vol.195

生成AIの普及により、誰もが瞬時に「それっぽい答え」を手にできる時代になりました。かつてビジネスの優位性を支えていた「情報の非対称性」は急速にその力を失い、大量のコンテンツが均質化するなかで、ブランドや企業がこれまで積み上げてきた差別化の根拠がぼやけはじめています。
では、次の「価値」はどこに宿るのでしょうか。
本セッションでは、脳科学者の茂木健一郎氏と、アマナのプランナー・高橋みずきが、AIが正解を出す時代における価値の在り処を探りました。「心が動く」という現象を手がかりに、「Remark-able(際立つ)」体験がどこから生まれるのかを、脳科学とブランド実務の両側から紐解きます。
高橋 みずき(株式会社アマナ/以下、高橋):ビジネスにおける価値とはかつて、情報の非対称性にあったのではないかと思っています。「あの人は知っている、あの会社は持っている」という非対称性が、差別化の根拠だった。でも、AIが浸透することでその非対称性が急速に埋まっていくなかで、何が次の価値になるのか。今日は茂木さんと一緒に、その問いを紐解いていきたいと思います。
茂木 健一郎(脳科学者/以下、茂木):価値を生み出すというのは、一番難しいことだと思っています。でも、ひとたび生み出すことができたら、本当にすごい力になる。今日はみなさんと一緒にいろいろ探っていけたらと思います。
茂木健一郎| Kenichiro Mogi
脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。東京大学大学院特任教授(共創研究室、Collective Intelligence Research Laboratory )。東京大学大学院客員教授(広域科学専攻)。屋久島おおぞら高校校長。
高橋:茂木さんには2022年、2023年とアマナのカンファレンスにご登壇いただいていて、当時はアマナのメンバーが「ChatGPT、使ってますか?」と質問するような時代でした。あれから3年で、ここにいる皆さんの中にAIを使っていない方はほぼいないんじゃないかというくらい浸透しましたね。この変化の速さも含めて、今日は話を進めていければと思います。
茂木:最近のブランディングで面白いと思ったのが、NetflixがWBCを独占配信した件です。心を動かすという意味では多くの登録者を得た。でも、Netflixのブランドバリューを本当に上げたかというと、必ずしもそうではないかもしれない。WBCには、大谷翔平という漫画みたいな存在の熱や、ベネズエラをはじめ中南米の選手たちが大リーグを目指すという強烈な上昇ベクトルがあった。バッド・バニーのスーパーボウルのハーフタイムショーの熱ともつながっていた。ネットフリックスはその熱に、「器」を与えたんだと思うんです。
高橋:「器を与えた」という表現が、すごく引っかかりました。
茂木:脳科学をやっている立場から、今日ぜひお伝えしたかったことの一つが、「感情は器を必要としている」ということです。行き場のない感情を、人間は常に持っている。
例えばサンリオのキャラクターたちは、「かわいいものを見たい」「愛でたい」という感情に器を与えた。アマナの仕事も、まさにそれだと思います。
高橋:感情が先にあって、ブランドや体験がその器になる、ということですね。
茂木:ウルトラマンもそうです。あれは、金城哲夫さんという沖縄戦を経験した方が、自身の悲痛な体験をウルトラマンというポップな形に昇華した。ウルトラセブンで異星人を一方的な悪として描かなかったのも、沖縄の方々の感情がそこに宿っているからだと思うんです。今では世界的なアイコンになっていますが、その器の中には非常に深い感情がある。
ほかにも、僕はMrs. GREEN APPLEも同じ構造だと思っていて、大森元貴くんが高校時代に模索していたさまざまな経験が、あの楽曲としてパッケージされている。今の高校生や大学生が抱える辛さや苦しさが、ミセスという器に入って共鳴しているのだろうと。
大きな感情が宙に漂っているとき、「それをどうシェアするか」という器の設計が、ブランドにとって大きなヒントになると思っています。
高橋:最近、心が動いた体験の話をさせてください。トレイルランニングを始めたんです。山梨に移住して、周りに走っている人は多いんですが、「絶対疲れるし、足首捻りそうだし」と全く興味がありませんでした。でも、会社の仲間に高尾山を走ろうと誘われて行ってみたら、めちゃくちゃ気持ちよくて、それをどう言語化したらいいかがものすごく難しくて。
