オートバイや電動アシスト自転車などの二輪、ボートなどのマリン製品など、日本のみならず世界の人々の移動とモノの輸送を支えてきたヤマハ発動機。「感動創造企業」という企業目的を掲げ、顧客の期待を超える価値の創造と次の「感動」を期待される企業として挑戦を続けてきました。
2020年に発足したクリエイティブ本部ブランドマーケティング部では、その企業目的を伝えるためのアウターブランディングやインナーブランディングを担当し、CM制作やイベント運営、社内施策などさまざまな業務を行っています。しかし、近年では現場経験が少ないメンバーが増え、クリエイティブを的確に判断するスキルに課題がありました。そこで、メンバーのクリエイティビティの感度を高めることを目的に、amana Creative Campを実施。拠点がある静岡県磐田市と神奈川県横浜市から13名が集い、ワークショップに参加しました。
今回のamana Creative Campは、「クリエイティブの審美眼を養う実践型プログラム」をテーマに行われました。その理由について、田中伸明さん(ヤマハ発動機株式会社/ブランドマーケティング部 部長※当時)は、部内メンバーのクリエイティブ制作の経験値に課題を感じたと話します。
「以前、私は広報宣伝部に所属しており、事業部の仕事を請け負って製品のカタログをたくさん作っていました。また全国放送のテレビCM制作などにも携わっていたので、クリエイティブに触れる機会がとても多かったのです。
ブランドマーケティング部は広報宣伝部の機能を引き継ぎ、ブランド戦略などの新たなミッションを加えてスタートしたわけですが、2020年というコロナ禍に突入した時でもあって、外部のクリエイターと仕事をする機会がかなり減りました。また、メンバーの入れ替わりもあり、クリエイティブ制作の経験が少ないメンバーが増えてきていました。
そんな時、ブランディング映像を制作している中で、完成した映像のクオリティがそろわなくなってきたと思うようになったのです。それは担当したメンバーがクリエイターと一緒に作り上げるプロセスを経験していなかったり、できたものに対してジャッジをする機会がなかったりしたのが原因かもしれない、と考えました。ヤマハ発動機らしさを表現するというのはもちろんですが、それ以前に『どう考えてもクオリティが低い』成果物をそのまま私のところに報告してきたことも。彼らが今後、大きなプロジェクトをまかされた時に、いろいろな人がいろいろなクリエイティブを作って持ってくるわけで、その際に担当者としてトーンをそろえることができるのだろうか、という心配を抱きました。これまで、メンバーに対してクリエイティブの審美眼を身につける機会を会社として提供できていなかったからだな、と大いに反省したのです」(田中さん)
amana Creative Campに参加したのは、ブランドマーケティング部に席を置くメンバーの皆さん。「感動創造企業」を謳うヤマハ発動機として、これからどのような世界観を築いていけばいいのか、そのためには何をポイントにクリエイティブを判断すればいいのか。メンバーが主体性を持って考え感性を育むことができるよう、審美眼を養うきっかけになることを目指して、プログラムがスタートしました。
ファシリテーターはアマナの杉山諒が務めます。プログラム全体のプランニングも担当しており、「クリエイティブの審美眼を確かなものにしていくには、まず内発的に自分の中に自信を育てる必要がある」との話からスタートしました。
まず登壇したのは、アマナのクリエイティブエバンジェリスト、児玉秀明です。
「美意識や審美眼を鍛えるのが本日のテーマ。生成AIが切り離せない世の中において、人間が本来持っているクリエイティビティの本質が、『考える』ことと『伝える』ことにあることをお話します」
「20年前に私が研究していたのは『エモーショナルスケール』と呼ばれるもので、企業の想いがすぐにビジュアライズできる、そんなことができなかと考えていました。今まさに生成AIというツールが出てきて、プロンプトを入れるとイメージ画像や動画コンテンツもすぐに作れるようになっています。このような時代に、人間に求められる創造力とは何だと思いますか?」(児玉)
「何を表現するか、と考えるところからスタートするのは人間の役割です。それを実行するのはAIがやるかもしれませんが、できたものに対して判断するのは人間ですし、そのために感性を研ぎ澄ませておかないといけません。
それには五感での体験が大事で、『はて? なぜ?』という感覚を持つこと。日常からこの問いを持つことが、人間独自のクリエイティビティにつながります」(児玉)
