この連載では、世界中のマーケット潮流をリサーチ・レポートするイノベーションアドバイザリー「STYLUS」の日本法人でカントリーマネジャーを務める秋元陸さんに、同社のグローバルレポートに基づき、企業の広報・マーケティング担当者が知っておくべきトレンド情報を解説していただきます。第5回のテーマは、今から16年先にあたる2040年の消費者を取り巻く環境についてです。鋭い分析に基づく興味深いトレンド予測にご注目ください。
最初に、なぜ2040年に注目するのかという理由をお話しします。50年単位で考えたほうがキリが良いと思われるかもしれませんが、あるテクノロジーが本当の意味で世界を変えるには15年から20年はかかるというのが、STYLUSの考えです。
たとえば、スマートフォンが登場してから、いわゆるガラケーが生産中止になるまでに、だいたい18年から20年かかりました。つまり、あれほどインパクトがあった製品でも、新しいテクノロジーやコンセプトが実際の世の中を変えるまでに、そのくらいの時間が必要だったわけです。
そのように考えると、現時点で実証段階まで進んでいるシーズレベルのテクノロジーや、すでに作ることが決まっているような製品、あるいは一部の人たちや局地的に支持されているモノや現象などが主流になるタイミングが2040年頃だと言えます。そこで、7つの切り口によって2040年にはこうなっているのでは、ということを予測してみました。
具体的には、世代論的な「Generations」、将来のデジタル環境を考える「Digital Worlds」、健康意識の高まりと関係した「Wraparound Wellness」、富裕層と関連する「Luxury Perspectives」、持続可能性に着目した「Sustainable Futures」、日常生活に入り込むテクノロジーを意味する「Convenience Culture」、そして、全員参加型社会に通じる「Inclusivity Outlook」の7つです。
世代的な話題としては、現在の14歳以下の子どもたちが、2040年には今でいうZ世代のような位置付けの年代に成長します。その過程で、たとえば1960年代生まれの人と比べて最大で7倍くらいの異常気象を経験すると考えられているのです。その中には、酷暑もありますし、海水面の上昇による陸地の減少、そのほかの自然災害も含まれていて、当然ながらその世代の環境意識はとても高くなります。
一方で、今のZ世代は2040年には30歳から40代前半になり、消費の最盛期に入るタイミングです。ライフイベントとして家族を持ったり家を買ったりしますし、年収の点でも1つ上のミレニアル世代を超えるでしょう。
そのときに、収入を得る際の価値観として、日本国内にこだわらずに他の地域に移動、移住して働く人が増えると予想されています。バンク・オブ・アメリカの分析では、「2031年の時点で、Z世代の10人に9人が新興国に移駐する」という結果が出ていますし、働き方改革やリモートワークの推進によって、今まで通りに働くスタイルがナンセンスに感じられるようになるわけです。
そうすると、限られた収入の中で家族と自分が理想のライフスタイルを送るためには、山手線の内側に住むことへのこだわりがなくなったり、政府に対する不信感なども重なったりして、日本にいる必要がないと考える人たちが増えるでしょう。そのため、海外に移住する動きが高まると考えられるのです。
さらに2040年の中高年や高齢者に目を向けてみると、いわゆる老老介護、つまり60歳から75歳の人たちが、自分たちより上の80代とか90代の人たちのケアをすることが主流になると言われています。2050年には世界の人口の6人に1人が65歳以上になり、100歳以上の高齢者も現在の8倍にあたる370万人に達すると予想されていて、中高年の世代の人たちが介護者となって上の世代の人たちのケアをすることが社会全体に浸透していると思われるのです。
デジタルテクノロジーの領域でも、いくつか興味深い進展があるでしょう。たとえば、AR(拡張現実)やXR(現実空間と仮想空間の融合)のための技術は、今、ようやく日常生活の中でもちらほらと見かけるようになってきたところです。
実際の風景、たとえばスタジアムの看板広告は現実には1枚しか表示されなくても、デジタルテクノロジーを応用して、スマートフォンをかざすとその人に合わせてパーソナライズされた広告が表示するようなことができます。また、街中の風景に美術館や現代アートの作品を仮想的に展示して、面白い風景を作り出していくといったことがどんどん増えていくでしょう。
