アマナが擁するプロトタイピングラボラトリー「FIGLAB(フィグラボ)」では、テクノロジーを軸とした表現を模索し、企業との共創に活用しています。2022年10月に開催されたFIGLABの企画展「FIG OUT 2022−積み重なる世界−」では、そうした共創プロジェクトの成果が発表されました。
今回は、FIGLABの横山徹、情報科学芸術大学院大学 [IAMAS]の赤羽亨教授、長崎県立大学の飛谷謙介准教授との協業で制作された作品「RSP」を題材に、「AIとの共創はどんな未来をもたらすのか」「作品に用いられた技術や作品制作過程が、どのように社会や企業の課題に役立つのか」について語っていただきました。
—— 今回の発表内容について教えてください。
横山徹(アマナ/以下、横山):「RSP」というのは「Reverse Simulation Photography」の略称です。今日、AIは「写真と見間違う」画像を生み出せるまでになっています。では、AIによって生成された画像をカンプとして使用し、人間の創作でAIが作り出したものに限りなく近づける写真制作プロセスを含めた連作の写真作品です。その方法論で写真においてどのような表現が可能になるのかを試みました。
—— 「RSP」の制作プロジェクトには、赤羽先生と飛谷先生はどのように関わったのでしょうか。
横山:FIGLABでは、最新テクノロジーを広告にどう利用できるかという課題が常にあって、マーケット動向を読んで新しいサービスを考えるのに、ビジネス開発の方法としてプロトタイピングメソッドが役に立つのではないかと思っていました。赤羽先生が実践されているプロトタイピングメソッドとも相性がいいのではないかと考え、当初からFIGLABでは赤羽先生には関わっていただいていたのです。私が「写真を題材にしたメディア作品を作りたい」と話したところ、AIを専門とされていて、かつメディアアートというものを理解されている飛谷先生を紹介していただきました。
赤羽亨教授(情報科学芸術大学院大学/以下、赤羽): 私たちは3人ともIAMASの卒業生なんです。専門性は異なるのですが、大学の学科名にもなっているメディア表現という視点から見ると、新しいテクノロジーをどう表現に昇華させていくか、ということは共通する課題意識になっていると思うんですね。
今回は、横山さんの、こういうことをしてみたいという要望がスタートにあって、そこにどのように近年のテクノロジー掛け合わせていけるかということを考えて、そこから飛谷さんと一緒にやったら何かできるかもしれない、と思いつきました。チームビルディングやテーマ設定といった大きなところが私の役割で、作品のための実装や作り込みは飛谷先生、横山さんにやっていただくというような感じです。
飛谷謙介准教授(長崎県立大学/以下、飛谷): 私の専門は画像処理だったり、機械学習、感性情報学が専門で、「人が何かを見た時、どう思うのか、どう感じるのか」ということを機械学習の技術を通して扱えないかが研究のメインテーマになります。なので、これらを使って何か面白いことができないかなと日頃考えていまして、今回は赤羽先生からFIGLABのプロジェクトを紹介していただいた時に、私の関心とマッチするんじゃないかなと感じて、参加しました。
—— 製造業を行っている企業が行うプロトタイピングと、アマナのような非製造業の企業が行うプロトタイピングとでは、意味合いが違ってくるように思われます。今回は「FIG OUT」というイベントで掲示したわけですが、非製造業の企業がプロトタイピングを行うことには、どのような意味があると考えていますか。
横山:プロトタイピングといえば3Dプリンターで何か出力するというようなイメージがあると思います。もちろんFIGLABの活動として赤羽先生とご一緒してきたプロトタイピングは確かにそういうことをやっているのですが、作品作りにも転用している面があります。
昔の彫刻家が道端におちている石を見て「(石の中に)何かが見えるぞ」と言ってそれを掘り出すように彫刻作品を作ったという話がありますけど、現代に生きる我々はメディアアート作品を作るのに最初から完成したものが見える、なんてことはなかなかありません。最初の段階で何か作ろうと構想を練る際に「なぜそれを作るのか」「なぜこれを世に出さねばならないのか」という問いへの答えを自分で出さないといけないと考えています。
今回も、構想について3人で話し合った際に「どんなものを作るのか」ということを最初から重視していました。人によっては社会課題であったり、新しい価値観を世に出さないといけないと考える人もいますが、僕の場合は新しいイメージの制作が重要で、何か新しい撮影の様式を世に出したいなというところがありました。
赤羽:元々、横山さんが「写真でやってみたい」と発想したところに、普通なら相容れないAIや機械学習というキーワードをどう結びつけるかが、私の最初の命題だったんですね。それで飛谷先生を呼んで機械学習と組み合わせた写真作品とか、新しい写真表現ができないかってことを議論してきました。
テクノロジーという観点で言えば、ゼロから新しいものを作るというアプローチではなく、既存のテクノロジーの組み合わせ方の模索を通してオリジナルの表現を実現させるというアプローチを取っています。そのため初期の議論でまず取り組んだのは、既存のテクノロジーと自分たちの表現を相対化するという作業でした。
——テクノロジーが世の中に現れた時のリアリティという点では、社会の中でのAIの位置づけ、関わり方が非常に気になります。「RSP」では、写真を撮影するという最後の過程がAIではなく人間だということも象徴的な印象があります。
横山:「RSP」は、AIと人間との共創の線引きとでもいうようなことがテーマの一つなのかなと思っています。どこまでAIを使うのか、どこからが人がやるのか。最終的に人間が撮影するということは決まっていたといっても、そこは僕が選択芸術として写真を撮りたいという願いみたいなことかもしれないですが。