「『伝える』と『伝わる』の違いは何だと思いますか? 『伝わる』は、相手の心を動かして相手の行動が変わることを指します。どう『伝える』かではなく、どう『伝わる』かを考えることが大切。その際に、ビジネストークではなく自然な言葉でストーリーを伝えるのがポイントです。情報を正確に伝えるだけでなく、パワフルで訴求力があり記憶に残る表現、アーティキュレーションに注力すること。企業のコミュニケーションは人対人の関係でしかなく、感情的な関係を築く『H2H(Human to Human)』だからです。言葉には情報と感性を伝える力があり、ビジュアルも同様。『どう伝えるか』ではなく『どう伝わるか』を考えましょう。この気持ちを忘れずに、本日のワークショップに臨んでください」(児玉)
続いて、アマナのプランナー・クリエイティブディレクターの鈴木陸が「Be Creative クリエイティビティを活性化する話」をテーマに、日常における習慣作りのヒントについて話しました。
「クリエイティビティとは何か、と考えた時に、それは『気づく』ことだと思いました。『気づきのセンサー』の感度が高い人や深度が深い人が、クリエイティビティが高い人、ということです。その気づきのセンサー性能をアップするには、インプットとWHY思考(なぜ、と気づくこと)で学習していくことが大切です」(鈴木)
「インプットは視覚からなされることが多く、人間の五感の中で視覚からの情報は83%を占めるそうです。その『見る』という行為をひもとくと、人は世界を『脳』で見ていると言われています。これは、目を通った映像は脳内の記憶や知識によって認知されるということで、同じ脳の人はいないから同じものを見ても同じようには見ていないと考えるべきだということでもあります。その人が持っている(インプットされた)知識や経験によって、物事の見え方(読み解き方)が異なる。そこにギャップが生まれるのですが、それにどう対処するかがポイントです」(鈴木)
「そしてWHY思考について、日々の生活で感じる疑問、違和感、不快感などについて、その原因や理由を考えたことがありますか? 『なぜ、自動ドアはこの表示のままなのだろう』『新幹線のトイレのUIデザインは何が正解?』『iPhoneのキーボードは英語入力が面倒。英語圏の人はどう思っているのか?』と、『なぜ?』を考えることを習慣化することで、気づきが得られます」(鈴木)
「こうしたインプットの量や質、蓄積がその人らしいアイデアを作ることになり、自分だけのクリエイティビティを築くことになります。見聞きしたことや経験したこと、それらの点と点がすべてつながってアイデアが導かれるのです」(鈴木)
児玉と鈴木の講義の後は、Retrospective Session(振り返りのためのワークショップ)に移ります。過去にブランドマーケティング部が作成したヤマハ発動機のブランド発信のための成果物を取り上げ、各グループに分かれて下記の3つの項目について話します。ポイントは、非難をするのではなく、「ではどうしたらいいか」と次につながる建設的な意見を出し合うことです。
■ワークショップ①
企業広告「#このめんどくさいがたまんない」
2024年8月に公開した動画で、90秒(フル)と30秒(ショート)の2つのバージョンを作成。特設サイトとXにてハッシュタグキャンペーン「皆さんの『めんどくさい』を教えてください」を展開し、寄せられたエピソードを元に動画を作りました。
フルバージョン。
ショートバージョン。
各グループからは多くの意見が積極的に出されました。抜粋して紹介します。
KEEP:その調子! いいところ!
・「めんどくさい」視点に共感できたし、ユーザーのことを考えているのがいい。
・あえて「めんどくさい」を取り上げたことで、ユーザーに寄り添った発信になっている。
PROBLEM:ここは問題かもしれない。
・コア層には刺さるかもしれないけど、ライト層や一般層には「めんどくさい」という言葉だけで敬遠されそう。
・誰のための発信なのかがわかりにくい。新しいファンを獲得したいなら、もっと対象を絞ってもいいのでは。
TRY:改善に向けたトライをしてもいいこと。
・これから自動二輪の免許を取る若い世代に向けたメッセージがあってもよかったと思う。
・ヤマハ以外のメーカーのオートバイにも乗ってもらったり、海外に向けた目線で作ったり、いろいろな表現を試してみては。
・ただの乗り物としてではなく、カルチャーとしてブームをもう一度盛り上げるような方向性に持っていければ。
■ワークショップ②
Japan Mobility Show2023【「生きる」を、感じる】のコンセプト動画
ジャパンモビリティショー2023に出展した際に、ヤマハ発動機のブースで流した映像です。ヤマハ発動機とヤマハ株式会社が共有する「ヤマハ」ブランドの共通価値「感動」をキーワードに、双方のブランドで伝えたい思いを包含できるストーリーで映像化しました。
各グループからの意見を抜粋して紹介します。
KEEP:その調子! いいところ!