ただ、今のところは、スマートフォンの画面を通して風景を見たり、ヘッドマウントディスプレイを装着したりしないと、合成されたイメージが見られません。できたとしても、中国のテクノロジー企業による眼鏡サイズのXR機器くらいが限度です。それが2030年から2040年くらいになると、フィジカルリアリティと呼ばれる現実の世界と、仮想的なバーチャルリアリティが融合して区別がつかないようになると考えられています。そして、アメリカのMojoという企業は、これをスマートコンタクトレンズで実現しようとしていて、今は実証段階に入っていたりするわけです。
たとえば、コンタクトレンズをつけてゴルフコースに出ると、そこが何番ホールでピンまでの距離はこのくらいというように、見ている景色の中に情報が表示されるようになるわけです。2024年の早い時期に発売されると言われているAppleのVision Proなども、こういう世界を実現しようとするものと考えられるでしょう。
それから、MastercardとイスラエルのBakktという企業が共同で行っている取り組みとして、いろいろなサービスを使うともらえるポイントやリワードを、ブロックチェーンに置き換えるというものがあります。あるアンケート調査によると、アメリカでは48%の人が暗号資産を購入したことがあったり、1/3の人が購入を検討しているというような回答が得られたりしているのですが、こうした動きを受けて両社が考えているのは、クリプト(暗号)ギフトカードとリワードポイントによって、ポイント制度をもっとスマートなものにしていくということです。
今でもクレジットカードのポイントを航空会社のマイルや他のサービスのポイントに変換する程度ならできますが、選択肢が限られていて、提携しているサービス間でしかやり取りができません。それではユーザーの利便性が悪いので、ブロックチェーンの導入によっていろいろなサービスがシームレスに接続できるようにしていこうというのが、このプロジェクトの概要です。2040年には、こういった仕組みが一般化していて、ポイント制度の後ろでブロックチェーンやWeb 3.0のテクノロジーが使われていく日も、そう遠い話ではないのではないかと思っています。
そして、新興国に移住するような人が増えたときに、ではどこに住むかということが問題になるわけですが、たとえばFigment Country Clubは、すでにクラウド上に国と呼ばれる共同体を持っています。このバーチャルな会員制クライブにはグローバル市民が所属し、インターネット接続さえあれば、いつでもどこでもアクセスができます。
ネット上に仮想的な土地や家を買って暮らせるセカンドライフというサービスがありますが、それを本格的に実現しようとする流れの中で、Figment Country Clubは地球上の誰もがクラウドに住める国を作ろうとしています。まもなく、そのためのメンバーズクラブも立ち上げる予定があり、NFT(デジタル資産の1つである非代替性トークン)も発行していくそうです。NFTの所有者には、選挙権が与えられてデジタルの自治体を運営していく人を決めることができたり、図書館やコンサートホールも作って快適に暮らせるバーチャルな都市作りに参加できるようになります。
こうしたことも、2040年には一般化している可能性があるわけです。
次はウェルネスですが、これは平均寿命が伸びるに従って重要度を増す領域です。
ワクチンや医薬品、医療技術の進歩によって、ガンが命を奪うような病気ではなくなったら人はもっと長生きできますが、ただ年齢を重ねることが幸せとイコールなのかといえば、そうではありません。確かに病気で亡くならないとしても、身体能力が衰えてベッドで寝たきりだったら、100歳や120歳まで生きられてもその人にとっては幸せとは言えないでしょう。そこで、健康寿命というものが重要になってきます。
健康寿命とは、認知機能や身体機能を含めて、心の健康を保てるような状態を意味しますが、それを支えるために、コンサルティング会社のデロイトなどの調査では、2040年までに過去に例がないほどの医療経済が生まれると予想されています。これは大手の製薬会社の売上に限らず、個人向けにカスタマイズされた医療ケアや医薬品が登場して、ウェルネスの要素が新たな市場を牽引していくことを意味するものです。
たとえば、アメリカではサイケデリック療法という大麻などを利用した医療が合法化されていたりしますし、LSDなどの幻覚剤を医療に応用することも考えられています。それらの物質は脳に作用しますから、医師が用法や容量を守って利用すれば、認知機能を高められるのではないかといったことが考えられているわけです。
