アートと企業のこれからの関係を考えるアートセミナー 

日本は美術鑑賞人口は世界有数なのに、約7兆円と言われる世界のアートマーケット(作品の売買)の中で、日本のシェアは1%未満。また、企業とアートとの関係も、他国企業に比してたいへん薄く、ハードルの高い分野のようです。が、このところ、経済学者や外資系コンサルタントも、企業とアートの関係について言及するようになり、アートビジネス、アート的発想と企業戦略について書かれた記事や書籍が増え、なおかつ、売れ行きがいいようです。どうやら、企業とアートの関係を模索しているビジネスパーソンが増えているようです。

今回、ドイツ銀行グループ、文化庁、パナソニックからゲストスピーカーを迎え、「企業のアート活用事例にみる新たな可能性」と題して開かれたアートセミナーにも、約100名のビジネスパーソン、アート関係者、学生が参加され、関心の高さが窺われました。

若手写真家支援プロジェクト「LUMIX MEETS BEYOND 2020 #5」展覧会期中のamana squareで開かれた、同セミナーをダイジェストでご紹介します。司会進行は上坂真人(アマナ)です。

ドイツ銀行グループが、世界中で本気でアートに取り組む理由

上坂真人(以下、上坂):アマナでは、2011年にアートフォトプロジェクトをスタートし、みなさんと一緒にアートと企業の関係を考えてきました。第9回のアートセミナーは「企業のアート活用事例にみる新たな可能性」。まずは、グローバルとして年間7,350万ユーロのCSR予算のうちの約22%を芸術・文化・スポーツに関連する活動に投資しているというドイツ銀行グループの土井未穂さんに話をお伺いします。

土井未穂さん(以下、土井。敬称略):ドイツ銀行グループは、フランクフルトの本社を中心に世界各国で芸術を支援する活動に力を入れています。アートの持つ力を最大限に活かすべく、キュレーター職を含むアートを専門とするチームが、「ArtWorks(アートを活かす)」というコンセプトのもと、「ドイツ銀行コレクション」という核となるコンテンツを使ってさまざまなプログラムを実施しています。日本では、私を含む広報・CSR担当職員が本社と連携して活動を行っています。

ドイツ銀行コレクションの多くは現代美術です。ドローイングや写真を中心に、ドイツ銀行が拠点を置く地域・国のアーティストの作品を収集しています。もちろん、日本の作家の作品も何百点とあります。現在、6万点以上あるコレクションのうち90%以上が、常に世界各地のオフィスや支店、提携している美術館などに展示されています。

アートをコレクションするだけでなく、それらを活用して多くの人がアートに触れるさまざまな機会を提供することにも取り組んでおり、その場を、お客様や従業員のコミュニケーションプラットフォームとしても活用しています。また、美術館やNPOなどといった社外の専門機関と連携することで、幅広い専門的なプロジェクトを実施しています。さらに、さまざまな地域の若手アーティストと一緒に活動することでアーティストの才能がより多くの人の目に触れる機会を作ったり、Webサイトやニュースレターを通して、国際的なアートシーンの情報を発信することも行っています。

具体的な活動の柱は3つあり、まず1つめが、「Art at Work——職場にアートを」です。
1970年代から、投資目的ではなく、文化的な社会関与のツールとして現代アートを意識するようになり、役員室などの一部の特別な空間だけでなく、銀行の支店や廊下も含めたオフィス全体にアートを展示するという画期的なアイデアに発展しました。

2011年に改修された本社ツインタワービルには、約100人のアーティストによる1800点以上の作品が展示され、各フロアに1人の作家を割り当てるという遊び心のあるデザインになっています。東京オフィスでは、「日本人アーティストとドイツ人アーティストのダイアログ」というコンセプトで84名の作家による300点以上の作品を展示しています。

2つめの柱が「スポンサーシップ」です。
金融機関は、体にたとえると血液と言われることがありますが、文化における交流も弊社のアート支援活動の重要な要素の1つです。1982年以降、33の国と地域で130以上の展覧会やアートプロジェクトを実施し、日本では原美術館のコーポ―レートメンバーに。また、4日間で6万人という非常に大きな人数を集めるアートフェア東京への協賛も2011年以降継続しています。

