネアポリス美術館の事例を挙げて説明されました。
中森さん「AAMDに加盟しているアメリカ、カナダならびにメキシコの214美術館の平均を取ると、美術館の歳入のうち、連邦政府の補助金が占める割合は6%です。これに州、郡や市からの歳入を足してもわずか14%に過ぎません。入場料収入の占める割合が6%、ミネアポリス美術館を含む214館の中で34%が入館料無料であることも踏まえると、美術館基本金の利回りなどによる収入以外に、アメリカの美術館の経営がいかに企業や個人の寄付に頼っているかわかるのではないでしょうか。
ミネアポリス美術館の場合、2015年会計年度には100社以上の企業とパートナーシップを結び、うち9社から10万ドル(約1,100万円)以上の寄付を得ています。300ドル(約33,000円)以上を支払えばいろいろなレベルでのパートナーシップを結ぶこともできますし、寄付の形態は展覧会・教育普及プログラムのスポンサーシップやマッチングギフト(※)など、さまざまです。
また、ミネアポリスには企業経営者による「5%クラブ」や、「マクナイト財団 」という組織があります。「5%クラブ」はミネアポリスに本拠を置く上場企業の経営者による組織で、小売業で全米シェア5位のターゲット・コーポレーションなどがその一員です。参加企業は経常利益の5%を美術館などを含むコミュニティ型非営利団体に寄付しています。
一方、「マクナイト財団」は化学・電気素材メーカー3Mの初期の経営者の一人であるWilliam McKnight夫妻が創設した基金です。2016年にその資産額は22億ドル(約2,420億円)に達し、教育、アメリカ中西部における気候やエネルギー資源、ミシシッピ川沿いの環境保全、そして芸術などのプロジェクトに対して合計8,700万ドル(約96億円)の資金を供給しています。その中にはミネソタ州で活動する美術アーティストが創作活動に専念できるように年間2万5千ドル(約275万円)を複数の作家に無償で提供したり、1人のある中堅作家一名のパブリックアート制作費に5万ドル(約550万円)を提供したり、作品制作にともなうリサーチ費用などを寄付したりしています。
一部の日本企業も、海外に行くとその土地に合わせた施策を行っています。ニューヨークに目を向けると、ニューヨーク近代美術館には(その目と鼻の先に店舗を抱える)ユニクロが出資する「ユニクロ・フリー・フライデー・ナイト」というプログラムがあります。名前の通り毎週金曜日の夕方4時から〜8時の閉館までは、無料で入館できるんですね。毎週金曜日の入場ピーク時の4時間の入場収入を超える寄付を、ユニクロは行っているのでしょう。
しかし、これは、柳井正さん(ファーストリテーリング代表取締役会長)のアートへの理解によるところが大きく、海外に進出している日本企業のすべてがこうしたパートナ―シップに積極的な訳ではありません。
私自身もヒューストン美術館時代に日本企業の駐在員や日系企業を相手に仕事を行う弁護士の方から個人的な寄付をいただいたり、日本ヒューストン商工会議所のミーティングを介して企業のトップを紹介していただき、ヒューストンおよび東京にて寄付のお願いに回りましたが、ごく一部(たとえば、クラレ)を除いて日本企業あるいは日系企業からの寄付が少なかったことを覚えています」
※マッチングギフト 従業員や役員の寄付に対し、企業が1対1の割合で寄付を上乗せする仕組み。個人で100万円寄付した場合、企業の上乗せ分と合計で200万円の寄付金になる。
中森さんによれば、こうした企業や財団からの寄付はアメリカにおける美術館やさまざまな規模の非営利の文化芸術事業にとっても、大きな拠りどころになっているそうです。トランプ政権の下でその存続があやぶまれている連邦機関である全米芸術基金やInstitute of Museum and Library Serviceが廃止される場合は尚更、企業や財団からの寄付が、特に小規模の非営利の文化芸術事業にとっては命綱になると思われます。ただ、それによって企業は何を得るのでしょうか? 「なぜ」海外の企業はお金を出すのでしょうか?
中森さん「アート関連のマーケットに参入したい企業もあるでしょうし、展覧会でスポンサーとして社名が出れば知名度向上にもつながります。ただそれ以上に強く感じるのは、企業が地域の一員として”よりよいコミュニティを作りたい”、”(企業における)職場をよりよくするためには、その土台としてよいコミュニティが欠かせない”という企業の想いですね。
前述のターゲット・コーポレーションにしても、より高い売上や顧客獲得といった見返りより、アートを通じてよりよいコミュニティを創る、あるいはコミュニティの一員としての責任を果たすという想いが、美術館への寄付やさまざまな文化芸術事業の支援につながっているのだと思います」
※為替レートは2017年4月12日現在の値。
企業である以上、まず利益を重視するのは当然のこと。これは日本でもアメリカでも変わりません。中森さんによれば、アメリカの企業も業績が悪くなれば当然寄付金の額は減るそうです。また、企業を取り巻くコミュニティをよりよいものにするにしても、アートだけが唯一の方法ではないでしょう。
そうしたなかでもターゲット・コーポレーションといった企業や「マクナイト財団」が長年にわたり美術館やアーティストを支援しているのは、市民1人1人のアートへの関心の高さが土台としてあると思います。それによって社会におけるアートに貢献する企業が高く評価され、アートの持つ可能性、影響力の大きさが企業や経営者に自然と根付いているのではないでしょうか。アマナアートフォトプロジェクトでも企業にアートの力を実感してもらえるような活動を続けていきたいと思います。
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<イベント概要>
ビジネスパーソンのための企業とアートセミナー第3弾「海外における企業とアートの関係」
日程: 2017年3月21日(火)
会場:IMA CONCEPT STORE
時間:19:30〜21:30
参加費:3,500円
*このイベントは終了しています
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プロフィール
ミネアポリス美術館 写真・ニューメディア部門長
2008年より米国の主要美術館のひとつであるヒューストン美術館写真部門のキュレーターを務めた後、2016年にミネアポリス美術館の1万3千余点を所蔵する写真・ニューメディア部門のヘッド長に就任。1945年以降の美術・写真の専門家としてさまざまな展覧会を企画。代表的な展覧会に「Katsura: Picturing Modernism in Japanese Architecture, Photographs by Ishimoto Yasuhiro」(桂:日本建築におけるモダニズム 石元泰博の写真)(2010年ヒューストン美術館)がある。
1995年から2002年まで会社法、証券法を専門とするニューヨーク州弁護士としてニューヨークと東京で勤務した経験を持つ。特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ(AIT/エイト)の創設メンバー。早稲田大学、ウィスコンシン大学ロースクール、コーネル大(博士号)卒業。