このように、身体の病気だけでなく心の病と戦う医療も2040年に向けて発展していくと考えられています。
続いて2040年のラグジュアリーについてですが、これはもうSFの世界に近いかもしれません。それは火星での生活が実現するかも、ということです。もちろん、永住するのではなく短期的に滞在する施設のようなものですが、コンセプトデザイン的なことはすでに始まっていますから、月よりも遠い宇宙旅行や火星に滞在するための実証実験が始まるかどうかというタイミングが2040年ではないかと思われます。
また、2040年には自然やエネルギー問題がラグジュアリーという概念に直結してくるかもしれません。今でも、どこでも仕事ができる世の中になってきたので、シリコンバレーで大成功した人たちが、ニュージーランドやサウジアラビアの人里離れた場所に住むようなことも起こり始めています。
それと関連して、サステナブルな未来というものを考えたときに、そろそろ着工するといわれている韓国のOceanixのような海上都市も作られていくでしょう。
海面の水位上昇に伴って国土の面積が減るにもかかわらず、人口が増えていくことを想定して、海の上でも住めるようにするためのサステナブルなエネルギー開発や、サプライチェーンの確保の実証実験を行う研究都市なのですが、こういうものが他国でも次々と生まれていくことが予想されます。
さらに、テクノロジーが生活を便利にするという点では、スマートフォンやデジタルデバイスの中に集約されている個人情報を含めたさまざまなデータを、もっと日常の中で活用して、パーソナライズされたサービスが実現されていくと思われます。今でも買い物やエンターテインメント分野で個人の好みに合いそうなアイテムがレコメンドされていますが、今後は、趣味嗜好が反映される領域が健康や食事などの日常のいろいろな場面に拡大していくでしょう。
そして、全員参加型社会とも関係しますが、都市交通もテクノロジーによってより便利でパーソナライズされたものになっていくと考えられます。たとえば、自動運転車も、今の車の概念にこだわらないものが出てくるでしょう。Hyundaiのコンセプトで高齢者が街中で利用するモビリティポッドというものがありますが、こうした新しい乗り物が人々の移動をサポートしていくようなイメージです。
あとは、すでに実証実験に入っている電動の垂直離着陸機が2040年には普通に飛び回っていると予想されますし、大気圏外の軌道を利用して専用のポッドで貨物を運ぶと高速移動が可能となり、ニューヨークからサンフランシスコまで45分で物を届けることができるようなことも構想されています。カーゴポッドと呼ばれますが、たとえば緊急輸送が必要な臓器移植の際などの可能性を広げてくれるテクノロジーといえるでしょう。
誰もが活躍できるインクルーシブな社会という点では、2040年までに「あること」をすると、GDPに4兆ドルものプラスをもたらすことができるというMcKinseyの調査結果があります。「あること」というのは、3つの要素からなる労働力の拡大です。
具体的には、ハンディキャップのある人、高齢者、非正規労働者を含む介護職で、これらの労働力を開放することができれば、世界のGDPを伸ばせる余地がまだかなりあるということになります。そして、障がいによる制約や加齢による体力や視力の低下をテクノロジーで補うことによって、健常者や若者と同様の力を発揮できるようになっていく可能性もあるわけです。
最後に、これは2050年に対する予測ですが、その頃にはアフリカに10億人が暮らすようになります。そうすると、世界の人々の5人に2人はアフリカ生まれとなって、アメリカ人やヨーロッパ人もマイノリティになるのです。そのため、アフリカの文化や経済発展をどのように捉えていくのか、ということも2040年には大きなテーマとして認識されていくことが予想されます。
2040年の消費者を取り巻く環境がこのようになっていくことを、今から認識しておくといいでしょうね。
文:大谷和利
AD [top]:中村圭佑
STYLUS
STYLUS
ロンドンを拠点に活動するSTYLUSは、様々な業界のトレンドを分析し、未来の変化を予測するイノベーションアドバイザリーサービスです。
独自のアプローチで、データと経験を基にしたインサイトを提供し、企業がイノベーションを推進し、市場の変動に対応できるよう支援しています。