さらにベルリンにある弊社運営のアートスペースは、若いアーティストの作品を展示する場所としてプログラムを実施しています。中でも「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」には力を入れており、アートを通じて独自の方法で社会的課題と向き合っている作家を年に1人選出し、選出作家の個展やカタログ出版などを行っています。

3つめの柱が「教育プログラム」です。
弊社は、私達が事業を行い生活を営んでいる社会の未来を創出するにあたって、教育が最も重要な役割を果たすと考え、CSR活動においては、「若者の才能の伸長」と「公平な機会提供」という点に力を注いでいます。それは、アートにおいても同様です。

日本では、いくつかのパートナー美術館や団体と連携して展覧会やアートフェアの協賛、セミナーやワークショップなどの教育プログラムを開催しています。その際、弊社とパートナー団体という一対一の連携だけではなく、パートナー団体同士に連携していただくことを通して、プログラムの幅を広げています。アート教育に特化したNPOや任意団体と、ツアーやワークショップを行っていますが、それらのプログラムを通じて、社会的・経済的に困難のある若い人たちがアートに触れ、こんな考え方があるのだとか、こんな視点があるのだといったような気付きを得ていただくきっかけとしていただければと考えています。

「LUMIX MEETS  BEYOND 2020」5年目の活動で思うこと

上坂:アートフォトプロジェクトを取り組み始めて、日本人写真家が世界中で想像以上の活躍をしているということを知りました。しかし、その事実が国内では知られていません。いろいろな企業が写真コンテストをやっていますが、世界への出口が事実上ほとんどありません。システムとしてその出口を作りたいと思っているとき、パナソニックさんと出会いました。

坂本維賢さん(以下、坂本。敬称略):パナソニックは来年で100周年を迎えますが、カメラメーカーとしては今年が16年目。最後発で知名度もシェアもまだまだ低い。そういった中で何かをしなければならないというテーマがありました。フォトコンテストや写真美術館への協賛は、カメラメーカー各社がされていますが、同じようなことを私達がやることにどのくらい意味があるだろうかと考えていたところ、2013年夏、アマナとの出会いが非常に大きなきっかけとなりました。

「LUMIX MEETS BEYOND 2020 BY JAPANESE PHOTOGRAPHERS」と題した若手写真家サポートプロジェクトの実施が決まり、2013年に新製品が発売されるタイミングで、その年の11月に「Paris Photo」開催中にパリで展示をスタートさせました。準備期間は3、4カ月でした。

その後、2014年、2015年、2016年そして2017年と続けていますが、限られた予算で回を追うごとに規模を大きくしていくことは困難なこともあります。しかし、同じことの繰り返しではなく、私達にできることをどう創意工夫して実現するかが、毎回のテーマとなっています。

みなさんの参考になればと思うのは、こうした活動をしている中で、いろいろな繋がりができることです。1回目のパリ展示のレセプションのときに来てくださった、イエローコーナーというフランスで誕生し世界に展開しているアートフォト販売会社のオーナーが、その会社所有のパリのギャラリーでLUMIXのコラボレーション展示を年間を通してやってくださるなど、従来とは異なる種の企業や人と出会い、その発展形が枝葉として出てくる、ということを繰り返しています。

5年目となる今年は、9月に世界の若手写真家の登竜門と言われる「UNSEEN/アンシーン」開催中のアムステルダムで展示をさせていただきました。東京では東京アートブックフェアと連携したり、文化庁の後援をいただけたこともありがたく思っています。新しい試みとして、アートスクールやアジアの出版社の方々、パリの美術学校の方々と作家たちを交流させることで、実際に世界に出て行くためのきっかけをつくることをチャレンジの1つとしています。

プロジェクトには、これまで20数名の作家に参加していただきました。大きなきっかけをつかみ、すでに世界的に大活躍している作家もいます。参加した作家たちが世界で活躍して名前が少しずつ大きくなっていったとき、過去に「BEYOND2020」という企画に出ていたことが少しでも伝われば、LUMIXというブランドイメージがついてくるのではないかと、非常に長いスパンでの話ではありますが、私達ができることとして続けています。

行政も日本におけるアートマーケットの振興に動いている

上坂:アートマーケット拡大やアーティストの育成のために行政のサポートがほしいところに、頑張ってくださっている文化庁の林さんに日本の現状と今後の政策をお話いたければと思います。