飛谷:洗練された技術って人の生活に溶け込んで意識しなくなると思うんですね。AIについては、まだそこには行き着いていないのが正直なところですが、進歩のスピードが去年から急に上がっていて、社会に溶け込むのはもうすぐなんだろうなっていう直感はあります。で、どう向き合うか、どう付き合うか、という観点ですけど、スピード感もすごいし、規模も大きいし、なので「わからない」というのが正直なところです。
ここ数カ月の話ですけど、社会に溶け込んでゆく人工知能に対して、ただ待つのか、どうあらがうのか、どういう研究があり得るのか、そういったことに一歩引いてしまう瞬間が来たような気がしています。社会全体として人とAIがどう付き合うのかという話だと、今騒がれている、たとえばChatGPTでこんなことができるって喜んでいるけど、「こんなことができる」が当たり前になったことで「これで何ができるのか?」という別の軸で捉えていくのがよいのではないかなと思っています。
—— 審美眼的なもの、感性的なものをAI・機械が担うと画一的になるんじゃないか、機械が全部決めていったらみんな同じになって面白くないよね、という観点もあるように思いますが、実際はどうなのでしょうか。
飛谷:現在、AIの世界では、エステティックエスティメーションという分野があるんですね。審美性みたいなものを推定しよう、推測しよう、という分野です。これに関するデータセットができたのが10年くらい前。ある画像を見て、それがどれだけ美しいかを推定しようという流れから、そこに「個人差」を入れようとか、「なぜそれが美しいのか」の根拠判断がどんどん広がっているんですね。で、プレゼン資料のデザインのよさや、パッケージ商品のパッケージの好意度を推定するAIとかがすでにサービス化されているのですが、では今後そのサービスによって、審美眼が均一化したりコモディティ化したりするのかというと、そんなことはないはずなんです。そこで美しいとされたものに対して、そんなものは全然カッコよくない、ダサい、という人がいるはずで、それによって、今まで「美しい」とされたものが、突然「ダサい」に変わる瞬間があるんです。
今回の横山さんの作品で用いている審美眼AIでは、モデル画像と、撮影されたモデルがこういう部分では似ている、似ていないということが提示されているのですが、そういう「数値化されて提示されたもの」に対して、共感だけじゃなくて違和感、嫌悪感などいろいろな感じ方があると思うのですが、だからこそ機械が決めても均一化されないということになるんじゃないかと考えています。
—— 「RSP」の制作過程をつまびらかにするといった、技術をオープンにしていくことが企業活動にどのように役立つとお考えですか
横山:審美眼AIについては、企業だったら必ず直面する選択のタイミングで、どっちにするのかという決断に使えるのではないでしょうか。自分が作ったプレゼン資料にも使えるので、極論すればブランドガイドライン的な部分でクリエイティブエージェンシーに頼らずとも美しいものを作ることができるんじゃないかと。
全体的な話では、アイデアをAIに作らせて、それに対して人間がストーリーや肉付けを行っていくというのが、「RSP」の手法に近い方法論だと思います。AIがすべてをやってくれるのではなく、AIのアウトプットに対して最終的に人間が味付けや決断を行う。プロトタイピングそのものをAIがやりながら、どのようなプロトタイピングがあり得るのかは人間が担うというか。
—— 言い換えると、ビジネスで求められる視点や課題意識について、人工知能やプロトタイピングメソッドが、新しい視点や課題意識を人間が発見するための提示を担当するということですね。
飛谷:今回の「FIGOUT」のような、さらに「RSP」のような個人作品の制作や展示を企業が手がけるというのは初耳だったんですよね。実験的なことができる場所があるのは、僕にとってはすごく新鮮で嬉しいことでした。こんな展示に関わらせていただけたなんて、本当にありがたかったです。
取材・文:秋山龍(合同会社ありおり)
編集:大橋智子(アマナ)
撮影:松栄憲太(アマナ)
AD:中村圭佑
赤羽亨
赤羽亨
Kyo Akabane | 情報科学芸術大学大学院(IAMAS)情報文化研究センター長・教授。インタラクションデザインに焦点をあてて、メディアテクノロジーを使った表現についての研究を行っている。主な活動に、「Pina」(Ag Ltd.)、「メディア芸術表現基礎ワークショップ」(文化庁メディア芸術人材育成支援事業)「3D スキャニング技術を用いたインタラクティブアートの時空間アーカイブ」(科研費 挑戦的萌芽研究)がある。
飛谷謙介
飛谷謙介
Kensuke Tobitani |長崎県立大学情報システム学部情報システム学科準教授。機械学習、感性情報学、コンピュータービジョンに関する研究に従事。今は、人工知能を活用した新しい枠組みでのプロダクトデザインにより、「感性価値」を創出する研究を進めている。
横山徹
横山徹
Toru Yokoyama | 株式会社アマナFIGLAB所属。銀塩時代からの写真史の流れを参照しつつデジタル・テクノロジーのみで可能な写真表現の新しいあり方を研究している。また、並行して広告プロモーションでプログラミングを駆使したマルチメディア表現・リアルタイム3D表現をベースにインスタレーションを制作している。
近年参加した展覧会に「RGB the newly / Mister Hollywood OSAKA」、「Media Ambition Tokyo」、「ウィリアムクライン たしかな心と眼」「Jerusalem Design Week」など。Tokyo TDC、NYC Festivals, Spikes Asiaなど広告賞受賞。
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