私はその後シューズを買って、リュックを買って、トレイルランニングの教室に通って、大阪出張のときは朝5時に起きて大阪城まで走っていました。1回走っただけでこんなに変わるのかというくらい、何かが変わったんです。
茂木:それはチャンスですよ。説明できないものこそが、人を動かします。例えばTEDカンファレンスもコーチェラもバーニングマンも、動画を見るとなんとなくわかる気がするけれど、現地にいないとわからない部分があります。トレイルランニングも同じで、その言語化できない何かが器を求めているんです。
高橋:「悔しいけど、気持ちよかった」という感じで。当日の朝もドタキャンしようかと思うくらい億劫で、運動不足だし走れるわけないし、という後悔でいっぱいでした。でも実際に走ってみて、体温が上がっていくにつれて「いけるかもしれない」という感覚が来て。スニーカーで枯れ葉を踏む音、森から差し込む光、仲間と励まし合いながら頂上を目指す臨場感。美しさとか一体感とか達成感とか、言葉にしようとするとバラバラになるんですが、全体として何かを言いたいとき、うまく言えないんです。
茂木:その「悔しいけれど」というのがいいですね。自分の予想との落差、その揺らぎが、記憶をつくるんです。
高橋:心が動くというのは、脳科学的にはどういう状態なんでしょうか。
茂木:涙と同じです。涙はもともと、目にゴミが入ったときに感染を防ぐための生理反応として出るもの。でも、感動して泣く涙は人間にしかない。あれは、感動が脳を守っているんです。脳があまりにも多くのものを一度に受け止めると、神経回路が壊れる可能性がある。だから泣くという形で守っている。感動するということは、それだけ大きなものを受け止めているということ。
ブランディングも同じです。感動するという体験が、クライアントにとってのブランドロイヤリティにもつながっていくといえます。
高橋:受け止めきれないほどの何かに触れた体験が、記憶に刻まれるということですね。
茂木:ディズニーランドもそうで、最初に受け止めきれないほどの感動があったからこそ、あれだけのロイヤリティが生まれています。ウォルト・ディズニーがアニメの世界に飽き足らず、実際の空間を作ったという原点に何かがあります。それが薄まりながら市場に伝わって、今の形になっていると思います。
高橋:言語化できないけれど、確かにそこにある、というものをどう扱うか。具体と抽象を行き来しながらエッセンスを抽出するのが、プランナーとしての日々の仕事ではあるんですが。
茂木:2025年、メリアム・ウェブスター辞典の年間用語になったのが「slop(スロップ)」という言葉で、AIが生み出した粗悪なコンテンツのことです。InstagramやPinterestのインテリア写真の9割近くがAI生成になってしまっているという状況で、そうなると逆に、本物を知りたいという気持ちが我々の中に強くなります。高橋さんの今の話には、本物があります。
例えば、プロジェクト・ヘイル・メアリーという映画が最近ヒットしていますが、あれがなぜ刺さったかというと、AIで作った映像が実は一つもなくて、異星人キャラクターのロッキーを、中に人間が入って動かしているんです。昔のウルトラマンと同じで、ピアノ線を後から消すためにVFXを使っています。ゼロから生成するのではなく、人間が本当にやったことの痕跡を残すためにコンピューターを使っている。その熱量が、画面から伝わってくるんですよね。
今の時代に心を動かすためには、かくれんぼしている本質を見つけさせるようなコミュニケーションが必要で、表面だけ取り繕って「それっぽく」見せても、届かなくなっています。
高橋:トレイルランニングの体験も、VRのようなテクノロジーがどれだけ発達してきれいな4Kのランニング映像をダイレクトに体験できるようになっても、それで人間が本当に満足できるのかという疑問があります。なぜ私は泥だらけになりながら、足も痛いし、すり傷もつくりながら走るんだろう、というところが、何なんだろうなと思っていて。
高橋 みずき|Mizuki Takahashi
株式会社アマナ/Planner|Producer
制作会社での営業としてキャリアをスタート。印刷会社へ転身後は大手メーカーのプロモーションプランニングを担当。アマナでは飲料・食品・アパレル・通信・流通・医療など幅広い業種において、コミュニケーション戦略策定・ブランド開発を担当する。2025年11月、新設されたAI専門組織「A³|amana AI Architects(エースリー)」のメンバーとして活動。
茂木:量子力学には「ノークローニング定理」という概念があって、量子状態は数学的に完全なコピーが不可能だということが証明されています。古典的な情報、つまりハードディスクにあるようなデータはコピーできますが、量子状態はコピーできません。