林保太さん(以下、林。敬称略):「BEYOND2020」の取り組みを最初にお聞きしたときに、日本の企業の活動として、とても嬉しいと思いました。始まったタイミングもこれからご紹介する行政の動きと近く、その時期にそういう大きな流れが起きてきていたのだなと改めて感じました。文化庁が、今、生きているアーティストを支援しようとアートマーケットに注目し、実際に支援を始めたのは2014年のことでした。

さて、日本の美術に関する政策については、明治時代に形作られ、それがずっと続いてきたというのが現状です。まず戦前ですが、当時の文部省が関わって作った制度が主で、現在の東京国立博物館の前身である文部省博物館が1872年にでき、以降、現在の日展につながる文部省美術展覧会(文展)が1907年、文展の審査を行う美術審査委員会も1907年にでき、これが現在の日本芸術院につながっています。

戦後になって、1952年に(東京)国立近代美術館ができ、2006年に国立新美術館ができて現在の体制になりました。文化庁が1959年から行っていた優秀美術品買い上げは2006年に国立新美術館に引き継いだ、ということで現在は廃止になっています。

2000年に近くなったところでいろいろと新たな動きが起こりました。1997年に文化庁メディア芸術祭ができ、作品を公募して賞を出し、入賞作品の展覧会を開催しています。1998年からは在外研修の成果発表としてDOMANI・明日展を行っています。また、2001年には文化芸術振興基本法が成立しています。今年6月にはこの法律が一部改正され、「文化芸術基本法」となりました。

大きな転換点となったのが「国立メディア芸術総合センター(仮称)」構想でした。これは、2009年度補正予算で建設費が措置されたのですが、自民党から民主党への政権交代に伴い、執行停止となりました。その後、メディア芸術に関しては単に顕彰するだけでなく、各分野の具体的な振興に取り組むべし、という流れになり、私が担当として取り組むことになりました。マンガ・アニメ・ゲームと並んでメディアアートの振興を検討したのですが、検討を進める中でメディアアートだけを振興することは困難であることに気が付きました。メディアアートだけでなく、アート全体の振興を考えないとうまくいかないと思い至り、時機が来た時に備えて2012年から有志でのリサーチを始めていました。そして、2014年、海外のアートフェアに出展するギャラリーに500万円を上限にサポートする「優れた現代美術の海外発信促進事業」が開始されました。マーケット振興に踏み出したのがこの年だったということです。最近では、成長戦略にかかわる課題として、政府としてもアートマーケットを大きくしていこうという流れにようやくなってきたところです。

2015年には、美術品に係る減価償却に関する通達が改正されました。「書画骨とう」と規定されていたものが「美術品等」に改められ、減価償却できる範囲が「20万円未満」から「100万円未満」に引き上げられました。この法人税減税によって、企業がコレクションすることに対する優遇措置が拡大されていることをもっと多くの企業の方々に知っていただき、コレクションを実践する企業が増えてくれることを願っています。

今年3月には内閣官房文化経済戦略特別チームができました。私もそこに所属しており、ワールドマーケットを重視しようという認識で動いています。アートマーケットをまわすのはコレクター。企業の減税措置の範囲を大きくしつつ、今後は個人に対する優遇措置を検討し、個人がミュージアムにコレクションを展示することを促進したいと思っています。

企業にとって、アートはその先の価値を生むもの

上坂:ドイツ銀行の土井さんとパナソニックの坂本さんに聞きたいことがあります。それだけアートに資金を投じて、企業としてどういうメリットがありましたか。

土井:いろいろな機会や出会いをいただいております。アートに資金を投じることで、直接的な収入には結び付きませんが、それには代えがたい価値をいただいていると思います。ブランディングの手段としても、たとえば、アートフェアへの協賛という機会を使うことで直接、私達がアプローチしたいお客さまと関係を持つことができますし、また、ドイツ銀行がスポーンサードしたということがメディアに載り、単発の営業・プロモーション活動だけでは得られない結果につながります。

坂本:ドイツ銀行さんの観点と近いところがあります。みなさんご存じのように、デジタルカメラは日本企業がシェアのほとんどを占めていますが、出荷台数はどんどん下がっています。ものづくり企業は、高付加価値モデルにシフトしていますが、それを誰もが買うわけではありません。高付加価値モデルにこだわるお客様であるアーティストや富裕層が、アートの世界と親和性が高いということがあります。いちばんの目的はブランディング。LUMIXというブランドを定着させるために活動できることが、大きなメリットだと思っています。