・他社にはないユニークさ、2社のヤマハの価値を出せたことに独自性がある。
・いろいろな世代の人が出てきて、世代を超えたアプローチが「生きる」というタイトルに合っていた。
PROBLEM:ここは問題かもしれない。
・展示会という場所を考えると尺がちょっと長く感じる。
・表現している要素が多すぎて、「生きる」がテーマなのにビジネスの紹介ばかりだった印象。
TRY:改善に向けたトライをしてもいいこと。
・初音ミクの印象が強すぎるので、人とロボットとの関係性とか、豊かさにフォーカスしたストーリーを入れるとよかった。
・楽器の音、エンジンの音など、ノイズっぽい音も入れて、2つのヤマハを意識した仕立てにしても。
・ここで発表して終わりではなく、その先の展開や活用も含めた内容にできたら。
ほぼ丸一日、amana Creative Campに参加した皆さんからは、「密度が濃い内容。何かを伝える時、情報ではなくストーリーが大切だと学んだ」「相手がどんなバイアスを持っているかで与える印象が変わってしまうことに気づいた」と、前向きな感想がありました。
「私はブランド発信グループに所属していて、社外向けのコーポレートブランディングが主な業務です。ジャパンモビリティショーをはじめ、さまざまなショーイベントの企画運営、映像制作などを担当しています。
今日は私が担当した、ジャパンモビリティショーのために制作した映像を題材にしていただきました。皆さんからの意見を聞いて、作った側の思いとはかなりギャップがあったことに気づき、担当者以外の目線がすごく大事だなと思いました。今後は早めに準備をして、新鮮な目線で見てもらった意見を生かしていきたいです。
今までの仕事でも、どこが良いか悪いかという話をする時に、自分が感じていることをどういう表現で伝えればいいか悩んでいました。どうすればクリエイティビティのスキルを上げられるかわかっていなかったため、普段の生活から何を学んでいけばいいか、そのヒントに気づくことができました」(辻井厚之さん/ヤマハ発動機/クリエイティブ本部ブランドマーケティング部ブランド発信グループ)
「WEB基盤推進グループで、社内サイトで公開する記事の作成や、自社のロゴマークの使用規定に関するガイドラインの問い合わせ対応などを行っています。今日のワークショップに参加して、相手がかゆいなと思っているところに手が届く、そういう共感力に本質的なクリエイティビティがあると気づくことができました。
時代を超えても変わらない価値というのがあって、ブランドが本質的に伝えたいことは、最終的には”人間らしさ”ではないかと思います。デジタル化・AI化していく時代の中で、人間を人間たらしめる、製品を通じた“実体験”。そういう温かみがあるのが、ヤマハ発動機の魅力だと思うので、会社がこれまで培ってきたことと若手ならではの発想を、リスペクトや愛をもって両立して伝えていきたいです。
私自身はプライベートで映像制作をしたり、スマホで撮影した画像でコラージュを作ったりしています。アウトプットを繰り返すことがクリエイティブのスキルを上げる鍛錬になると思うのでこのまま続けていき、自分が表現者として会社の役に立てる映像制作がいつかできればいいなと思います」(中野千鶴さん/ヤマハ発動機/クリエイティブ本部ブランドマーケティング部WEB基盤推進グループ)
amana Creative Campで得られた気づきを今後どのように生かしていくのでしょうか。当初、課題を感じていたクリエイティビティのスキルアップの先に、「感動創造企業」を標榜するヤマハ発動機として、これからの「感動」をどう作り発信していくのかが問われます。
「これまでインプットの機会がなかったメンバーには、新鮮な感覚だったと思います。ワークショップで取り上げてもらいましたが、自分たちがアウトプットしてきたクリエイティブに対して、改めて仲間たちで評価したり振り返ったりすることでたくさんの発見がありました。
ヤマハ発動機は単一商材を扱っているわけではなくて、オートバイ、マリン、ロボティクスなどいろいろな事業があります。でも事業部同士で文化が違うせいか、横のつながりが生まれにくいのが課題です。全体を束ねた際のヤマハ発動機としての見え方・魅せ方を考えるのがブランドマーケティング部の仕事。受け取る側の身になった時にどう「伝わる」かを考えるのが大切で、そのことにみんなが改めて気づいてくれたんじゃないかな。
私自身、このamana Creative Campでの話がすごく腑に落ちました。誰がターゲットでステークホルダーは誰かを明確にしないで動くとぼんやりしたアウトプットになるし、明確にしたターゲットに対して何を価値として伝えるのか、それを部署内ですごく話し合うようになっています。誰に何をどう伝えるのかとなったときに、その伝わり方が非常に大事。ストーリーを紡ぐのが重要なんだと改めて気づきました。
ヤマハ発動機の製品は生活必需品というよりは生活を楽しむための商材が多い。そのおもしろさを伝えるには、私たち自身がその楽しさを知らないとダメですよね。お客様がどんなことを考えているかを実感として感じられないと、お客様に寄り添うことはできません。体験することでしか伝えられないことがあるのに、その体験機会自体が少ないことを危惧していて、これを会社全体のテーマとして取り組むために『NEXT KANDO ACTIONS』という社内プロジェクトを開始しています。社員が自発的に行動を促すように自社製品を体験する機会を作るなど、いろいろなプログラムを実施してきました。自分たちが体験する大切さをamana Creative Campで改めて言ってもらえましたし、何が課題なのか、どこに課題があるのかを常に考えていくことがブランドマーケティング部には必要。今日はそのことに、私自身、改めて気づかせていただきました」(田中さん)
<amana Creative Camp>(すべてアマナ)
プログラム全体プランニング、ファシリテーター:杉山諒
講師:クリエイティブエバンジェリスト 児玉秀明
講師:シニアプランナー・クリエイティブディレクター 鈴木陸
プロデューサー:山本章夫、菱田陽子
<記事制作>
取材・文:大橋智子
撮影:五十嵐拓也(アマナ)
AD:中村圭佑
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