もし高橋さんの脳が量子状態で記述できるなら、高橋さんの脳は原理的にコピーが不可能だということが証明されているんです。VRがどれだけ精巧になっても、高橋さんのあの体験そのものは再現できない。これはクリエイティブに対して、非常に示唆的な話だと思います。
高橋:なるほど。AIの仕事ばかりやっていると、最近意識的にスピリチュアルになる感覚があって。これは運に任せよう、私の中の何かが選んでいる、という感覚が出てきます。
茂木:科学者の立場からそれを説明するなら、アラン・チューリングが1930年代の論文で書いた「オラクル」という概念が近いかもしれません。計算機が自ら計算するのではなく、正解が外からやってくる仕組みを使うとコンピューターの性能が爆上がりする、というものです。
つまり、自分が考えて正解を出したのではなく、正解が突然外からやってくる。チューリングはそれを数学の問題として議論していました。
高橋:心を動かす体験を設計する上で、「ズレ」というキーワードがすごく大事なんじゃないかと思っています。トレイルランニングも、「無理じゃん」からの「めちゃくちゃ気持ちよかった」というズレが記憶に残っています。
例えばコーヒースタンドで、重たくて細口の飲みにくいカップで出すと、お客さんがそこに意識を向けます。「湖をゆっくり眺めながら香りを味わうためにこの形にしています」と説明したとき、なるほど、という瞬間が生まれます。合っているかどうかわからなくても、そこにズレがあることで意識が向く。またそのカップで飲みたいと思う。そういうことが起こるんじゃないかと。
茂木:ズレというのはまさに、好奇心や欲望をかき立てる装置です。コーヒーに限らず、ワインやジャパニーズクラフトジンも、ズレを継続的に生みやすいカテゴリーですよね。
一方で、ズレが可視化しにくいものもある。ファストファッションや、ほかには教育もそのカテゴリーだと僕は思います。入試偏重とよく言われながら塾通いは盛んなままで、オルタナティブな教育がなかなか目に見えるズレを生み出せていません。
茂木:アサヒのスーパードライは、ビールというカテゴリーに「辛口」というズレを起こして、爆発的な新需要をもたらした。あれは歴史的な大挙だったと思っています。
また、レッドブルはXスポーツを軸にしながら、広告をほとんど出稿せずに大成功しています。元を言えばカフェイン入りの砂糖水なんですが、ブランディングによって、そのカテゴリーに全く新しいパーセプションのズレを作り続けている。そこに今日のテーマのヒントがある気がします。
高橋:どの産業でも、自分たちのブランドや商品の中に、まだ言語化されていないズレがきっとある。それを見つけて、意図的に設計できるかどうか、ということかもしれないですね。
高橋:今年の東大入学式の祝辞で、劇作家の野田秀樹さんが「脳みそだけの人間になるな」「AIはKY(空気が読めない)だ」と話されていました。空気を読む、空気を感じる、それをどうブランドに閉じ込めるかという話が、今日ここでしてきたことにずっとつながっている気がしています。
茂木:野田秀樹の夢の遊眠社の時代、僕は学生の頃よく見に行っていました。あの頃の現場にいた人たちは、今散らばってそれぞれの場所にいます。幸せな人もそうじゃない人もいると思うけれど、夢の遊眠社の現場を一緒にやったということは、その人の人生の輝きになっていると思います。
クリエイティブ現場も同じで、「あの時あそこにいてよかった」と言えるような仕事があります。皆さんのお仕事でも、そういう現場をつくってほしいですね。
高橋:生活者とつながり続けるために、人が覚えているものとは何か。それはやはり、記憶に残る体験なんじゃないかと思います。思い出されるような体験をどう設計していくか。皆さんはどういうところを設計していくのか、ぜひその問いを持ち帰っていただければと思います。
プランニング&デザイン|A³ | amana AI Architects
ブランドの「らしさ」を軸に、生成AIを活用したクリエイティブ設計・制作プロセスを構築。ブランド戦略から表現設計、PoCまで一貫して支援します。
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A³|amana AI Architectsは、「AIの進化を、美意識の進化へ」というビジョンのもと、生成AIを“ブランドに最適化する”ソリューション「AI Creative Architecture」を核に、企業のブランド表現を次世代の制作基準へアップデートするプロフェッショナル集団です。