上坂:最後にみなさんの今後の方向性をお聞かせください。

土井:「弊社がアートフェア東京のスポンサーを7年間続けています」と言っても、弊社による日本のアート業界へのインパクトはとても小さいというのが実情です。日本を代表する企業の皆さまがアートをおもしろいなと思い、アートを活用していただければ、日本のアートシーンはもっと盛り上がると思います。1つの企業ができることは限られていますが、作家さんが生き生きと創作活動を続けていけるような環境を企業としてどう支援していけるのかを一緒に考えたり、みんなで少しずつお金を出し合うことで、大きな効果を生むことに繋げることができたら、面白いことが起きるのではないかと思っています。

林:日本のアートマーケットは日本の経済規模に比して非常に規模が小さく、このままの状態では日本からアーティストが出ていってしまうことが危惧されます。アートのいちばんの課題は評価なので、アートマーケットを育成するためにも、バリューをどう安定的にするか、公正な価格をどうするか、業界の方々と連携して検討を進めていきたいと考えています。

坂本:「BEYOND2020」は、名前どおり2020年が一つの区切りだと思っています。そこまでは続け、毎年発展させたいと思います。今日、この会場に来ている企業の方々が一緒になってやってみたいと思っていただければ、ぜひ声をかけていただきたい。1社ではできないことも、2社、3社、集まってできることがどんどん生まれてくるのが理想的だと思っています。

アマナがアート事業を始めて6年が経ちます。この間、確実に企業のアートへの関心が高まっています。正確に言うと「企業におけるキーパーソンが、アートの持つ力を感じ始めた」という段階だと思います。そして、企業上層部を説得し始めました。それなのに、必ず聞かれる「企業としてのメリット」に「共有する解」が見つかっておらず、模索しているようです。

しかし、ちょっと気にしてみれば、海外企業のミーティングルームに行けば、価値のありそうなアート作品が飾ってあります。経営者と語ればアートについて語れます。アメリカもフランスもロシアも中国も、有力企業が自国アーティストをサポートしています。ネットを見れば、『The New York Times』も『THE WALL STREET JOURNAL』 も、「ART」タグがトップにあります。きっと、世界を目指す日本企業がいろいろな経路を経てアートと関係を持つ時代が来ます。

アマナは今後も、企業とアートの関係について、皆さんと一緒に考え、そして試行し、錯誤し、でもアートを通じて、日本をもう少し素敵にしていきたいと思います。

Profile

登壇者プロフィール

土井 未穂

ドイツ銀行グループ 広報部 コミュニケーションズ・スペシャリスト

ドイツ銀行グループ 広報部 コミュニケーションズ・スペシャリスト。1976年埼玉県生まれ。学習院大学文学部哲学科卒業、ニューヨーク大学大学院ビジュアル・アーツ・アドミニストレーション修士課程修了。東京画廊+BTAP勤務を経て、2011年より現職。ドイツ銀行の広報・CSR業務の一環として、展覧会やセミナー、ワークショップ、レセプション等のコーディネーションおよびPR、アートイベントのスポンサーシップなどを担当。個人的にも若手アーティストの作品数十点をコレクション。

Profile

登壇者プロフィール

林 保太

文化庁 長官官房政策課文化プログラム推進室 室長補佐

1967年生まれ。1994年から文化庁勤務。文化庁文化部芸術文化課等を経て、2003年河合隼雄文化庁長官(当時)提唱による「関西元気文化圏構想」推進プロジェクトチームに参加。2006年福井大学出向後、2009年から再び文化庁文化部芸術文化課にてメディア芸術振興施策の企画立案を担当。2011年文部科学副大臣秘書官事務取扱、2013年文化庁文化財部参事官(建造物担当)付。2016年文化庁長官官房国際課国際文化交流室を経て、同年11月から現職。2017年3月からは内閣官房文化経済戦略特別チーム参事官補佐を併任。

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登壇者プロフィール

坂本 維賢

パナソニック株式会社 イメージングネットワーク事業部

1970年千葉県生まれ。2013年からパナソニックに勤務。入社以来、一貫してカメラブランド「LUMIX」におけるマーケティング業務の一環として写真展や展示会、スポーツイベントのコーディネーションやPR、スポンサーシップなどを担当。

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